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2025年3月13日木曜日

小説 禁忌の子

山口未桜 2024年 東京創元社

死亡推定時刻

主人公の救急医武田航(わたる)に瓜二つの身元不明の遺体が運び込まれたため,その死因や自分との関係を旧友で医師の城崎響介と一緒に調査をしていくという話.鍵を握る人物に会おうとした矢先,相手が密室内で死体となって発見された場面です.

(鑑識の)宗形が「直腸温を測りましょうか」と言いながら温度計をカバンから取り出した。
宗形「34.8度ですね。大体の予想とも合致してると思います」
武田「つまり、どういうことや」
城崎「直腸温を用いた死亡推定時刻の推定、っていうのは直腸温が元の37度から、1時間に0.8度下がるだろう、っていう理論がもとになっているんだ。国試でもやったでしょ」
武田「とすると、大体3時間前…………12時半頃やな」
城崎「前後にしっかり幅を持たせて、死亡推定時刻は11時半から午後1時半の間、というところでどうでしょうか?」
宗形「おっしゃる通りです」

この計算では「1時間に0.8度下がるだろう、っていう理論」なので,体温は死後経過時間tの一次関数 T=370.8t になっています.すると T=34.8 のとき t=2.75 になるので「大体3時間前」と予想しているわけです.

これがニュートンの冷却法則に従うなら,死後の体温Tは室温との差に比例して室温に近づいていきます.この場合,死後経過時間をtとし,その時の体温をT,室温を25°と仮定し,比例定数をkとすると,次の微分方程式が成り立ちます.dTdt=k(T25)変数分離してこれを解くと1T25dT=kdtln(T25)=kt+C1T25=eC1ektT=25+Cektここで t=0 のときT=37 ですから,37=25+Cより C=12 になり,最初の5時間で0.8×5=4度下がるとすれば,t=5 のとき,T=374=33 となるので,33=25+12e5ke5k=23k=ln(23)5=0.081......よって式(1)はこうなります.T=25+12e0.081tこのグラフはTが減少していく指数関数となり,下の赤いグラフになります. 青色のグラフは一次関数 T=370.8t です.34.8°のとき,点Aは(2.50, 34.8),点Bは(2.75, 34.8)なので,誤差はまだ小さいですが,時間がたつに連れて大きくなるので,現実的ではありませんね.


さて,「法医学は考える: 事件の真相を求めて」(赤石 英 著 1967年),法医学」(若杉長英 著 金芳堂 1983年)などによると,直腸温降下曲線は下図のような逆S字型になるそうです.通常の直腸温は,腋で測るよりやや高く37.2°ぐらいなので,そこからこのように下がっていきます.
法医学」若杉長英著より
死亡直後では体内の熱産生が未だ完全に停止していないためその低下は緩徐であるが,次第に急激となり,外界温度に近づくに従って,再び緩徐となり,直腸内温度の下降曲線は逆S字状を呈する.(法医学」P13)
S字型のグラフといえばロジスティック関数が有名です.基本的なロジスティック関数はこの式になります.T=11+et
これを,室温をやはり25°と仮定し,左右反転・拡大縮小・平行移動させるために,T=25+L1+ek(tp)という形にして,定数L, k, pを調節し,上の下降曲線を近似してみました.この場合,点Aは(3.85, 34.8),点Bは(3, 34.8)になります.T=25+13.51+e0.33(t6.8)

室温以外にも多くの条件によって違いが出て来ますが,これが事実に近い直腸温度変化だとしても,一次関数で近似して上の台詞のように「前後にしっかり幅を持たせて」(この場合は前後1時間の幅を考えて)推定すればそう問題はないのでしょうね.

[参考]

法医学
若杉長英 (著) 金芳堂 1983年

法医学は考える: 事件の真相を求めて
赤石 英 (著) 講談社現代新書 1967年

ロジスティック関数とは?
https://freshrimpsushi.github.io/jp/posts/1775/





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