Tuesday 24 January 2023

漫画 はじめアルゴリズム (4)

三原和人 著 2018年 講談社 

正多面体 オイラーの多面体定理

数学的才能のある小学5年生の関口ハジメが,老数学者・内田豊のもとで成長していくという話です.この中に「正多面体には正4面体,正6面体(立方体),正8面体,正12面体,正20面体の5つしかない」ことの証明がありました.それを引用しますが,分かり易くするために少し加筆します.

多面体の各面を仮に正N角形とし
1個の頂点にM個の面(M本の辺)が集まるとして
正の整数の組 (M, N) が何組あるか考えればいい

1つの辺は2面に共有されるので(①式でNFを2で割る理由)
正N角形のN個の辺をもつ)面がF個ある多面体の辺の数Eはこう表せる

E=NF/2 ……①

また1つの辺は2つの頂点を結ぶので(②式でMVを2で割る理由)
V個の頂点にM個の面つまりM本の辺が集まるので 多面体の辺の数Eはこう表せる

E=MV/2 ……②

①よりF=2E/N, ②よりV=2E/M

その2つをオイラーの多面体定理に代入して

V-E+F=2
2E/M-E+2E/N=2
E(2N-MN+2M)=2MN 
>0
∴2N-NM+2M>0
MN-2M-2N+4<4

このNM不等式を満たす正の整数の組 {N, M} を求めると……,正多面体は5種類しかないことが分かる.

(以上 第4巻P84~85)

MNとNMが積のように書かれていますが,「2数の組」という意味で述べられています.表現が少し不適切ですね.また始めにMNと書いて,後でNMに変わっていますが,組なので間違いではありません.ただ「NMを満たす整数」という言い方はおかしいので,加筆ではなく訂正をしておきました.また,オイラーの多面体定理を証明なしでいきなり使っているのが気になります.

実際,この不等式を満たす正の整数 {N, M} の組は,以下の{3, 3}, {3, 4}, {3, 5}, {4, 3}, {5, 3}しかありません.

因みに,この正の整数の組{N, M}をシュレーフリ記号(Schläfli symbol)といい,2次元の正多角形や3次元の正多面体を一般化したn次元正多胞体(regular polytope)を分類をするもので,例えば次のように表されます.
[2次元]   正3角形は{3},正4角形(正方形)は{4}
[3次元]   正4面体は  {3, 3},正6面体(立方体)は{4, 3}
[4次元]   正8胞体(3次元超立方体)は{4, 3, 3}

この記号の中の,最後の数のひとつ前までの数はすべてまとめて「1次元低い図形」を表し,最後の数は「3次元低い図形に集まる1次元低い図形の数」を表します.具体的には次のような意味になります.
[3次元]   正6面体(立方体){4, 3} は {正4角形{4}が,ひとつの頂点に3つ集まる}という意味
[4次元]   正8胞体(3次元超立方体){4, 3, 3}={{4, 3}, 3} は {正6面体{4, 3}が,ひとつの辺に3つ集まる}という意味

さて,上の証明の次のページに「こういう考え方もできるよね」と言って,「頂点に集まる3個以上の正多角形の内角の和が360°未満になるのは,正三角形3個または4個または5個,正方形3個,正5角形3個の場合しかない」ことを図解入りで説明しています.この内容は「ユークリッドの原論」第13巻命題18の "Remark(注意)" で述べられています.

この考え方から,上の不等式をオイラーの多面体定理なしで導くことができます.正$p$角形の内角の和は$180(p-2)$なので,内角の一つは$$\frac{180(p-2)}{p}=180-\frac{360}{p}$$となり,これが$q$個集まって360°未満になるためには,
\begin{eqnarray}(180-\frac{360}{p})q&<&360\\(1-\frac{2}{p})q&<&2\\ (p-2)q&<&2p\\ pq-2p-2q&<&0\\ pq-2p-2q+4&<&4\\ (p-2)(q-2)&<&4\end{eqnarray}
(mathandmultimedia.com)

あとは上の表の通りです.冒頭の証明よりこの証明の方が分かり易いのではないでしょうか.

[Reference]

Monday 2 January 2023

小説 i(アイ)

西 加奈子(2019年 ポプラ文庫)

虚数 複素解析 リーマン球面 留数定理 解析接続

2017年本屋大賞第7位の作品です.米国人と日本人の夫婦の養子として育ったシリア出身のアイが,恵まれた環境で育つことに疑問を持ち,自分という存在に悩みながら成長していくという話です.

物語の冒頭に,アイが日本の高校入学後最初の数学の授業で,教師が虚数単位 $i$ ($i × i = -1$となる数)について紹介している場面があります.

「この世界にアイは存在しません。」
「二乗してマイナス1になる,そのような数はこの世界に存在しないんです。」

この言葉のために,まるでアイという名の自分が存在してはいけないような感覚をずっとひきずったまま,時が過ぎていきます.物語後半,数学科の大学院生になって,婚約者ユウとの会話の中で $i$ の存在を確信していたアイからこの話を聞いた教授はこう言います.

「そんなことを言う数学教師はばかだ。」
「アイは存在する。」

ここでようやくアイは自分自身を「いなくてはいけない存在なのだと」確信します.

この高校教員や大学教授は虚数単位 $i$ のつもりで言っていますが,著者はこれをアイと表現することで,主人公アイの存在について同時に考えさせる狙いがあるのでしょう.実際はこんな間違ったことを言う高校教師はいないと信じたいですが,この最初のセリフが呪文のように後半まで何回も登場するので,ちゃんと修正されるのか読んでいて心配でした.

アイもいつしか彼らと同じように欲望を滅し,勉強に没頭した.リーマン球面の概念に心を震わせ,留数定理の強さに惹かれ,解析接続の難解さにうなった.

いずれも複素解析(複素関数論 or 関数論ともいわれる数学の分野),すなわち複素数から複素数への関数について論じるための用語です.

https://en.wikipedia.org/wiki/File:Riemann_sphere1.jpg
リーマン球面
アイが「心を震わせる」リーマン球面は,複素数平面に無限遠点∞を加えたもので,これは球面と1対1対応させることができます(右図参照).ここでは∞を数のように扱うので,zを0でない複素数とするとき,z/0=∞とか,z/∞=0などの計算ができます.

留数定理
アイが「強さに惹かれ」る留数定理は,数式でいうと$$\displaystyle \oint_{C}f(z)dx = 2\pi i  \sum  Res(a_i) $$という定理ですが,どう強いのでしょうか.英語版WikiPediaには,「閉曲線上の解析関数の線積分を求めるのに強力な道具である」と書かれています.つまりこの定理によって複素積分が簡単にできることを「強い」と表現しています.

解析接続
アイが「難解さにうなった」解析接続は,一言でいうと定義域の拡張です.簡単な例として,初項1、公比$x$の無限等比級数を考えます.$$1+x+x^2+ \cdot \cdot \cdot \cdot =\frac{1}{1-x}$$高校数学では, $-1<x<1$のときだけこの等式が成りたちますが,解析接続するとこれ以外の範囲でも成りたち,次の有名な等式を導くことができます.(理由は検索するといっぱい出てきます)$$1+2+3+ \cdot \cdot \cdot \cdot =-\frac{1}{12}$$

[Reference]

Residue theorem
https://en.wikipedia.org/wiki/Residue_theorem