Tuesday 3 November 2020

ドラマ 先生を消す方程式 第1話

2020年 TV朝日 

定積分

半数以上が東大に進学する偏差値の高いある高校で,半年の間に3人の教師がやめてしまったというクラスの担任になった数学教師が,赴任初日から精神的な攻撃や物理的な攻撃をする生徒たちに対して全く動じる気配を見せないため,生徒たちがこの教師を殺してしまおうとする話です.

第1話で,2019年東大入試理系数学第1問,数学Ⅲの定積分の計算問題がそのまま使われました.

生徒は30秒以内に解けと無理をいいますが,この教師はいとも簡単に解いて生徒たちを驚かせます.

実際に解いてみましたが,展開した4つの項のうち2つで異なる置換積分をしなければならないので,かなり面倒な計算になりました.詳しい解説は多数のサイトでアップされていますので,そちらを参照してください.

気になったところを3点.
①3項目の計算の[ ]の中,$t^{1/2}+t^{-1/2}$ の $-1/2$ が見えにくい.(拡大してみてください)
②4項目の $dx=(1+\tan^2\theta)d\theta$ は,次の行で被積分関数が $\sin^2\theta$ になることを考えると $dx=\frac{1}{\cos^2\theta} d\theta$ の方が自然ではないか.
③その次の行,積分区間の上端 $\pi/4$ が見えにくい.(拡大してみてください)

似たような問題で,もっと簡単そうに見えて実はそうではないという例を紹介しましょう.$$\int_0^1 \sqrt{1+x^2} dx$$これもかなり大変な計算になります.いろいろな方法があり,それらをを試してみましたが,最も簡単に計算する方法は$x=\frac{e^t-e^{-t}}{2}$と置換する方法です.これは$x=\sinh{t}$(双曲線関数)なんですが,これを知らなくても数学Ⅲの知識で計算できます.

実はこれ,放物線 $y=\frac{1}{2}x^2$ の$x=0$から$1$までの長さを求める計算になります.「放物線の長さ」で検索すると解説が多数アップされていますので,この方法を探してみてください.因みに正解は次のようになります.(lnは自然対数)$$\frac{\sqrt{2}}{2}+\frac{1}{2}\ln(1+\sqrt{2})=1.14779......$$


Monday 21 September 2020

映画 リトルプリンス 星の王子さまと私(英語版)

2015年 フランス

ベクトル 方程式

時は現代(公開は2015年),1943年サン=テグジュペリ原作「星の王子さま」の中でその王子さまと出会ったという元飛行士の老人と,その話に夢中になった隣に住む9歳の少女との交流を通して描かれた「星の王子さま」の後日談ともいえる作品です.

Vector

名門校への進学を期待されて母親に決められた細かいスケジュールで学習するこの女の子が表紙に「La Geometrie Analytique(幾何解析)」と書かれた本で勉強をしているときに,この数式が映りました.

9歳の子がハイスクールで習うベクトルの問題を解いています.左上の$-\overrightarrow{ AP }$は次の行で$\frac{3}{4}\overrightarrow{ AB }$となっていますが,その下の$\overrightarrow{ PQ }$で$\overrightarrow{ AB }$との和が$\frac{1}{4}\overrightarrow{ AB }$となっているので,正しくは1行目が$\overrightarrow{ PA }$,2行目が$-\frac{3}{4}\overrightarrow{ AB }$でしょう.

さて,問題を推測してみましょう.「平行四辺形ABCDの辺AB,BC,CD,DAを3:1に内分する点をそれぞれP,Q,R,Sとするとき,四角形PQRSは平行四辺形であることを示せ.」でしょうか.$\overrightarrow{ SR  }=\overrightarrow{ PQ}$なら,四角形PQRSは平行四辺形になります.

これが3:1ではなく,内分する4点がすべて中点の時は,四角形ABCDがどんな四角形でも四角形PQRSは平行四辺形になります (Varignon's theorem)

[訂正] 2020/9/22追記 上の解答でPからQへ行くのに,PB→BQと行かずにわざわざPA→AB→BQと行っているのが気になっていたのですが,どうやら別の部分が間違っていると考えれば,適切な別の問題が推測できることがわかりました.「平行四辺形ABCDの辺AB,CDを3:7に外分する点をそれぞれP,Rとし,辺BC,DAを3:1に内分する点をそれぞれQ,Sとするとき,四角形PQRSは平行四辺形であることを示せ.」この場合,右上の2行目,3行目の3項目を$\frac{3}{4}\overrightarrow{ DC }$と修正し,次の行と最後の行を$\overrightarrow{ PQ }=\frac{7}{4}\overrightarrow{ AB }+\frac{3}{4}\overrightarrow{ BC }$,$\overrightarrow{ SR }=\frac{3}{4}\overrightarrow{ AD }+\frac{7}{4}\overrightarrow{ DC }$と修正すれば正しい解答になります.

Equation

別の学習シーンで"Equation(方程式)"という歌が流れているときに,図のような数式が映りました.

方程式らしく中に=があって,似たような式が両辺に書かれていますが,上から下への変形が一致していないので,単に雰囲気を伝えるだけの目的で使われた数式だと思われます.今どきほとんどの映画やドラマでは,一瞬だけのシーンであっても正しい数式が使われているので,かえって珍しいです.

次に挿入歌"Equation"(英語版)でずっとバックに流れている部分の歌詞ですが,Youtubeの動画歌詞を紹介するサイトなどで異なったものになっています.例えば Youtubeでは以下のようになっています.

minus 2 times minus 3 6Y you end up with 5
expose 3Y times 2 XXY rewrite equation 1

何回も聴き直したり,人に聴いてもらったりした結果,正しくは次の歌詞ではないかと思います.和訳も考えてみました.

minus 2 times minus 3 6 why you end up with 5
x plus 3y times 2 x 6y rewrite equation 1 
(-2)×(-3)は6だよ,どうして5になったの?
x+3y×2はxと6yだよ,方程式1を書き直してね

英語版とは全く異なる原作の仏語の歌詞にも意味の分かりにくい部分がありました.

1 plus 1 font 2
2 plus 1 fait 3
3 moins 1 sous le M toit
Tu me dis racine

この中の M toit は直訳すると「M型の屋根」ですが,ルート記号√ がMを変形したような形になっているのと,その次の歌詞が「ルートを教えて」なので,和訳は下のような感じではないでしょうか.

因みに,ルート記号√ は一般に root の r を変形したものと言われていますが,文字を図形と考えると,先のとがった点の数は r が1個,Mと√ は3個なので,Mの方が√ に近いとも言えます.

$1+1=2$
$2+1=3$
M型屋根(のような記号)の下に$3-1$
ルートを教えてほしいな

[参考]

The Little Prince - "Equation" - English version + Lyrics
https://www.youtube.com/watch?v=i2fezyjs_aY

#Alexandria C.H.#  Equation
https://alexandriach.wordpress.com/2016/01/31/equation/

Tuesday 10 March 2020

小説/漫画/ドラマ 黒猫の三角

 
2002年 講談社文庫 森博嗣
2012年 幻冬舎コミックス漫画文庫 皇名月
2015年 フジテレビ系列 『瀬在丸紅子の事件簿〜黒猫の三角〜』

線形代数 マトリクス クロネッカーのデルタ (Kronecker Delta)

ぞろ目の年月や年齢にこだわった連続殺人事件の話です.タイトルの黒猫の三角は,クロネッカーのデルタ(ギリシャ文字で大文字が$\varDelta$)をかけています.
「香具山さんは文系だから、知らないわよね。小島遊君、君は線形代数は単位ちゃんと取った?」
「どうして?」
「マトリクス、教わったでしょう?」
「行列ですね?」
「そう」紅子が頷く。「マトリクスの対角項だけを1にする。それ以外はすべて0にしたい。どうやってそれを書き表したら良いかしら?」
「えっと……、単位マトリクスのことですか? 斜めに1を並べて書いて、あとは0をひたすら入れるんじゃあ…… 」
「ニ次元で、しかも小さなマトリックスなら、それで書ける」紅子が頷いた。 「でも、一般式で表記したいときがあるでしょう? ほらほら,とっても有名な……」
「ああ、クロネッカのデルタ!」練無が叫んだ。
「何それ?」紫子がメガネを持ち上げてきいた。いつもより、ずっとインテリに見える。「クロネコのデルタ?」
「ね……」紅子がにっこりと微笑む。「三角じゃないけど、小文字のデルタを書いて、そのあとにi、jとか、さらにkとか、添え字を書く。それで、たとえば、デルタijと書かれていれば、それは、もしiとjが同じ整数なら、全体が1になる、もし違う整数なら全体が0になる、という関数なの。ようするに、数が同じならON、違えばOFF。その関数の名前が、クロネッカ・デルタっていう。これ、もの凄く有名だから,理系の大学生なら,まず知らない人はいないでしょう?」
クロネッカーのデルタは,2つの数$i$, $j$に対して0または1の値をとる次のような関数です.($\delta$は小文字のデルタ)
\begin{eqnarray}
\delta_{ij}=
  \begin{cases}
    1 & ( i = j ) \\
    0 & ( i \neq j )
  \end{cases}
\end{eqnarray}
すなわち,2数がぞろ目のときは1になり,そうでないときは0になるという関数です.いくつかの式や値をまとめてひとつに表す方法として使われます.

いくつか例を見てみましょう.

①例えば高校で習う平面上の座標軸に関する基本ベクトル $\vec{ e_1 }=(1,0)$,$\vec{ e_2 }=(0,1)$の内積は,$$\vec{ e_1 }\cdot\vec{ e_1 }=1, \quad \vec{ e_1 }\cdot\vec{ e_2 }=0,\quad \vec{ e_2 }\cdot\vec{ e_1 }=0,\quad \vec{ e_2 }\cdot\vec{ e_2 }=1$$となるので,これらをひとつにまとめて,$$\vec{ e_i }\cdot\vec{ e_j }=\delta_{ij}$$と表すことができます.

②この小説に出てきたのは行列(matrix)の話です.2行2列だと一般に次のような形をしています.\begin{eqnarray}
\left(
  \begin{array}{cc}
    a & b \\
    c & d \\
  \end{array}
\right)
\quad \quad \quad
\left(
  \begin{array}{cc}
    a_{ 11 } & a_{ 12 } \\
    a_{ 21 } & a_{ 22 } \\
  \end{array}
\right)
\end{eqnarray}行列も数字と同じようにかけ算ができます.数字の1にあたる働きをするものを単位行列(identity matrix)といい,右下がりの対角線上がすべて1,他は0になります.\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}3行3列ならこんな形です.\begin{eqnarray}
\left(
  \begin{array}{ccc}
    1 & 0 & 0 \\
    0 & 1 & 0 \\
    0 & 0 & 1  \end{array}
\right)
\end{eqnarray}これがn行n列になると,書くのは大変なうえ,スペースもとりますが,クロネッカーのデルタを使えば次のように簡潔に書くことができます.\begin{eqnarray}
 \left(
  \begin{array}{cccc}
    1 & 0 & \ldots & 0 \\
    0 & 1 & \ldots & 0 \\
    \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
    0 & 0 & \ldots & 1
  \end{array}
\right)
= (\delta_{ij})
\end{eqnarray}
WolframMathWorldには複素関数の積分の例もありました.$$\delta_{mn}=\frac{1}{2\pi i}\oint_{\gamma} z^{m-n-1}dz$$右辺の$\oint$は周回積分,$\gamma$は単位円のような閉曲線で,m=nのとき1になり,m≠nのとき0になります.コーシーの積分定理・公式からすぐいえるのですが,少し計算して確かめてみましょう.$z=e^{it}$とおきます.\begin{eqnarray}
\oint_{\gamma} z^{m-n-1} dz&=& \int_0^{2\pi} e^{(m-n-1)it} ie^{it} dt \\
&=& i\int_0^{2\pi} e^{(m-n)it}dt \\
\end{eqnarray}m=nのとき\begin{eqnarray}
&=& i\int_0^{2\pi} dt \\
&=& i\left[ \ t \ \right]_0^{2\pi} \\
&=& 2\pi i \\
\end{eqnarray}m≠nのとき\begin{eqnarray}
&=& i\int_0^{2\pi} \{ \cos{(m-n)t}+i\sin{(m-n)t} \}dt \\
&=& i \left[\frac {\sin{(m-n)t}}{m-n}-i\frac {\cos{(m-n)t}}{m-n}\right]_0^{2\pi} \\
&=& 0 \\
\end{eqnarray}クロネッカーのデルタを考案したドイツの数学者クロネッカー(Leopold Kronecker)は,無限集合論を確立した数学者カントールを,その業績だけでなく人間性をも厳しく批判し,精神的に追い込んだことが有名で,数学史上の悪役みたいなイメージがあります.一方,このドラマに登場したのはとても可愛いクロネッコー,いえクロネコでした.

[参考]
Kronecker Delta
https://mathworld.wolfram.com/KroneckerDelta.html

Wednesday 22 January 2020

小説 パズルの軌跡 穂瑞沙羅華の課外活動

2009年 機本伸司著 角川春樹事務所

16進数 級数

大学を卒業して就職したばかりの青年と,飛び級で同じ大学を卒業してから普通の高校生になった物理学の天才少女が,ある企業の依頼で,同時期に多数起こった失踪事件を追うという話です.

16進数
窓は一つしかない。その横に、テンキーが並んでいる。いや、正確にはテンキーではなく、十六進数の特殊キーである。つまり、0から9までの数字の他に、AからFまで、アルファベットのキーがある。
沙羅華は、先生の方をちらりと見た。
「ドアのパスワードは、変えてないわよ」と先生が言う。「前にあなたと相談したときのまま」
沙羅華は軽くうなずくと、人さし指で "221B"と押した。
16進数は,ドラマ「すべてがFになる」にも登場しました.10進数が0~9という10個の数字を使って,$1$の位,$10$の位,$10^2$の位…と表され,2進数は0と1という2つの数字を使って,$1$の位,$2$の位,$2^2$の位…と表されるように,16進数は0~9とA~F(10から15)という数字と文字を15個使って,$1$の位,$16$の位,$16^2$の位…と表されます.

例えば,10進数表記の$$8731=8×10^3+7×10^2+3×10+1×1$$を2の累乗の和で表すと,\begin{eqnarray}
8731&=& 8192+512+16+8+2+1 \\
&=&  2^{13}+2^9+2^4+2^3+2+1
\end{eqnarray}なので,2進数表記では$10001000011011$となります.

この小説に登場した16進数表記の 221B を10進数表記で表すと,\begin{eqnarray}
221B &=&2×16^3+2×16^2+1×16+B×1 \\ &=&2×16^3+2×16^2+1×16+11×1 \\
&=&  8731
\end{eqnarray}なので,16進数表記の 221B は,10進数表記の 8731 を意味します.

10進数は人間にとって分かり易いが,コンピューターでは 0か1 (on/off) の2進数が扱い易い.しかし桁数が大きくなってしまう.そこで16進数なら桁数が少なくて済むし,2の累乗なのでコンピューターでも扱い易い.というわけでコンピューターでは16進数がよく使われているそうです.

10進数の4桁は,数字の並べ方が$10^4=10000$通りに対して,16進数の4桁は,$16^4=65536$通りあり,セキュリティ面では約6.55倍の強さがあるといえます.

級数
<著者あとがき>
こうして"究極の疑間"に挑戦し続ける彼女の姿は、数学に出てくる"級数"に似ているかもしれません。整数nの値が一つ増えるごとに、解も変化していくわけです。
そして彼女はまだ、大きく揺らいでいる。果たして何らかの値に"収束" するのか、それとも"発散"するのか……。そんなふうに"極限値"を探りながら、彼女の旅は続くことになりそうです。
ヒロインの生き方を級数で比喩しているわけですが,級数は数列の和を意味し,有限和はそのひとつひとつがまた数列になりますから,用語は数列でも級数でも良かったと思います.また「解も変化していく」という表現よりは「値も変化していく」の方が適切でしょう.

級数の極限で簡単なものを見てみましょう.$$\frac{1}{2}+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{2^3}+\frac{1}{2^4}+・・・$$は,初項$\frac{1}{2}$,公比$\frac{1}{2}$の無限等比級数ですから,n項までの和$$S_n=1-\left( \frac{ 1 }{ 2 } \right )^n $$からその極限を考えると,$\left( \frac{ 1 }{ 2 } \right )^n$は限りなく0に近づくので,$$\lim_{n \to \infty} S_n=1$$とするのが高校までのやり方ですが,より厳密なε-N論法を使ってこのことを証明してみましょう.

上の$\displaystyle \lim_{n \to \infty} S_n=1$という式は,ε-N論法では次のように表されます.$$\forall \varepsilon >0, \exists N\in\mathbb{ N }, \forall n \gt N \Rightarrow |S_n-1|<\varepsilon$$この式を意訳すると次のようになります.「どんなに小さい正の数 $\varepsilon$が与えられても、ある自然数$N$をうまく決めれば,それより大きい自然数nでは, $S_n$と$1$との差を$\varepsilon$より小さくできる」$$|S_n-1|=|1-\left( \frac{ 1 }{ 2 } \right )^n-1|=\left( \frac{ 1 }{ 2 } \right )^n<\varepsilon$$が成り立てばいいので,$$\left( \frac{ 1 }{ 2 } \right )^n<\varepsilon$$を解くと,$$n>\log_{\frac{1}{2}}\varepsilon$$Nをこの値より小さい最大の自然数にすれば,証明したい式が成り立ちます.例えば$\varepsilon=10^{-4}$が与えられたとすると,$\log_{\frac{1}{2}}10^{-4}=13.28・・・$となるので,N=13と決めれば,それより大きい自然数nはすべて$|S_n-1|<\varepsilon$を満たします.

[参考]
パソコンはなぜ16進数を好むのか?
http://www.buturigaku.net/sub03_Spot/ICT/hex.html