Friday, 11 August 2017

随筆 墨汁一滴

正岡子規(1867-1902)
岩波文庫 岩波書店 1927年12月第1刷 1998年1月第35刷

正岡子規は「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という俳句で有名です.36才で亡くなる前の年の1901年1月から7月まで、正岡子規が記者として勤めていた当時の新聞『日本』に連載されていた随筆の一説ですが,この文章は東京大学予備門(のちの第一高等学校、戦後は東京大学教養学部)に入学した18才の頃を回顧しています.
しかし余の最も困つたのは英語の科でなくて数学の科であつた。この時数学の先生は隈本(有尚)先生であつて数学の時間には英語より外の語は使はれぬといふ制規であつた。数学の説明を英語でやる位の事は格別むつかしい事でもないのであるが余にはそれが非常にむつかしい。つまり数学と英語と二つの敵を一時に引き受けたからたまらない、とうとう学年試験の結果幾何学の点が足らないで落第した。(六月十四日) 
余が落第したのは幾何学に落第したといふよりもむしろ英語に落第したといふ方が適当であらう。それは幾何学の初にあるコンヴアース、オツポジトなどといふ事を英語で言ふのが余には出来なんだのでそのほか二行三行のセンテンスは暗記する事も容易でなかつた位に英語が分らなかつた。落第してからは二度目の復習であるから初のやうにない、よほど分りやすい。コンヴアースやオツポジトを英語でしやべる位は無造作に出来るやうになつたが、惜しい事にはこの時の先生はもう隈本先生ではなく、日本語づくめの平凡な先生であつた。しかしこの落第のために幾何学の初歩が心に会得せられ、従つてこの幾何学の初歩に非常に趣味を感ずるやうになり、それにつづいては、数学は非常に下手でかつ無知識であるけれど試験さへなくば理論を聞くのも面白いであらうといふ考を今に持つて居る。これは隈本先生の御蔭かも知れない。(六月十五日)
幾何学でコンヴアース(converse),オツポジト(opposite)が登場するものを推測してみましょう.Converseは,条件文P⇒Q(PならばQ)に対してその逆,Q⇒P(QならばP)を意味します.Oppositeは「向かい側の」とか「反対側の」という意味でよく使われます.

■平行四辺形の性質「平行四辺形の2組の対角(opposite angles)は等しい」の逆(converse)は「2組の対角(opposite angles)が等しい四角形は平行四辺形である」

■平行四辺形の性質「平行四辺形の2組の対辺(opposite sides)は等しい」の逆(converse)は「2組の対辺(opposite sides)が等しい四角形は平行四辺形である」

■三平方の定理「直角三角形の斜辺の2乗は他の2辺の2乗の和に等しい」の逆(converse)は「三角形で,ひとつの辺の2乗と他の辺の2乗の和が等しいとき,最初の辺の対角(opposite angle)は直角になる」

■二等辺三角形の定理「二等辺三角形の底角は等しい」の逆(converse)は「三角形の2角が等しいとき,それらの対辺(opposite sides)も等しい」

■三角形の辺と角の大小「三角形の2辺が異なるとき,長い方の辺の対角(opposite angle)は短い方の辺の対角より大きい」の逆(converse)は「三角形の2角が異なるとき,大きい方の角の対辺(opposite side)は小さい方の角の対辺より長い」

以上はいずれも今の日本の中学程度の内容ですが,もともとユークリッドの「原論」に載っていたものです.正岡子規が存在していた明治時代初期の頃,幾何学はユークリッドの「原論」が主に学習されていたようなので,その中の初歩といえば,このような内容だったと思われます.

[Reference]
明治前期の日本において教えられ,学ばれた幾何(数学史の研究)

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