Wednesday, 16 August 2017

小説 偏差値70の野球部 レベル3 守備理論編

松尾清貴 2012年 小学館文庫

中学時代にピッチャーで全国大会準優勝した新(あらた)真之介(しんのすけ)が,なぜか東大合格者数全国1位の超進学校に入学し,甲子園を目指すという話です.

「角運動量保存則を利用した等速円運動打法」を考案し,「強いのは野球のセオリーを作っているチームだ」という才女のヒカルさんが,打球の落下地点を知るための方法として,重力,摩擦抗力,揚力,粘性率,レイノルズ数などを考慮した流体力学の理論を話しました.
ヒカルさん「変数は,打球の水平面に対しての角度と速度と角速度.一応,抗力係数は0.6に設定してる.レイノルズ数がはっきりすればいいんだけど,信頼のおける実験結果が得られなかったから.計算上は105程度になるから,どっちみちナビエ-ストークスの方程式は使えない.(後略)」
ヒカルさんが画面を覗き込むようにしながらマウスをクリックすると,新たに浮き出たドットが,さらに複数の相対的にきれいな二次関数を描き出した.頂点を挟んで右側,つまり下り曲線が上り曲線よりも急角度だった.
この数式を期待したのですが,このままでは複雑すぎるということで,その後,以下のように外的な力を無視し,単なる二次関数でボールの到達距離と時間を予測していました.話の流れからすると残念です.しかもその中の数式に1か所ミスがありました(読んだのは第3刷なので,その後訂正されているかも知れません).
ヒカルさん「初速度v0,水平面との角度θの放物運動する物体は,水平方向x鉛直方向yの二次元座標において,x=v0cosθ・t,y=v0sinθ・t-gt2で表されるよね.ボールが到達する地点ではy=0だから,まずy式にそれを代入する.到達時間t2はもちろん0ではないから,式t2=2v0sinθ/gが得られるでしょ.水平到達距離をx軸上のD点として,先に求めたt解をx式に代入する.だから,具体的には,D=v0cosθ・t2を,v0cosθ・2v0sinθ/gに変換すると,これはv02sin2θ/gになるね.」
式中のgは重力加速度9.8m/秒2,tは時間(秒)を表します.はじめのy=v0sinθ・t-gt2は,正しくは$$y=v_0sin\theta \cdot t-\frac{1}{2}gt^2\tag{1}$$ですね.この場合,速度は(dx/dt, dy/dt)=(v0cosθ, v0sinθ-gt)なので,位置はこれをtで積分して,(x, y)=(v0cosθ・t, v0sinθ・t-1/2gt2)になります(整式の積分なので高校数学Ⅱの知識でOK).この(x, y)からtを消去すると次式になります.$$y=tan\theta \cdot x-\frac{g}{2v_0^2cos^2\theta}\cdot x^2\tag{2}$$例え空気抵抗などを無視したとしても,相手がボールを打ってフライを上げた瞬間に,この計算をして外野手に知らせるなんて,超人的な能力ですね(笑).

初速度や打出角度が変わればどうなるかをGeoGebraで作ってみました.青のグラフは横軸が時間tで式(1)を,紫のグラフは横軸が水平飛行距離xで式(2)を表しています.

なお,空気抵抗を加味した放物運動は,映画「ST赤と白の捜査ファイル」ですでに紹介しています.

Friday, 11 August 2017

随筆 墨汁一滴

正岡子規(1867-1902)
岩波文庫 岩波書店 1927年12月第1刷 1998年1月第35刷

正岡子規は「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という俳句で有名です.36才で亡くなる前の年の1901年1月から7月まで、正岡子規が記者として勤めていた当時の新聞『日本』に連載されていた随筆の一説ですが,この文章は東京大学予備門(のちの第一高等学校、戦後は東京大学教養学部)に入学した18才の頃を回顧しています.
しかし余の最も困つたのは英語の科でなくて数学の科であつた。この時数学の先生は隈本(有尚)先生であつて数学の時間には英語より外の語は使はれぬといふ制規であつた。数学の説明を英語でやる位の事は格別むつかしい事でもないのであるが余にはそれが非常にむつかしい。つまり数学と英語と二つの敵を一時に引き受けたからたまらない、とうとう学年試験の結果幾何学の点が足らないで落第した。(六月十四日) 
余が落第したのは幾何学に落第したといふよりもむしろ英語に落第したといふ方が適当であらう。それは幾何学の初にあるコンヴアース、オツポジトなどといふ事を英語で言ふのが余には出来なんだのでそのほか二行三行のセンテンスは暗記する事も容易でなかつた位に英語が分らなかつた。落第してからは二度目の復習であるから初のやうにない、よほど分りやすい。コンヴアースやオツポジトを英語でしやべる位は無造作に出来るやうになつたが、惜しい事にはこの時の先生はもう隈本先生ではなく、日本語づくめの平凡な先生であつた。しかしこの落第のために幾何学の初歩が心に会得せられ、従つてこの幾何学の初歩に非常に趣味を感ずるやうになり、それにつづいては、数学は非常に下手でかつ無知識であるけれど試験さへなくば理論を聞くのも面白いであらうといふ考を今に持つて居る。これは隈本先生の御蔭かも知れない。(六月十五日)
幾何学でコンヴアース(converse),オツポジト(opposite)が登場するものを推測してみましょう.Converseは,条件文P⇒Q(PならばQ)に対してその逆,Q⇒P(QならばP)を意味します.Oppositeは「向かい側の」とか「反対側の」という意味でよく使われます.

■平行四辺形の性質「平行四辺形の2組の対角(opposite angles)は等しい」の逆(converse)は「2組の対角(opposite angles)が等しい四角形は平行四辺形である」

■平行四辺形の性質「平行四辺形の2組の対辺(opposite sides)は等しい」の逆(converse)は「2組の対辺(opposite sides)が等しい四角形は平行四辺形である」

■三平方の定理「直角三角形の斜辺の2乗は他の2辺の2乗の和に等しい」の逆(converse)は「三角形で,ひとつの辺の2乗と他の辺の2乗の和が等しいとき,最初の辺の対角(opposite angle)は直角になる」

■二等辺三角形の定理「二等辺三角形の底角は等しい」の逆(converse)は「三角形の2角が等しいとき,それらの対辺(opposite sides)も等しい」

■三角形の辺と角の大小「三角形の2辺が異なるとき,長い方の辺の対角(opposite angle)は短い方の辺の対角より大きい」の逆(converse)は「三角形の2角が異なるとき,大きい方の角の対辺(opposite side)は小さい方の角の対辺より長い」

以上はいずれも今の日本の中学程度の内容ですが,もともとユークリッドの「原論」に載っていたものです.正岡子規が存在していた明治時代初期の頃,幾何学はユークリッドの「原論」が主に学習されていたようなので,その中の初歩といえば,このような内容だったと思われます.

[Reference]
明治前期の日本において教えられ,学ばれた幾何(数学史の研究)