Thursday, 9 January 2025

小説 葉桜の季節に君を想うということ

歌野晶午(うたのしょうご) 2017年 文春文庫

利息 年利

元私立探偵の成瀬将虎が,悪質な霊感商法業者の保険金詐欺について調査を依頼され奮闘する話です.高額な布団や健康食品を売りつける悪徳商法に騙された節子の借金が膨大になっていく様子を語る場面です.

トイチとは、融資の条件が十日で一割の利息ということである。百万円を借りると、十日後に返済するにしても百十万円。年利に換算すると三〇〇パーセント超。法定金利の上限は約四〇パーセントである。

このような超高利貸しを利用すれば結果は目に見えている。利子さえ払えず、借金はみるみる膨らみ、ますます返済が難しくなる。すると、別の金融業者から金を借りてくることで、最初の金融業者への借金を見かけ上返済するよう強要される。この新しい金融業者が輪をかけての悪徳で、トイチならぬ、トニ、トサンで貸し付ける。十日で二割、三割の利息を取るのだ。節子が一千万単位の借金を背負うのにそう時間はかからなかった。

トイチを「年利に換算すると三〇〇パーセント超」とありますが,10日で1割の利息なので365日なら,
 ●単利の場合,年利は0.1×36.5=3.65=365%
 ●10日ごとの複利の場合,1.1倍の36.5乗は32.42倍になって年利は31.42=3142%
なので,ここでは単利の方の年利のことを言っていると思われます.

金利の上限は法律で決まっていて,元金が10万円未満の場合,2000(H12)年までは40%,それから2010(H22)年までは29%,それ以降は20%になっています.ここでは「約四〇パーセントである」とありますが,この小説の初版発行が2003年なので,執筆中はまだ2000年までの情報(40%)だったのではないかと思われます.どちらにしろ,トイチの金利は法定上限金利を大幅に上回っていますから,公序良俗違反として無効になるそうです.

法律上,借金の元利合計が期日までに返済できないと,遅延損害金も追加されます.その計算式は次式になりますが,

(返済期日の元利合計)×(遅延損害金の利率)×(遅れた日数)÷ 365日

法定上限金利を守らないような悪徳金融業者が,法を守れといって遅延損害金まで請求するなんてことはしないと思われます.

ではその前提で「節子が一千万単位の借金を背負う」のにかかった時間を推測してみましょう.仮に100万円借りたとします.単利のトイチで1年後返済の契約で借りると,

100万×3.65=365万

「最初の金融業者への借金を見かけ上返済する」 ため,「輪をかけて悪徳な新しい金融業者」からトニで365万円を1年借りると

365万×3.65×2=2664.5万

1000万を超えるのはこの間なので,期間4か月と5か月を計算すれば,

365万×3.65×2×4/12≒888万  
365万×3.65×2×5/12≒1110万

となりますから,1年半立たずして100万円の借金が1000万円を超えるということになります.

これをもし10日ごとの複利で計算したら,

1.1倍の24乗で約9.8倍  
1.1倍の25乗で約10.8倍

つまり1年目の250日までに10倍の1000万円を超えてしまいます.恐ろしいですね.

単利(青)と複利(緑)増え方の違い

[参考]

出資法及び利息制限法が許容する上限金利の推移

遅延損害金とは?

Friday, 27 December 2024

小説 成瀬は信じた道をいく

宮島未奈 2024年 新潮社

線形代数学 ケイリー・ハミルトンの定理

「成瀬は天下を取りにいく」の続編です.「大きい数を見ると素因数分解したくなる」主人公の成瀬あかりが大学生になって勉強の大切さを語ります.
「そもそも今は大学生なのだから、勉強に打ち込んだらいいのではないか?  わたしは最近、線形代数学の授業でケイリー・ハミルトンの定理を習って感銘を受けた」
成瀬が華麗な正論を打ち返してきた。
P137

参拝を済ませたあとはのんびり歩いて湖岸に出た。冷たく張り詰めた空気の下、青い湖面が光っている。今年もいい年になりそうだ。
「2026は2×1013だな」
「1013って素数なんだ」
P199
線形代数学は,大学の教養科目として必修のところが多いですね.基本としては行列,ベクトルを扱いますが,発展して線形空間の話になると難しくなってきます.過去には高校数学に行列があったりなかったりしたので,なかった時代に高校生だった人は行列を知らない人が多いことと思います.

「習って感銘を受けた」とありますが,京大ぐらいのレベルだと「習って」ではなく,「(自分で)学んで感銘を受けた」のではないでしょうか.私もテーラーの定理を初めて知ったときに感銘を受けたのを思い出しました.

さて,ケイリー・ハミルトンの定理は,「正方行列$A$の固有多項式 $\mathrm{ det }(A-\lambda I)$ の$\lambda$を$A$に変えた式は零行列になる」という定理なんですが,この表現ではちょっと難しいので,最も簡単な2行2列の行列$A=\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}$を用いて言い換えると,次の式が成り立つことと同じ意味になります.

$A^2-(a+d)A+(ad-bc)I=O \tag{1}$

$I$は単位行列$\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}$,$O$は零行列$\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}$

例えば,$A=\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}$として計算すると,確かに式 (1) が成り立つことが分かります.$$A^2-5A-2I=\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix} ^{2}-5\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}-2\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}=O$$$$A^2-5A-2I=O \tag{1'}$$これがわかると何がいいのかというと,$$A^2=5A+2I$$となるので,$A^2$をまともに掛け算せずに足し算で求められ,次数を下げることができるので,そこからさらに$A^3$, $A^4$…と楽に計算できるからです.

では$A^n$の計算ができると何がいいのかというと,例えばn元連立一次方程式を解くことや,ある現象が1年後に$A$を掛けた状態になるときにn年後の状態を求めることができるからです.行列のn乗をまともにn回掛けずに求める方法は他にもいくつかありますが,それが線形代学の基本といってもいいかも知れません.

[参考]

Sunday, 1 December 2024

小説 JK Ⅱ

松岡圭祐 2022年 KADOKAWA

数学 物理 運動エネルギー

K-POPダンスのユーチューバー江崎瑛里華こと有坂紗奈が,悪行三昧のヤクザたちに容赦なく復讐をしていくという話です.

紗奈は満身の力をこめ、ブラックジャックを廣畠の前で振った。数学と物理はもともと得意だった。時速約百七十キロのヘッドスピードで振ることで、靴下の先端の穴から飛びだす小銭は、二百ジュール前後のエネルギーを有する。すなわち拳銃の弾丸に匹敵する威力と化す。

小銭は一瞬にして散弾のように、廣畠の全身に深々と刺さった。うち数枚は額と首筋を貫いていた。唖然とした面持ちの廣畠は、目を剥いたまま後方に倒れていき、仰向けに横たわった。
ブラックジャックは武器の一種で,靴下のような円筒形の革や布の袋に小銭や砂などを詰めて殴打するために使うものです.外傷が目立ちにくく,打撃音が小さく,事後処理も容易なので,推理小説でよく凶器に使われているそうです.

この場合は小銭が「靴下の先端の穴から飛びだ」しているので,殴打したのではなく,振ることで小銭を弾丸のように飛ばしているようです.はじめに穴が空いていたら回転と同時に中身が飛び出してしまうはずですから,強く回転させて高速で飛ばすことや,さらに標的に命中させることなど至難の業ではないでしょうか.

「数学と物理はもともと得意だった」ので時速170キロとエネルギー200ジュールという値がすぐに出たのでしょうか.数学というより物理の話ですね.検証してみましょう.

運動する物体の質量を$m$ [kg],速度を$v$ [m/s]とすると,その運動エネルギー$K$ [J] は次式 $(1)$ になります.つまり,この速さでこのエネルギーを出すにはある重量が必要ということになります.$$K=\frac{1}{2}mv^2 \tag{1}$$ここで両辺の単位の確認です.左辺の $K$ の単位の J(ジュール)は J=N・m で,N(ニュートン)は kg・m/sなので,J=N・m=kg・m2/sになります.一方,右辺は kg と (m/s)を掛けて kg・m2/sになります.確かに左辺と右辺の単位は一致していますね.

では計算してみましょう.まず$v$を時速 [km/h] から秒速 [m/s] に変換します.$$v=\frac{170 \times 1000}{60 \times 60}=\frac{425}{9}$$$v=\frac{425}{9}$ [m/s],$K=200$ [J] を式 $(1)$ に代入して質量$m$を求めてみましょう.$$200=\frac{1}{2}m \left( \frac{425}{9} \right)^2$$これを解くと次の値になります.$$m=\frac{200\times2\times9^2}{425^2}=\frac{1296}{7225}=0.179377\cdot\cdot\cdot$$すなわち質量は約180gということになります.これは,1枚1gの1円玉なら180枚,1枚4.5gの10円玉なら40枚,1枚4gの50円玉なら45枚,1枚4.8gの100円玉なら37.5枚,1枚7gの500円玉なら25.7枚になります.咄嗟にこの武器を作ったとして,こんなに多くの小銭を日常持ち歩いていたとは思えませんね.因みに,適当に小銭180gを測ってみたらこれぐらいでした(笑).

Wednesday, 13 November 2024

小説 青の炎

貴志祐介 2002年 角川文庫

アポロニウスの円 中線定理

母と妹と仲良く平和に暮らしていた高校生の櫛森秀一が,母と離婚して10年後に急に現れた養父の許し難い素行不良に耐えきれなくなり,殺害してしまおうとする話です.暗い物語の中にあって数少ない微笑ましい場面,クラスメイトの福原紀子との会話です.

「アポロニウスの円」
「うっ・・・・・・」
数学の試験で、紀子が大失敗をやらかしたと言っている問題を持ち出してやる。紀子は、悔しそうな顔になった。用済みになったら必ず引き裂いてやると決意しているような目で、教科書を見やる。どうやら、数学が苦手だというのは、嘘ではないらしい。
「中線の定理」
さらに、追い打ちをかけてやる。紀子の動きが、びたりと止まった。カバンに教科書を入れながら、眉宇に険悪なものが漂いだしている。やばい。少し、やりすぎたかもしれない。
高校数学Ⅱで登場しますが,2点からの距離の比が一定である点の軌跡をアポロニウスの円といいます.これは2点を結ぶ線分の内分点と外分点を直径の両端とする円になります(導出は教科書参照).

実は全部で4種類,まったく異なるアポロニウスの円と呼ばれるものがあります.
① 2点からの距離の比が一定である点の軌跡(上に述べた円)
② 3つの円に同時に接する円.この円を求める問題を「アポロニウスの問題」といいます.内接・外接合せて$2^3=8$個あります.(黒い円が与えられた3つの円)
Wolfram MathWorld
③ 三角形の内角と外角の2等分線が,対辺(の延長)と交わる点を直径の両端とする円.この場合のアポロニウスの円は3つあり,それぞれ各頂点と等力点(3円の交点:下図ではS, S')を通ります.

④ 三角形の3つの外円(三角形の外側にあり,三角形の1辺に接し,他の2辺の延長線に接する円)すべてに接し,それらを囲む円

具定例をひとつ.②の図の下段の左から2番目,3つの円に同時に外接する円を求めてみましょう.計算をなるべく簡単にするために3つの与円を次のようにおきます.
$x^2 + y^2 = 1 \quad \quad \quad$
$(x-4)^2 + y^2 = 2^2$
$x^2 +(y-5)^2 = 3^2$
求める円を$ (x-a)^2 + (y-b)^2 = r $とすると,上の3つの円に接するので,
$ a^2 + b^2 = (r+1)^2  \quad  \quad  \quad \ \   \cdot\cdot\cdot (1)$
$ (a-4)^2 + b^2 = (r+2)^2  \quad \cdot\cdot\cdot(2)$
$ a^2 +(b-5)^2 = (r+3)^2  \quad \cdot\cdot\cdot(3)$
この連立方程式を解きます.(2)-(1),(3)-(1)より,
$-8a+16=2r+3 \quad \ \Rightarrow  \quad a=\frac{13-2r}{8}$
$-10b+25=4r+8 \quad  \Rightarrow \quad b=\frac{17-4r}{10}$
これらを(1)に代入して整理すると,面倒な計算を経て次の2次方程式になります.
$1244r^2+6676r-7249=0$
これを解くと次の値になります.
$\ \  r=\frac{-1669+600\sqrt{14}}{622} \fallingdotseq 0.926$
$a=\frac{3(238-25\sqrt{14})}{311} \fallingdotseq 1.393$
$\ \  b=\frac{15(115-16\sqrt{14})}{622} \fallingdotseq 1.320$
計算をなるべく簡単にするために3つの与円を上のようにおいたのですが,途中から大変な計算になってしまいました.求める円は図の赤い円になります.

[参考]

Wednesday, 16 October 2024

漫画 はじめアルゴリズム 2巻 #8 大きな差

三原和人 2017年 講談社

フェルマーの小定理

小学5年生の関口ハジメが天才的な数学の才能を持つことを,老数学者の内田豊に見いだされ,成長していくという話です.やはり数学の得意な手嶋ナナオと加茂川で知り合う場面です.今回登場したフェルマーの小定理の証明はいくつか知られていますが,ここでは2種類の証明が出てきました.

[フェルマーの小定理] 整数$a$と素数$p$が互いに素であるとき,次式が成りたつ.$$a \ ^{p-1} \equiv 1  \pmod p$$

言い換えると「整数$a$が素数$p$の倍数でないとき,$a \ ^{p-1}$を$p$で割った余りは1になる」という定理です.

[手嶋ナナオの証明]$$\bar{ a } \in \left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}とすると$$$$|\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}|=p-1$$$$\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}は有限巡回群なので$$$$ラグランジュの定理より$$$$\bar{ a }\ ^{p-1}\equiv \bar{ 1 }  \pmod p $$

[関口ハジメの感想]
これ テジマの式 ……  
すごい
きれい…  

[関口ハジメの証明]$$(\ \underbrace{1+1+\cdot\cdot\cdot\cdot+1\ }_{aコ})^p \equiv 1^p+1^p+\cdot\cdot\cdot\cdot+1^p$$$$\quad\ \equiv a$$$$∴ \quad a ^p \equiv a  \pmod p $$$$(a,p)=1\ なので$$$$a ^{p-1}\equiv 1  \pmod p $$

[手嶋ナナオの感想]
二項定理…? 
二項係数が割り切れる事実を使ったのか…? 
こんな幼稚な方法でも解けるのか…

[手嶋ナナオの証明]群論を使っています.群とは,演算が閉じていて(例えば有理数×有理数=有理数となるので有理数は掛け算について閉じている),結合法則 $a(bc)=(ab)c$ が成りたち,単位元(有理数なら1)と逆元(有理数 $a$ には逆数 $\frac{1}{a}$ )が存在する集合をいいます.

まず$\mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } $は,$p$で割った余りが等しい数で類別される集合の集合を表します.$$\mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z }=\{\bar{ 0 }, \bar{ 1 }, \bar{ 2 }, \cdot\cdot\cdot\cdot\overline{ p-1 }\}$$

(例えば$\overline{ 2 }$は$p$で割った余りが2になる数の集合)

そこから$\bar{ 0 }$($p$の倍数の集合)を除いたものが$\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}$です.(証明の1行目)$$\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}=\{\bar{ 1 }, \bar{ 2 }, \bar{ 3 }, \cdot\cdot\cdot\cdot\overline{ p-1 }\}$$その位数(集合の個数)$|\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}|$ は $p-1$(個)になります.(証明の2行目)

具体例として$\mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z }$を$p=7$で考えましょう.これは小学4年生で習うカレンダー算(日暦算)をイメージすると分かりやすいです.整数全体を曜日が同じ日で類別します.例えば7で割って2余る数の集まり$\{…, 2, 9, 16, 23, 30, …\}$を$\overline{ 2 }$と表すと,$\mathbb{ Z }/7\mathbb{ Z }=\{\overline{ 0 },\overline{ 1 },\overline{ 2 },\overline{ 3 },\overline{ 4 },\overline{ 5 },\overline{ 6 }\}$となります. 

そこから$\bar{ 0 }$($7$の倍数の集合)を除いた$(\mathbb{ Z }/7\mathbb{ Z })^{\times}=\{\overline{ 1 },\overline{ 2 },\overline{ 3 },\overline{ 4 },\overline{ 5 },\overline{ 6 }\}$は有限巡回群(位数が有限で,単位元以外のあるひとつの元を累乗していくと他のすべての元を表すことができる群)なので, 「$(\mathbb{ Z }/p\mathbb{ Z })^{\times}$の元の位数($\overline{ a }^n \equiv \overline{ 1 }$となる最小の$n$)が$p-1$の約数になる」というラグランジュの定理が使えることが分かります.(証明の3, 4行目)

実際,$\overline{ 1 }^1\equiv\overline{ 1 }, \  \overline{ 6 }^2\equiv\overline{ 1 }, \  \overline{ 2 }^3\equiv\overline{ 4 }^3\equiv\overline{ 1 }, \   \overline{ 3 }^6\equiv\overline{ 5 }^6\equiv\overline{ 1 }$となることから,$(\mathbb{ Z }/7\mathbb{ Z })^{\times}$の元の位数は1, 2, 3, 6,すなわち6の約数になっています.すると$(\mathbb{ Z }/7\mathbb{ Z })^{\times}$の元はどれも6乗すれば$\overline{ 1 }$になるので,$\overline{ a }^6\equiv \overline{ 1 } \pmod 7$が成り立ちます.これは7以外の素数$p$でも成り立ちますから次式が確かめられました.$$\overline{ a }^{p-1}\equiv \overline{ 1 } \pmod p$$

[関口ハジメの証明] は二項定理を一般化した多項定理を使っています.二項定理$$(x+y)^p=\sum_{r=0}^{p} {}_p \mathrm{ C }_r x^{p-r} y^r$$の展開式の係数は,${}_p \mathrm{ C }_0=1$と${}_p \mathrm{ C }_p=1$以外はpで割り切れますから,次式が成り立ちます.$$(x+y)^p \equiv x^p+y^p \pmod p$$同様に3つ以上の項の展開でも次式が成り立ちます.$$(x_1+x_2+\cdot\cdot\cdot+x_a)^p \equiv x_1^p+x_2^p+\cdot\cdot\cdot+x_a^p \pmod p$$これに$x_i=1$を代入すると次式になります.(証明の1~3行目)$$(1+1+\cdot\cdot\cdot+1)^p \equiv 1^p+1^p+\cdot\cdot\cdot+1^p \pmod p$$$$∴ \quad a ^p \equiv a  \pmod p $$ここで,両辺を$a$で割って終わりかと思いますが,$=$ではなく$\equiv$なのでそれはできません.この式より,$a ^p-a$は$p$の倍数になります.すると,$a(a ^{p-1}-1)$が$p$の倍数となり,$(a,p)=1$($a$と$p$は互いに素)より $a$は$p$の倍数ではないので,$a ^{p-1}-1$の方が$p$の倍数になります.よって,次式が成り立ちます.$$a ^{p-1}\equiv 1  \pmod p $$

証明が「すごい」とか「きれい」などの感想は良いと思いますが,この「幼稚」という感想は賛同できませんでした.

[参考]

フェルマーの小定理とその3通りの証明
https://mathlandscape.com/fermat-little/

Friday, 6 September 2024

小説 光のとこにいてね

 一穂ミチ 2022年 文藝春秋

フレネル

7歳のときに出会って別れ,15歳で再会して別れ,29歳になってまた巡り会った同い年の2人の女性,結珠(ゆず)と果遠(かのん)の友情/愛情,著者曰く 「名前のつけられない関係」が描かれた物語です.

「灯台が好きなの?」
「そういうわけじゃなくて、たまたまスクールの図書室で『灯台の光はなぜ遠くまで届くのか』っていう本を読んだら、面白かったので」
「ふうん。どんなこと書いてあるの?」
「えっと・・・・・・フレネルっていうフランス人が発明したレンズで、灯台はぐっと明るくなって世界中の航海が安全になったっていう歴史です」
「ああ、そっか、単に大きい電球灯せばいいって話じゃないもんね」 (P.332)

フレネルはフランスの土木技師・物理学(光学)者で,今やほとんどの灯台で使われているフレネルレンズを発明した人として有名です.実際に発行されている『灯台の光はなぜ遠くまで届くのか』という本も読んでみました.フレネルレンズ発明のおかげで,その後多くの人の命が守られたそうです.

上が凸レンズ,下がフレネルレンズ (Wikipedia)

数学では光の強度等の計算に応用されているフレネル積分が有名です.この積分は次の式で表されます.$$S(x)=\int_0^x \sin{t^2} dt\quad\quad\quad C(x)=\int_0^x \cos{t^2} dt\tag{1}$$式 (1) は原始関数(=不定積分)ですが,次の定積分の極限(広義積分)もフレネル積分といいます.$$\int_{-\infty}^\infty \sin{x^2} dx=\int_{-\infty}^\infty \cos{x^2} dx=\sqrt{\frac{\pi}{2}}\tag{2}$$あるいは式 (2) をオイラーの公式 $\cos x+i\sin x=e^{ix}$ の形でまとめて,次のように表すこともあります.$$\int_{-\infty}^\infty e^{i x^2} dx=\sqrt{\frac{\pi}{2}}(1+i)=\sqrt{i\pi}$$

小説「イコ トラベリング 1948-」のところで正規化・非正規化の話をしました.上の式 (2) は非正規ですが,スケールを変えて次式にすれば全区間の積分が1になって正規化されます.$$\int_{-\infty}^\infty \sin{\frac{\pi x^2}{2}} dx=\int_{-\infty}^\infty \cos{\frac{\pi x^2}{2}} dx=1$$

フレネル積分は一見簡単そうな式に見えますが,不定積分は式 (1) でしか表せないし,式 (2) の値は複素積分を使って導出するので意外に複雑です.

次の積分は高校数学Ⅲを既習なら導出できますが,フレネル積分と混同しないように気をつけましょう.\begin{eqnarray}\int_0^{\frac{\pi}{2}} \sin^2{x}\ dx &=& \int_0^{\frac{\pi}{2}} \frac{1-\cos{2x}}{2} \ dx\\ &=&\left[ \frac{x}{2}-\frac{1}{4}\sin{2x}\right]_0^{\frac{\pi}{2}}\\&=&\frac{\pi}{4}\end{eqnarray}因みにこの積分は,次のウォリス積分の式の n=2 のときのものになります.なぜ,これだけ積分区間が0から$\frac{\pi}{2}$になっているかというと,$\frac{\pi}{2}$ずつ絶対値の等しい値が繰り返されるからです.$$\int_0^{\frac{\pi}{2}} \sin^n{x}\ dx=\int_0^{\frac{\pi}{2}} \cos^n{x}\ dx$$

ところで,第3章の舞台だった和歌山県の串本町は何度も行ったことがあり,実際に知っている場所がいくつも出てきたので,それらの景色や施設が思い出され,読む前に予期しなかったことで楽しむことができました.

[参考]

灯台の光はなぜ遠くまで届くのか
テレサ・レヴィット (著) 岡田好惠 (翻訳) 2015年 講談社

フレネル積分(sin(x^2)の積分)とその導出証明
https://mathlandscape.com/fresnel-integral/

ナイフエッジからの回折
https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/ishijima/Diffraction-32.html

Friday, 30 August 2024

小説 イコ トラベリング 1948-

角野栄子 2022年 KADOKAWA

コサイン 三角関数

アニメ映画でヒットした「魔女の宅急便」の著者角野栄子の自伝的物語.主人公のイコが,戦後の中学生時代から,高校,大学,社会人へと成長していく中で,英語に興味を持ち,外国に憧れ,当時まだ女性には珍しかった海外渡航を実現するという話です.

思いあまって、またコウゾウさんに相談してみた。
「教えて、数学。コサインというの……ところで、三角関数ってなあに?」
「おい、おい、そこから始めなきゃならないのか! いったい学校で何してたんだ。あ~あ、西田家は伝統的に、思考力も弱いんだな」
イコのわからなさに、あきれてこう言った。

サインやタンジェントと並んで,コサイン (cosine / cos) が最初に登場する高校数学Ⅰの教科書では,直角三角形の辺の比として定義されています.

教科書
高校数学Ⅱで角の範囲を拡張し,三角関数をx座標やy座標を使って定義するときのために,上のように書かれていますが,参考書等では各辺に名前を付けて覚える方法がよく紹介されています.
参考書等
この adjacent を「底辺」とする参考書もありますが,adjacent は「近隣の」「隣接した」という意味なので「隣辺」と訳すほうが良いでしょう.正しくは直角三角形の直角をはさむ2辺の両方を「隣辺 (Cathetus)」というのですが,角θから見て向かい (opposite) と隣り (adjacent) というように区別したほうが都合がいいですね.こうすれば,三角比の定義は次のようになります.


例えば次の直角三角形の場合,θの対辺は12でθの隣辺は5なので(θの位置に注意),sinθ=$\frac{12}{13}$,cosθ=$\frac{5}{13}$,tanθ=$\frac{12}{5}$ となります.θがここにあるときは,「底辺」で覚えると間違え易いですね.
 
ところでこの角θはいくらでしょうか? 上のコサインの値 $\frac{5}{13}≒0.385$ から三角比の表を見てみると,67°と68°の間であることが分かりますが,コサインの逆関数である  arccos または cos^(-1) を使って,関数電卓グラフ電卓で  arccos(5/13) と入力すれば,より正確な角度が分かりますまた,計算サイト  WolframAlpha を使えば,arccos(5/13) =1.176 [rad ラジアン] =67.38° と両方の単位ですぐに答えてくれます.

さて「三角関数ってなあに?」と改めて聞かれると,いろいろありすぎて答えるのが難しいですね.イコが関数の意味をを知っていると仮定して「三角関数にはサイン,コサイン,タンジェントなどいろいろあって,特にサイン,コサインはグラフが波の形になるので,音や信号などの研究に役立っている関数なんだよ」ってな感じでしょうか.


余談ですが,三角関数の導関数を求めるときに,次の関数 (1) の $x\rightarrow0$ の極限が1になることを使うことは高校数学Ⅲで出て来ますね.$f(0)$ は定義されませんが,$f(0)=1$ を加えて定義域を実数全体にすることができます.$$f(x)=\frac{\sin x}{x}\tag{1}$$これは「非正規化sinc関数 (unnormalized sinc function) 」というのですが,なぜ「非正規化」なのかというと,正規(この場合は全区間の積分が1)ではないからです.全区間の積分(定積分の極限=広義積分)はこうなっています(2×ディリクレ積分).$$\int_{-\infty}^\infty \frac{\sin x}{x}dx=\pi$$そこで次のようにスケールを変えた関数をつくります.$$g(x)=\frac{\sin \pi x}{\pi x}\tag{2}$$すると次のように全区間の積分が1になるので,関数 (2) は「正規化sinc関数」となります.$$\int_{-\infty}^\infty \frac{\sin \pi x}{\pi x}dx=1$$正規分布の元になる曲線 $y=e^{-x^2}$ をスケーリングして標準正規分布の確率密度関数 $y=\frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{\frac{-x^2}{2}}$ をつくるのと同様ですね.

[参考]

Wednesday, 21 August 2024

小説 成瀬は天下を取りにいく

宮島未奈 2023年 新潮社

素因数分解 解の公式 加法定理

2024年『本屋大賞』受賞作.「わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」とか「わたしはお笑いの頂点を目指そうと思う」などと突然宣言し,幼なじみの島崎みゆきを巻き込んで実行していこうとする,成瀬あかりの中学2年生から高校3年生までの微笑ましい活躍を描いた短編集です.

「5082は2×3×7×11×11だな」
成瀬はなぜかわたしたちのエントリー番号の5082を割り算していた。
「何それ」
「大きい数を見ると素因数分解したくなるんだ」 (P.70)

成瀬はシャープペンを机に置き、両手を後頭部に当てて天井を見上げた。ためしにかけ算九九を暗唱したら、ちゃんと最後まで言えた。解の公式加法定理もすらすら言える。気を取り直して入試問題に向かってみたが、やっぱり手が動かない。 (P.183)

大きい数を見ると素因数分解したくなるなんていう人はあまりいないでしょうね.さて素因数分解というと,このように小さい素数から割り算を繰り返す方法を習います.

"Division Method"

割り算をする前に割り切れるかどうかを判断する方法を知っていればもう少し速く計算できる場合があります.

■簡単な例

素因数分解したい数をNとすると,
<2で割り切れるか> 
Nが偶数ならNは2で割り切れる.
<3で割り切れるか> 
Nの各位の数の和が3の倍数ならNは3で割り切れる.5082は,5+0+8+2=15なので3で割り切れる.
<5で割り切れるか
Nの一の位が0または5ならNは5で割り切れる.
以上はよく知られていますね.

次の方法は教科書に載ってないのであまり知られていません.

<p=7, 11, 13で割り切れるか> 
Nを小さいほうから3桁ずつ区切り,奇数番目の和と偶数番目の和との差がpで割り切れるならNはpで割り切れる.
5082は,5 | 082と区切ると,82−5=77なので7と11で割り切れるが,13では割り切れない.
2028117は,2 | 028 | 117と区切ると,117+2−28=91なので7と13で割り切れるが,11では割り切れない.
証明はこちら

さらに,2と5以外の素数で割り切れるかどうか判定できる次の方法があります.

N=10A+aとする,すなわち十の位以上の数をそのまま並べた数をA,一の位の数をaとする.5082は,A=508,a=2となる.このとき,A−naがpで割り切れるならNはpで割り切れる.ただしnはpの値によって異なる2つの値(右表参照).
証明とnの求め方はこちら

いくつか例を見てましょう.

<p=7で割り切れるか>(右表よりn=2またはn=-5で判定する
5082をn=2で判定すると,A−2a=508−2×2=504.504は7で割り切れるので5082は7で割り切れる.
5082をn=-5で判定すると,A−(-5)a=508−(-5)×2=518.518は7で割り切れるので5082は7で割り切れる.

<p=11で割り切れるか>(n=1またはn=-10)
5082をn=1で判定すると,A−1×a=508−1×2=506.506は11で割り切れるので5082は11で割り切れる.

<p=37で割り切れるか>(n=11またはn=-26)
188034は,A=188803,a=4
これをn=11で判定すると,A−11×a =188803−11×4 =18759.同様にして,1875−11×9 =1776.また同様にして,177−11×6 =111.これは37で割り切れるので188034は37で割り切れる.


因みに,海外ではこんな方法もあります.これは,2数の積の形にすることを素数になるまで繰り返します.最初の2数がすぐに分かる場合は,こちらの方が速くできることがあります.

"Factor Tree Method"
 
2024/8/31追記
コミック版の方に少しミスがありました.2×3×7×11×11のはずが,2×3×7×11になっています.また「因数分解」でも間違いではありませんが,より正確に「素因数分解」としてほしかったですね.

[参考]

7の倍数の判定法

「○の倍数」を見分ける方法

Wednesday, 14 August 2024

小説 六人の嘘つきな大学生

浅倉秋成 2021年 KADOKAWA

フェルミ推定

2022年度本屋大賞にノミネートされた作品.ある企業の新卒採用の最終選考に残った6人の大学生に「このメンバーでチームを作り,1カ月後にディスカッションをする」という課題が与えられたので,全員内定は確実と思い,和やかに交流していきますが,直前になって「6人の中から1人だけ内定者を決める」と言われ,仲間になったはずが突然ライバルになってしまうという話です.

焼き魚を綺麗に食べられる人を採用する企業、挨拶がちゃんとできる人を採用する企業、フェルミ推定が上手にできる人を採用する企業ーーいろんな会社がありますけど、みんな大体、数年で風変わりな採用システムは廃止になっています。なぜって、うまく機能しないからです。(P.248)

採用試験に焼き魚をきれいに食べられるかどうかを見るのは確かに「風変わり」ですが,他の2つの方法は実際にありそうです.挨拶がちゃんとできるに越したことはないですよね.

フェルミ推定は,仮定となるデータや条件等を推測させ,ある値を概算で求めさせる問題です.求める値の正確さよりもむしろ,求めるまでの論理的思考力が問われます.

例えば「シカゴのピアノ調律師の人数は?」という問題が有名です.市内の世帯数,ピアノの保有率,調律の頻度,調律師が職業として成立するための収入等,多くの要素のについて推定することによって概数を求めます.

環境問題とその解答例が多数掲載されている「環境問題の数理科学入門」("Consider a Spherical Cow" John Harte 著)にこんな問題がありました.

「牛乳1リットルによってどれだけの高さまで登れるでしょうか」

牛乳1L のエネルギーで人間が何m登れるかということだと解釈しましょう.牛乳瓶1本分約200mL飲めばそのエネルギーで約200mは登れるのではないか.1Lはその5倍なので約1000mは登れるだろう.これをフェルミ推定というには大雑把過ぎますね.こんな推定では採用試験の評価は低いかも知れません.

次は体重60kgの人だとして,データや公式を調べてきちんと計算してみましょう.以下はネット等で調べたデータを使っていますが,いろいろな値が出てきたので一例としてみてください.

・牛乳200mLのエネルギーは126~138 kcal(メーカーによって異なる)なので,1Lはその5倍で,630~690 kcal.これを国際単位系(SI単位系)の J (Joule) で表すと,1cal=4.184J より,

(最小で)6.30✕10^5✕4.184 =2.636×10^6 [J]
(最大で)6.90✕10^5✕4.184 =2.887×10^6 [J]

・人間の筋肉が食物エネルギーを運動エネルギーにする変換効率を調べてみると,様々な実験結果によってかなりの違いがあり14~50 % となっています.

以上より,運動に使えるエネルギーは,

(最小で)E =2.636×10^6×0.14 =0.369×10^6 [J]
(最大で)E =2.887×10^6×0.5 =1.44×10^6 [J]    

・重力加速度は g=9.8 [m/sec^2],力は F=mg [N] より,体重が m=60 [kg] の人を$h$ [m] 持ち上げるのに必要な仕事は ,
W =F$h$ =mg$h$ =60×9.8×$h$ =588$h$ [Nm]

EがWに変わる,すなわち E=W,すなわち E=mg$h$ なので,持ち上げる高さ $h$ は

(最小で)$h$ =E÷mg =0.369×10^6÷588 ≒628 [m]  
(最大で)$h$ =E÷mg =1.44×10^6÷588 ≒2449 [m]  

仮定とする値の違いによって,こんなに差ができてしまいました.実際,この本で示されていた解答は,仮定とする値が少しずつ異なっていたので,最後は約700mとなっていました.フェルミ推定ではここまで細かく計算しませんが,初めの大雑把な計算よりは論理的に話を進める必要があるでしょう.

[参考]

Fermi problem
https://en.wikipedia.org/wiki/Fermi_problem

環境問題の数理科学入門 "Consider a Spherical Cow"
John Harte著 小沼通二/蛯名邦禎 監訳 2012年 丸善出版

Energy conversion efficiency
https://en.wikipedia.org/wiki/Energy_conversion_efficiency


筋肉のエネルギー変換効率が高い理由解明

Friday, 12 July 2024

小説 氷菓

米澤穂信 2001年角川文庫 (2012年アニメ&漫画 2017年実写映画)

対偶

高校に入学した折木奉太郎は,同級生の里志,える,摩耶花と古典部に入部.その33年前の文集「氷菓」に秘められた真実を解き明かそうという話です.

○事件では暴力は振るわれなかった
○事件は全学に影響するものであった
○事件の最中、「我々」は団結した
○事件では非暴力不服従が貫かれた
(里志)「最初と最後は対偶関係ってわけじゃないけど、まあ同じことだろうね。で、事件で暴力が振るわれなかったんだから、摩耶花の説は軌道修正。中の二つも、ほとんど同じことかな。『我々』ってのが全学のことを指すのかどうか字義的には疑問の余地があるけど、これはどっちでも関係のないことって言えるかもしれない」
(奉太郎) そうか……な?
(文庫 P162)
「PならばQ」という命題に対して,「QならばP」を「逆」,「PでないならQでない」を「裏」,「QでないならPでない」を「対偶」といいますが,ここでの話は対偶とはいえないですね.ただ暴力が振るわれなかったことを「非暴力」と言い変えただけになっています.

「神戸市民(P)なら兵庫県民(Q)である」という命題は真(常に正しい)ですが,その対偶「兵庫県民でない(¬Q)なら神戸市民でない(¬P)」も真になります.なぜかというと,「PならばQ」が真なら包含関係は図のようにPがQの部分集合になり,すると$\overline{Q}$(Qの外側)も$\overline{P}$(Pの外側)の部分集合になって,「¬Qならば¬P」がいえるからです.

このように,元の命題が真ならその対偶も真になるので,ある命題を直接証明できないときに間接証明のひとつとしてその対偶を証明する方法がよく使われます.

例えば命題
      「$n^2$が偶数ならば$n$は偶数である」                           (1)
は,直接証明するのは難しいですが,この対偶
      「$n$が奇数ならば$n^2$は奇数である」
は,$n=2k+1$とおくと$n^2=2(2k^2+2k)+1$となることから真であることが容易に分かります.

間接証明には他に背理法,同一法,転換法などがありますが,このうち背理法は,$\sqrt{2}$が無理数であることの証明法として有名ですね.この証明の途中に,対偶を証明することで得られた命題 (1) が使われています.

高校教科書に載っている,$\sqrt{2}$が無理数であることの証明を思い出してみましょう.
$\sqrt{2}$が有理数であると仮定すると,$\sqrt{2}$はある互いに素な正の整数$a$, $b$を用いて$$\sqrt{2}=\frac{a}{b}$$と表せる.このとき$$a=\sqrt{2}b$$両辺を2乗すると$$a^2=2b^2\tag{2}$$よって,$a^2$は偶数とわかるから,(1)より $a$も偶数である.偶数$a$はある正の整数$c$を用いて,$$a=2c$$と表されるから,(2)に代入して$$4c^2=2b^2$$$$2c^2=b^2\tag{3}$$よって,$b^2$は偶数とわかるから,(1)より $b$も偶数となる.
このように$a$と$b$がともに偶数となることは互いに素であることに矛盾する.
したがって, $\sqrt{2}$は無理数である.(証明終わり)
因みに,古代ギリシャでは,a, bを「互いに素」とせずに無限降下法で証明していたようです.上の証明で,「互いに素」と仮定しないとすれば,「よって,$b^2$は偶数とわかるから,(1)より $b$も偶数となる」の続きは,
偶数$b$はある正の整数$d$を用いて,$$b=2d$$と表されるから,(3)に代入して$$2c^2=4d^2$$$$c^2=2d^2$$よって,$c^2$は偶数とわかるから,(1)より $c$も偶数となる.
これを繰り返すと,a>b>c>d, ......となって,無限に小さくなっていくが,正の整数は無限に小さくならないので矛盾する(無限降下法).
したがって, $\sqrt{2}$は無理数である.(証明終わり)
[Reference]
Proof by infinite descent

Thursday, 30 May 2024

小説 君のクイズ

2022年 小川哲 朝日新聞出版

階差数列

生放送のクイズ番組の決勝戦に出たクイズプレーヤーの三島玲央が,まだ一言も問題が読まれていないのに正解を答えて優勝した対戦相手に対して不正を疑い,真相を解明しようとする話です.

僕は早押しクイズは数列と似ていると思っている。
1、2、4……と聞こえた時点で、僕は数列のルールがわかったと思ってボタンを押す。「この数列において10番目に来る数は何か」と問われているが、ボタンを押した時点で答えがわかっているわけではない。1、2、4の次は8だろう。この数列は、前の数を2倍にしていくも のなのだ ($a_n=2^{n-1}$)と考えて、10番目に何が来るのかを急いで計算する。 
実際に、それが正解ということもあるが、間違っている可能性もある。この数列はまだ確定していないからだ。
1、2、4の次に7が来る場合も考えられる。1から2は1増えている。2から4 は2増えている。4の次は3増えて、7になるかもしれない($a_n=\frac{n^2}{2}-\frac{n}{2}+1$)。この数列は階差数列かもしれない。

$1, 2, 4, 8, ......$ なら,ここまでは初項1,公比2の等比数列になると推測できます.そうすると一般項(第$n$項)は $2^{n-1}$ ですから,第10項は $2^{10-1}=2^9=512$ と計算できます.

$1, 2, 4, 7, ......$ なら一般項が$\frac{n^2}{2}-\frac{n}{2}+1$になることはすぐには分かりませんね.この数列を $\{a_n\}$ とし,階差数列を$\{d_n\}$とすると,$d_n=1, 2, 3, ......$ すなわち $d_k=k$ なので,$\{a_n\}$ の一般項は次のようになります.\begin{eqnarray}a_n&=&a_1+\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} d_k=1+\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} k&=&1+\frac{1}{2}n(n-1)=\frac{1}{2}\left(n^2-n+2\right)\tag{1}\end{eqnarray}ですから,その第10項は $\frac{1}{2}\left(10^2-10+2\right)=46$ になります.

この数列は「怠け仕出し屋の数列 (lazy caterer's sequence)」と呼ばれていて,$n=1, 2, 3, 4, ......$ のときに $1, 2, 4, 7, ......$ なら,円を$(n-1)$本の直線で切り分けたときにできる領域の最大数を表しています.(Wikipedia等のよくある説明では,円を$n$本の直線で切り分けるとしているので,$n=0, 1, 2, 3, ......$ のときに $1, 2, 4, 7, ......$ となり,一般項が $\frac{1}{2}\left(n^2+n+2\right)$となっています) (オンライン整数列大辞典A000124)

因みに,$1, 2, 4, 8, ......$ だからといって一般項が $2^{n-1}$ にならない例は他にもあります.

まず1つ目はこの数列です.$$\{b_n\} \quad 1, 2, 4, 8, 15, ...... $$第4項まで $2^{n-1}$ になっていますね.これの階差が $a_n=1, 2, 4, 7, ......$ すなわち「怠け仕出し屋の数列」=式$(1)$ になっていますから,$\{b_n\}$ の一般項は次のようになります.\begin{eqnarray}b_n&=&b_1+\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1}a_k=1+\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} \frac{1}{2}\left(k^2-k+2\right)\\&=&\frac{1}{6}\left( n^3-3n^2+8n\right)\tag{2}\end{eqnarray}この数列は「ケーキ数 (cake number)」と呼ばれていて,$n=1, 2, 3, 4, 5, ......$ のときに $1, 2, 4, 8, 15, ......$ なら,円柱等の凸立体を$(n-1)$枚の平面で切り分けたときにできる領域の最大数を表しています.(Wikipedia等のよくある説明では,立体を$n$枚の平面で切り分けるとしているので,$n=0, 1, 2, 3, 4, ......$ のときに $1, 2, 4, 8, 15, ......$ となり,一般項が $\frac{1}{6}\left(n^3+5n+6\right)$となっています) (オンライン整数列大辞典A000125)

2つ目は次の数列です.$$\{c_n\} \quad 1, 2, 4, 8, 16, 31, ......$$第5項まで $2^{n-1}$ になっていますね.これの階差が $b_n=1, 2, 4, 8, 15, ......$ すなわち「ケーキ数」=式$(2)$ になっていますから,$\{c_n\}$ の一般項は次のようになります.\begin{eqnarray}c_n&=&c_1+\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} b_k=1+\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} \frac{1}{6}\left( k^3-3k^2+8k \right)\\&=&\frac{1}{24}\left( n^4-6n^3+23n^2-18n+24 \right) \tag{3}\end{eqnarray}これはモーザー数列 (Moser's sequence)」といって,円周上に $n$ 個の点があり, すべての2点を結ぶ弦で円を切り分けたときにできる領域の最大数を表しています.(オンライン整数列大辞典A000127

従って,$1, 2, 4, ......$ だからといって等比数列にならない例は,計算さえすれば次々とできます.

    $a_n= 1, 2, 4, 7, ......$            第3項まで$2^{n-1}$ 「怠け仕出し屋の数列」=式$(1)$
    $b_n= 1, 2, 4, 8, 15, ......$         第4項まで$2^{n-1}$ 「ケーキ数」=式$(2)$
    $c_n= 1, 2, 4, 8, 16, 31, ......$      第5項まで$2^{n-1}$ 「モーザー数列」=式$(3)$
    $A_n= 1, 2, 4, 8, 16, 32, 63, ......$  第6項まで$2^{n-1}$ 

3つ目,$\{A_n\}$の一般項も計算してみましょう!

これは階差数列が $1, 2, 4, 8, 16, 31, ...... $ すなわち「モーザー数列」=式(3) になっていますから,\begin{eqnarray}A_n&=&A_1+\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} c_k=1+\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} \frac{1}{24}\left( k^4-6k^3+23k^2-18k+24 \right)\\&=&\frac{1}{120}\left( n^5-10n^4+55n^3-110n^2+184n \right)  \end{eqnarray} この計算は大変でした.(オンライン整数列大辞典A006261

ついでにもう一つ,余裕のある人は計算してみてください.$1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, 127, ...... $ の一般項は?
正解はこちらです.

まあ,実際のところ,早押しクイズに使えそうなのは公比2の等比数列だと思いますけどね.

余談ですが,「ストゥリクス・ウラレンスという学名を持ち,『森の番人』のイメージか......」という,主人公とそのライバルが答えられなかった問題で,正解がすぐに分かりました.問題の続きは「......ら,千葉駅前の交番のモチーフにもなっている生き物は何でしょう?」というものでした.(正解はこちら
 

Tuesday, 14 May 2024

小説 同志少女よ、敵を撃て

 2021年 逢坂冬馬 早川書房

ミル(mil=角度の単位)

第二次世界大戦中の1942年,旧ソ連の小さな村で,当時18歳の少女セラフィマの母親を含む村人全員をドイツ軍が惨殺し,さらに赤軍(ソ連地上軍)が村全体を燃やしたことから,生き残ったセラフィマが狙撃兵になって復讐しようとする話です.

狙撃兵訓練学校での座学の内容です.
基礎の基礎として、全員が「ミル」という単位を覚える。ミルとは射撃および砲撃の照準に用いられる角度の単位であり、周回360度を6000ミルとして定義する。すなわち正面に対して右に90度 は1500ミルであり、上に45度は750ミルである。

なぜこんな面倒な単位を用いるかといえば、「1000メートル先にある、幅1メートルのもの」がおおよそ1ミルであるからだ。この単位を用いることは照準に有利となる。

故にスコープを覗いて、「幅50センチと推定される物体が1ミルの幅に収まっている」という状態があるならば、彼我の距離は500メートルと計算できる。
もともと1ラジアン(rad)の1000分の1を1ミリラジアン(mrad)といい,1周360度=2$\pi$ラジアンは2$\pi$×1000≒6283(ミリラジアン)になります.

ラジアンの定義より,半径1の扇形の弧の長さが1になるときの中心角が1ラジアン(≒57.3度)ですから,半径1000mの扇形の弧の長さが1000mになるときの中心角も1ラジアンです.ということは半径1000mの扇形の弧の長さが1mになるときの中心角は$\frac{1}{1000}$ラジアン=1ミリラジアン(≒0.0573度)になります.

なので「1000メートル先にある、幅1メートルのもの」は1ミリラジアンになるわけですが,計算しやすいように旧ソ連では360度=6000ミル(日本では6400ミル)とし,「1000メートル先にある、幅1メートルのもの」を「おおよそ1ミル」としています.

射撃用の銃のスコープにはミル単位の目盛りがついていますが,ここでは角度というよりは標的の見かけの大きさをミルで測ります.

[例1] 上の例「幅50cm(0.5m)と推定される物体が1ミルの幅に収まっている」(下図の赤い長方形)なら,それは2倍大きく見えているので,距離は1000÷2で500mということになります.      
    
[例2] 高さ1.7mの標的が1ミルに見えたら,距離はその1000倍で1700mですが,4ミルの高さに見えたら(下図の赤い長方形),それは4倍大きく見えているので,距離は1700÷4で425mになります.
つまり,実際の標的の大きさを $a$ m,スコープ内での見かけの大きさを $m$ ミルとすると,次の式で距離 $d$ (m)を計算できます.$$d=\frac{1000a}{m}$$従って,標的の大きさが一定の場合,ミルと距離は反比例することになります.

[参考]
HB-PLAZA

Thursday, 9 May 2024

ドラマ 霊験お初 ~震える岩〜

2024年5月放送 テレビ朝日 宮部みゆき原作

算額

霊験(不思議な力)を持つ主人公のお初が連続殺人事件の解決に挑むというミステリー・ホラー時代劇です.算術の好きな与力見習いの右京之介が,お初に算額の問題を見せる場面(TVerで37分から38分の間)です.

お初「算額にはどのようなことが書かれているのですか?」
右京之介「お見せしましょうか.右の絵では外側の大きな円の長さ,左の絵では内側の2つの小円の径の長さを求めるのです」
お初「ひょうでもって測ったらどうかしら」
右京之介「それを算術で求めるところが学問なのです」
①の絵
①の絵では,外側の大きな円に甲,乙,丙,丁4種類の円が内接しています.

左右対称なので中心が直径上にある甲,丁の半径が分かればすぐに答えが出てしまいますから,甲,乙,丙または乙,丙,丁の半径が与えられていると推測できます.実際,3つの互いに外接する円があれば,その3円を内接させる大円がひとつ決まるので,乙,丙,丁の半径が与えられていると考えられます.

互いに外接する3円を内接させる大円はデカルトの円定理を使って求めることができます.3円の半径をa, b, cとし,大円の半径をrとすると,この定理で次の方程式が成り立ちます(証明難).$$2\left(\frac{1}{a^2}+\frac{1}{b^2}+\frac{1}{c^2}+\frac{1}{r^2}\right)=\left(\frac{1}{a}+\frac{1}{b}+\frac{1}{c}-\frac{1}{r}\right)^2$$例えば$a=1$,$b=2$,$c=3$のときは,$$2\left(\frac{1}{1^2}+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{3^2}+\frac{1}{r^2}\right)=\left(\frac{1}{1}+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}-\frac{1}{r}\right)^2$$これを解くと$r=6$となります.

ところで以前,これの類題を,各円の中心間を斜辺とする直角三角形に三平方の定理を適用して求めましたが,非常に大変な計算になりました.

②の絵
②の絵では,大円1つと小円2つが正三角形に内接し,大円と小円が外接しています.

問題文を読むことはできませんでしたが,正三角形の1辺と大円の中心の位置または半径が与えられていると思われます.計算をなるべく簡単にするため,正三角形の1辺を12として,底辺の中点が原点になるように置き,大円の中心を(0,  4)とします.小円の中心を(b,  c)とおき,半径cを求めます.

大円の半径DEは,点(0, 4)と直線 $y=-\sqrt{3}x+6\sqrt{3}$ との距離なので,$$DE=\frac{|0+4-6\sqrt{3}|}{\sqrt{1+3}}=3\sqrt{3}-2$$

直角三角形DGIに三平方の定理を当てはめると,$$(4-c)^2+b^2=(3\sqrt{3}-2+c)^2\tag{1}$$小円の半径 $c=IH$は,点(b, c)と直線 $y=-\sqrt{3}x+6\sqrt{3}$ の距離なので,$$c=\frac{|\sqrt{3}b+c-6\sqrt{3}|}{\sqrt{1+3}}\tag{2}$$連立方程式(1)(2)を解けば,cは求められます.複雑な計算を経て最後に次の方程式を解きます.$$3c^2-(18\sqrt{3}+4)c+21+12\sqrt{3}=0$$すると,小円の半径は次の値になります.$$c=\frac{2+9\sqrt{3}-2\sqrt{46}}{3}≒1.3413$$
 
(②の別解)  大円の中心より半径を与える方が計算が楽ではないかと思い,大円の半径を3,その中心を(0,  a),小円の中心を(b,  c)とおいて計算してみました.

大円の半径DEは,点(0, a)と直線 $y=-\sqrt{3}x+6\sqrt{3}$ との距離なので,$$DE=\frac{|0+a-6\sqrt{3}|}{\sqrt{1+3}}=3$$$$a=6\sqrt{3}-6$$直角三角形DGIに三平方の定理を適用すると,$$(6\sqrt{3}-6-c)^2+b^2=(3+c)^2\tag{1}$$小円の半径 $c=IH$は,点(b, c)と直線 $y=-\sqrt{3}x+6\sqrt{3}$ の距離なので,$$c=\frac{|\sqrt{3}b+c-6\sqrt{3}|}{\sqrt{1+3}}\tag{2}$$連立方程式(1)(2)を解けば,cは求められます.複雑な計算を経て最後に次の方程式を解きます.$$c^2+(2-8\sqrt{3})c+57-24\sqrt{3}=0$$すると,小円の半径は次の値になります.$$c=-1+4\sqrt{3}-2\sqrt{4\sqrt{3}-2}≒1.4883$$というわけで,初期条件を変えてもやはり大変な計算になりました.ああ,しんど(笑).

Friday, 3 May 2024

映画 Mean Girls (2024)

2024年 米国

関数の極限

直訳すると「意地悪な女の子たち」というタイトルの学園コメディで,2004年に公開された同名映画のリメイク版です.前作で主役だったリンジー・ローハンが学校対抗の数学コンテストの司会役でカメオ出演(特別出演)しています.このコンテストの最後,あと1問で勝敗が決まるという場面で,2004年の作品とまったく同じ次の問題が使われていました.$$\lim_{x\to 0} \frac{\ln(1-x)-\sin x}{1-\cos^2 x}$$

(ただし,$\ln x=\log_{e} x$)

相手校の生徒が「$-1$」と答えて不正解だった後,主人公のケイディが「極限は存在しない」と答えて勝利します.(前作と全く同じストーリーです)

なぜその答になるのか見てみましょう.まず上式を少し変形して,\begin{eqnarray}&=&\lim_{x\to 0} \frac{\ln(1-x)-\sin x}{\sin^2 x}\\&=&\lim_{x\to 0} \frac{\ln(1-x)-\sin x}{x^2} \cdot \frac{x^2}{\sin^2 x}\\ &=&\lim_{x\to 0} \frac{\ln(1-x)-\sin x}{x^2}\end{eqnarray}このままでは極限を求め難いので,分母も分子も微分可能で$\frac{0}{0}$(不定形)であることからロピタルの定理を使います.この分母子を微分すると,$$\lim_{x\to 0} \frac{\frac{-1}{1-x}-\cos x}{2x}$$定理より,これに極限があれば元の式の極限と一致するのですが,$$\lim_{x\to +0} \frac{\frac{-1}{1-x}-\cos x}{2x}=\frac{-2}{+0}=-\infty$$$$\lim_{x\to -0} \frac{\frac{-1}{1-x}-\cos x}{2x}=\frac{-2}{-0}=\infty$$となり,右極限と左極限が一致せず,極限が存在しないので,元の式も極限が存在しません.

因みに,グラフ描画アプリGeoGebraで確認するとこうなります.

Monday, 26 February 2024

小説 走れ外科医 泣くな研修医3

中山祐次郎 2021年 幻冬舎

平均値 中央値 カプランマイヤー曲線 ログランク検定

外科医になって5年目の雨野隆治が,さまざまな経験を通じて成長していくという話です.学会での発表のためにエクセルで資料を作成していて,同僚の川村に質問する場面です.

——中央値? 平均とは違うものなのか? なんで平均じゃいけないんだ? 隆治には、かなり初歩的なこともまったくわからない。

川村「平均値は、5人いたらその年齢を全部足して5で割るだけ。中央値は、若いほうから数えて3人目の年齢ってだけ」
「で、どちらの数字も、『この集団はこういう人たちですよ』って言いたいだけなんだよ」
「若い人たちなのか、90歳超えの人ばかりなのか。だけど、平均値は、若い人たちばかりのところに一人だけ100歳のおじいちゃんがいたら大きく上がる。でも中央値なら、若い順に3人目だから影響はほとんどない。 そのデータはぱっと見、癌の患者さんでしょ? だったら中央値でいいんじゃない。メインは50~70代だろうけど,たまに若い人いるだろうし」 

代表値には平均値(mean),中央値(median),最頻値(mode)があります.統計的な内容は,2002(H14)年度から10年ほど中学校の教科書にはなく,高校でも選択だったので,雨野隆治がその間に中高生だったら中央値を習っていない可能性がありますね.現在(2020(R2)年以降)は小学6年生で登場していますから,今となっては小学生でも知っている初歩的な知識のひとつということになります.

上の台詞に,中央値は「5人いたら若いほうから数えて3人目」とありますが,年上のほうから数えても同じですね.要するにちょうど真ん中の値です.偶数人の場合は,例えば6人なら3人目と4人目の平均が中央値になります.一般には平均値の方がよく使われますが,「若い人たちばかりのところに一人だけ100歳のおじいちゃんがいる」というような極端に離れた値があるときや,データの分布が偏っているときなどは,平均値よりも中央値や最頻値の方が適切な場合があります.

その日は珍しく日中に手術がなく、病棟も落ち着いていたので夕回診のあと隆治は 早々に医局に引き上げると、またノートパソコンを睨みつけて何やら作業をしていた。 カプランマイヤー曲線ログランク検定などといった、医学部でも習わない、そして医者になってからも誰も教えてくれなかった統計学の知識を、隆治は吸収していった。

カプランマイヤー曲線(下のギザギザの曲線)は,例えばある臨床試験をしていて時間がたつと生存率はどう変化するかを表す,いわゆる「生存曲線」のひとつで,グラフの縦軸は生存確率、横軸は経過時間を表します.時間を経て事象(死亡)が起こるたびに生存率は下がっていきます.また,グラフの途中にいくつかあるヒゲ(短い縦の線分)は「打ち切り」すなわち何らかの理由で試験が中止されたことを意味していて,これらを可視化してあるのがこの曲線の特徴になっています.

上に出てきた中央値とは全く意味が違いますが,生存率が0.5になるまでの時間も中央値といいます.これは放射性物質の割合が0.5になるまでの時間を半減期というのに似ていますね.下の例の場合,A群の中央値は23、B群の中央値は8ということになります.ここでいう中央値でも2つの群の違いは分かりますが,ログランク検定は,2つのカプランマイヤー曲線が,どの時点でも生存率は同じという仮説を立て,それが成り立つ確率(p値)が有意水準(ふつうは5%)より下回れば有意差があると判定する検定です.

「いちばんやさしい、医療統計」より引用

それにしても,これらの知識を「医学部でも習わない」「医者になってからも誰も教えてくれなかった」とは思えないんですけどね.

[参考]

統計教育の歴史・現在・今後の課題
https://www.ed.ehime-u.ac.jp/~kiyou/0402/pdf50-2/15.pdf

学習指導要領の変遷https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/__icsFiles/afieldfile/2011/04/14/1303377_1_1.pdf

いちばんやさしい、医療統計
https://best-biostatistics.com/category/surviv

Friday, 3 November 2023

ドラマ フェルマーの料理 第1話

2023年 TBS 原作 小林有吾

フェルマーの最終定理

数学が得意で数学者を目指していた高校生北田岳は,数学オリンピックに挑戦して挫折を味わいますが,そこに現れた天才シェフ朝倉海の勧めで料理人になると決意し,その道で成長していくという話です.

冒頭の生い立ちの話の中で,まだ小学生ぐらいのときの岳がフェルマーの最終定理のn=4のときの証明を考えている場面が登場しました.

フェルマーの最終定理は,「$n \geqq 3$のとき,$x^n+y^n=z^n$となる自然数(正の整数)$x, y, z$は存在しない」という定理で,その証明が1993年にワイルズによって発表され,1ヶ所ミスが判明したものの,翌年に修正され,確かに正しいと認められた1995年までに360年かかっています.

証明はもちろん非常に難解ですが,$n=4$のときはフェルマー自らが証明していて比較的易しいといわれています(それでも難しい!).その証明方法は「成り立たないと仮定すると矛盾が起こるので,これは成り立つ」という「背理法」を用います.この場合はどんな背理法かというと「自然数解があるとすると,それより小さい自然数解が見つかる.するとさらに小さい自然数解が次々と見つかっていく.これは自然数に最小値があることに矛盾する」という「無限降下法」を用いています.では,なるべく分かり易い解説を試みてみましょう.

「$x^4+y^4=z^2$となる自然数$x, y, z$が存在しない」ならば「$x^4+y^4=z^4$となる自然数$x, y, z$は存在しない」ことがいえます.なぜなら,$x^4+y^4=z^4$に自然数解$(\alpha, \beta, \gamma)$が存在すれば,$x^4+y^4=z^2$に$(\alpha, \beta, \gamma^2)$という自然数解が存在する(対偶が真になる)からです.

なので「$x^4+y^4=z^2$となる自然数$x, y, z$が存在しない」ことを証明します。つまり,$x^4+y^4=z^2$に自然数解$(x, y, z)$が存在すると仮定し,矛盾を導きます.以下すべての文字定数は自然数で,互いに素である(公約数を持たない)とします.

$x^4+y^4=z^2$に自然数解$(x, y, z)$が存在すると仮定すると,$(x^2)^2+(y^2)^2=z^2$より$(x^2, y^2, z)$はピタゴラス数(ピタゴラスの定理を満たす数)ですから,次のように表せます(理由はこちら).\begin{eqnarray} x^2 &=& m^2-n^2 \tag{1} \\y^2 &=& 2mn \tag{2}\\z &=& m^2+n^2 \tag{3} \end{eqnarray}(1)より$x^2+n^2=m^2$なので$(x, n, m)$もピタゴラス数ですから,次のように表せます.\begin{eqnarray} x &=& p^2-q^2 \tag{4} \\n &=& 2pq \tag{5}\\m &=& p^2+q^2 \tag{6} \end{eqnarray}(5)を(2)に代入すると,$y^2=4mpq$となりますが,ここで左辺は平方数だから右辺も平方数になるので,次のように表せます.$$p=a^2,\quad q=b^2,\quad m=c^2$$これらを(6)に代入すると次のようになります.$$a^4+b^4=c^2$$これは$(a,b,c)$が$x^4+y^4=z^2$の解であることを意味しています。しかも,$$c \leqq c^2=m \leqq  m^2<m^2+n^2=z$$すなわち$c<z$なので$(a,b,c)$は$(x, y, z)$よりも小さい解になります.同様にさらに小さい解が次々と見つかっていくので,これは自然数に最小値があることに矛盾します(無限降下法).よって 「$x^4+y^4=z^2$となる自然数$x, y, z$が存在しない」ので「$x^4+y^4=z^4$となる自然数$x, y, z$は存在しない」ことが証明できました.

[参考]

Fermat’s Last Theorem: n=4

https://crypto.stanford.edu/pbc/notes/numberfield/fermatn4.html

Tuesday, 17 October 2023

歌詞 求めよ...運命の旅人算

BEYOOOOONDS(2023年)作詞:児玉雨子

旅人算

たまたまFMで聴いた,変わった名前のアイドルグループの曲です.問題も答も歌詞の中にありますが,歌ではなくしゃべっています.

[問題]  A町とB町はビヨーンと5km離れています。西田さんがA町から徒歩で毎分50m、里吉さんがB町から自転車に乗って毎分150mで同時に出発すると、2人が出会うのは何分後になるか、求めよ。

♪ どうすんの? 足す? 引く?
♪ さあこうするの 足す! 引く!
♪ 1分間にほら 200mずつ 接近 距離を割れば… 
25分後! 

[問題 その2]  平井さんは、ひと足先に夢に向かって3km先を毎分200mで走っています。江口さんが頑張って毎分450mで追いかけたら平井さんに何分後に追いつくか、求めよ。

♪ どうすんの? 足す? 引く?
♪ さあ今度はね 引く! 引く!
♪ 1分間にほら 250mずつ 差が 縮んでゆくよ 
12分後!

1問目は,1分間に200mずつ接近していくので 5000÷200=25分後でいいのですが,2問目の答はあり得ないですね.1分間に250mずつ差が縮むので 3000÷250=12分後でいいと思いそうですが,人間は分速450mで12分間は走れません.その距離は450×12=5400m になりますが,2023年10月現在,男子5000m走の世界最高記録は12分35秒,つまり人類は5400mを12分で走ることは不可能なのです.なので,正解は「追いつけない」ということになります.因みに,分速200mはフルマラソンを約3時間31分で走るペース,分速450mは男子1500m走の世界記録 (3分26秒00) を少し上回るペースになります.

おっと,問題文には「走って追いかけたら」とは書いてないので,自転車などの乗り物に乗れば可能か! と思って動画を確認したら,案の定,走って追いかけていました(笑).やはりこれでは追いつけませんね.もし乗り物なら,分速450mは時速27kmなので追いつくのは可能でしょう.

https://www.youtube.com/watch?v=O3kaftbzX1s

ところで,このような旅人算をはじめとする,鶴亀算や植木算などはまとめて「特殊算」と呼ばれていることを最近になって知りました.

海外でもこのようないわゆる文章題 (word problem または problem solving) はいろいろあります.たまたま grade 6(6年生)の旅人算をひとつ見つけました.考えてみてください.

The distance between Harry and Kate is 2400 meters. Kate and Harry start walking toward one another and Kate' dog start running back and forth between Harry and Kate at a speed of 120 meters per minute. Harry walks at the speed of 40 meters per minute while Kate walks at the speed of 60 meters per minute. What distance will the dog have travelled when Harry and Kate meet each other?       (Free Mathematics Tutorials 改題)

ハリーとケイトは2400m離れています.ハリーは分速40mで,ケイトは分速60mで,お互いに向かって歩き始め、ケイトの犬はハリーとケイトの間を分速120mで行ったり来たりします.ハリーとケイトが出会うとき、犬は何m進んでいるでしょうか?(筆者訳)

[解答]
2人が出会うまでの時間は 2400÷(40+60)=24(分)で,その間に犬は行ったり来たりするけれども等速で24分間移動しているので,進んだ距離は 120×24=2880 (m) になります.

ただ,2人が近づくほど犬は短い時間に行き来しなければならず,その時間と移動距離は無限等比級数になってしまいます.その極限値が24分,2880mになることを確かめてみましょう.

出発してから経過した時間をx軸に,ケイトがいた場所からの距離をy軸にとると,それぞれの動きは次のような式になり,グラフに表すと下のようになります.

  ケイト $y=60x$, ハリー $y=-40x+2400$,
  犬   OA: $y=120x$,AB: $y=-120x+3600$,BC: $y=120x-1200$,
      CD: $y=-120x+4200$,...... 


各点の座標(犬が出会った時間,出発地点からの距離)を計算すると,次のようになります.
O(0, 0)   A(15, 1800)   B(20, 1200)   C($\frac{45}{2}$, 1500)   D($\frac{70}{3}$, 1400) ......

△OAB∽△BCDなので,対応する点を考慮して,AからC,BからDの変化を見ていきます.

出発して最初にケイトに出会うまでの時間(点Bのx座標)は20分,次にまたケイトに出会うまでの時間(点Bと点Dのx座標の差)は $\frac{70}{3}-20=\frac{10}{3}$ 分なので,かかった時間の和は,初項a=20,公比$r=\frac{10}{3}÷20=\frac{1}{6}$ の無限等比級数になり,その和は次のようになります.$$20+\frac{10}{3}+\cdot\cdot\cdot\cdot\cdot\cdot=\frac{20}{1-\frac{1}{6}}=24$$犬の移動距離は,OからAまで(点Aのy座標)が1800m, AからBまで(点Aと点Bのy座標の差)が600m,BからCまで(点Bと点Cのy座標の差)が300m,CからDまで(点Cと点Dのy座標の差)が100mなので,奇数番目の項の和と偶数番目の項の和は,それぞれ公比$300÷1800=\frac{1}{6}$,$100÷600=\frac{1}{6}$ の等比級数になり,その和は次のようになります.$$(1800+300+\cdot\cdot\cdot\cdot\cdot\cdot)+(600+100+\cdot\cdot\cdot\cdot\cdot\cdot)=\frac{1800}{1-\frac{1}{6}}+\frac{600}{1-\frac{1}{6}}=2880$$というわけで,行ったり来たりする犬の移動時間と距離を確認できました.でも実際,こんな動きは不可能ですよね(笑).

[Reference]

Grade 6 Maths word Problems @Free Mathematics Tutorials
https://www.analyzemath.com/middle_school_math/grade_6/problems.html

Monday, 25 September 2023

小説 ケルベロスの肖像

海堂尊 2012年 宝島社

自然対数の底 e 円周率 ベクトル 差分 正規分布 フーリエ変換 リーマン球面

テレビドラマ「チーム・バチスタシリーズ」の最終作として映画化されたこの小説には Ai という言葉がよく登場します.一般に AI といえば "Artificial Intelligence" すなわち「人工知能」のことですが,ここでの Ai は "Autopsy imaging" すなわち「死亡時画像診断」を意味します.

東城大学医学部付属病院に,オープンを控えたAiセンターを破壊するという脅迫状が届き,高階(たかしな)病院長からセンター長を任命された医師の田口公平が事件の解明に奮闘するという話です.

調査を依頼した厚生労働省の姫宮香織が連絡先メールアドレスを田口に教える場面です.

そのアドレスをためつすがめつ眺めている俺の手元を覗き込み、高階病院長が言う。「おや、e の底数ですね」

疑問がひとつ解消されほっとする。 ところで e ってなんだっけ、と考えていると、文字の隣にぼんやり丸太(Log)という単語が浮かんできた。 そうだ、対数のなんちゃらだと思い出し、同時に、そんな数字が即座に思い当たる高階病院長の教養の奥深さに感心させられる。俺なら、せいぜい円周率が関の山だ。

(単行本 第1刷 P.40)

この「e の底数」は,正しくは「自然対数の底 e」または「ネイピア数」と表すべきですね.また,"logarithm (対数)"の省略である"log" という英単語が浮かんできたのであって「丸太 (log)」という日本語が浮かんできたのではないでしょう.実際にメールアドレスに使った数字はその値 2.718281828459045....(語呂合わせ「鮒一鉢二鉢一鉢二鉢至極惜しい」が有名)の一部だと思われます.確かに小学校から使われている円周率よりも e のほうが認知度はずっと低いですね.それも当然のことで,日本の高校では理系向けの数学Ⅲで初めて e が登場するからです.それは指数・対数関数の導関数を定義に従って求める際に出てきます.

指数関数の方は$$\displaystyle \left( a^x \right)' =\lim_{ h \to 0 }\frac{a^{x+h}-a^x}{h}$$対数関数の方は$$\displaystyle \left( \log_{a}x \right)' =\lim_{ h \to 0 }\frac{\log_{a}(x+h)-\log_{a}x}{h}$$これらの計算の途中でうまく変数を置換すると次の式が出てきます.$$\displaystyle \lim_{ t \to 0 }\left( 1+t \right)^{\frac{1}{t}}\tag{1}$$この$t$の値を限りなく小さくするとある値 (2.71828....) に近づいていくので,その極限値を e と定義したうえで,その後に導関数を導いています.


因みに,世界中の最も多くの国や地域で採用されている高校カリキュラム「国際バカロレア・ディプロマプログラム(IB Diploma Program)」では,文系向けのSL (Standard Level) でも e が登場します.まず連続複利の話で式(1)と同じ式(2)から e を定義し,その後に指数・対数関数の導関数を導きます.$$\displaystyle \lim_{ n \to \infty }\left( 1+\frac{1}{n} \right)^{n}\tag{2}$$
年利率100%で1年を分割した回数だけ1年間複利計算した場合


(後日談)ネット上でこの小説の電子書籍が見つかったので確認してみると,同じ部分が以下のように訂正されていました.
そのアドレスをためつすがめつ眺めている俺の手元を覗き込み、高階病院長が言う。「おや、自然対数の底 e ですね」

突然メアドに出現した,妙な数字の羅列を見て即座に高等数学の知識が励起されてしまう高階病院長の教養の奥深さに感心する。俺なら、せいぜい円周率が関の山だ。

(電子書籍 P.17)

「e の底数」が訂正され,「丸太(Log)」についての話が削除されたのはいいのですが,自然対数の底 e=2.71828..... は数学Ⅲを履修した人なら常識ですから,新たに「高等数学の知識」という文章をわざわざ加えたのもおかしいですね.「高等数学」は高等学校の数学ではなく,それより高いレベルの数学を意味するからです.

[参考]

高校教科書「数学Ⅲ」数研出版

Google ブックス 「ケルベロスの肖像」【電子特典付き】