Tuesday 14 May 2024

小説 同志少女よ、敵を撃て

 2021年 逢坂冬馬 早川書房

ミル(mil=角度の単位)

第二次世界大戦中の1942年,旧ソ連の小さな村で,当時18歳の少女セラフィマの母親を含む村人全員をドイツ軍が惨殺し,さらに赤軍(ソ連地上軍)が村全体を燃やしたことから,生き残ったセラフィマが狙撃兵になって復讐しようとする話です.

狙撃兵訓練学校での座学の内容です.
基礎の基礎として、全員が「ミル」という単位を覚える。ミルとは射撃および砲撃の照準に用いられる角度の単位であり、周回360度を6000ミルとして定義する。すなわち正面に対して右に90度 は1500ミルであり、上に45度は750ミルである。

なぜこんな面倒な単位を用いるかといえば、「1000メートル先にある、幅1メートルのもの」がおおよそ1ミルであるからだ。この単位を用いることは照準に有利となる。

故にスコープを覗いて、「幅50センチと推定される物体が1ミルの幅に収まっている」という状態があるならば、彼我の距離は500メートルと計算できる。
もともと1ラジアン(rad)の1000分の1を1ミリラジアン(mrad)といい,1周360度=2$\pi$ラジアンは2$\pi$×1000≒6283(ミリラジアン)になります.

ラジアンの定義より半径1の扇形の弧の長さが1になるときの中心角が1ラジアン(≒57.3度)ですから,半径1000mの扇形の弧の長さが1000mになるときの中心角も1ラジアンです.ということは半径1000mの扇形の弧の長さが1mになるときの中心角は$\frac{1}{1000}$ラジアン=1ミリラジアン(≒0.0573度)になります.

なので「1000メートル先にある、幅1メートルのもの」は1ミリラジアンになるわけですが,計算しやすいように旧ソ連では360度=6000ミル(日本では6400ミル)とし,「1000メートル先にある、幅1メートルのもの」を「おおよそ1ミル」としています.

射撃用の銃のスコープにはミル単位の目盛りがついていますが,ここでは角度というよりは標的の見かけの大きさをミルで測ります.

[例1] 上の例のように「幅50cm(0.5m)と推定される物体が1ミルの幅に収まっている」(下図の赤い長方形)なら,それは2倍大きく見えているので,距離は1000÷2で500mということになります.      
    
[例2] 高さ1.7mの標的が1ミルに見えたら,距離はその1000倍で1700mですが,4ミルの高さに見えたら(下図の赤い長方形),それは4倍大きく見えているので,距離は1700÷4で425mになります.
つまり,実際の標的の大きさを $a$ m,スコープ内での見かけの大きさを $m$ ミルとすると,次の式で距離 $d$ (m)を計算できます.$$d=\frac{1000a}{m}$$従って,標的の大きさが一定の場合,ミルと距離は反比例することになります.

[参考]
HB-PLAZA

Thursday 9 May 2024

TVドラマ 霊験お初 ~震える岩〜

2024年5月放送 テレビ朝日 宮部みゆき原作

算額

霊験(不思議な力)を持つ主人公のお初が連続殺人事件の解決に挑むというミステリー・ホラー時代劇です.算術の好きな与力見習いの右京之介が,お初に算額の問題を見せる場面(TVerで37分から38分の間)です.

お初「算額にはどのようなことが書かれているのですか?」
右京之介「お見せしましょうか.右の絵(①)では外側の大きな円の長さ,左の絵(②)では内側の2つの小円の径の長さを求めるのです」
お初「ひょうでもって測ったらどうかしら」
右京之介「それを算術で求めるところが学問なのです」
①の絵
①の絵では,外側の大きな円に甲,乙,丙,丁4種類の円が内接しています.

左右対称なので中心が直径上にある甲,丁の半径が分かればすぐに答えが出てしまいますから,甲,乙,丙または乙,丙,丁の半径が与えられていると推測できます.実際,3つの互いに外接する円があれば,その3円を内接させる大円がひとつ決まるので,乙,丙,丁の半径が与えられていると考えられます.

互いに外接する3円を内接させる大円はデカルトの円定理を使って求めることができます.3円の半径をa, b, cとし,大円の半径をrとすると,この定理で次の方程式が成り立ちます(証明難).$$2\left(\frac{1}{a^2}+\frac{1}{b^2}+\frac{1}{c^2}+\frac{1}{r^2}\right)=\left(\frac{1}{a}+\frac{1}{b}+\frac{1}{c}-\frac{1}{r}\right)^2$$例えば$a=1$,$b=2$,$c=3$のときは,$$2\left(\frac{1}{1^2}+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{3^2}+\frac{1}{r^2}\right)=\left(\frac{1}{1}+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}-\frac{1}{r}\right)^2$$これを解くと$r=6$となります.

ところで以前,これの類題を,各円の中心間を斜辺とする直角三角形に三平方の定理を適用して求めましたが,非常に大変な計算になりました.

②の絵
②の絵では,大円1つと小円2つが正三角形に内接し,大円と小円が外接しています.

問題文を読むことはできませんでしたが,正三角形の1辺と大円の中心の位置または半径が与えられていると思われます.計算をなるべく簡単にするため,正三角形の1辺を12として,底辺の中点が原点になるように置き,大円の中心を(0,  4)とします.小円の中心を(b,  c)とおき,半径cを求めます.

大円の半径DEは,点(0, 4)と直線 $y=-\sqrt{3}x+6\sqrt{3}$ との距離なので,$$DE=\frac{|0+4-6\sqrt{3}|}{\sqrt{1+3}}=3\sqrt{3}-2$$

直角三角形DGIに三平方の定理を当てはめると,$$(4-c)^2+b^2=(3\sqrt{3}-2+c)^2\tag{1}$$小円の半径 $c=IH$は,点(b, c)と直線 $y=-\sqrt{3}x+6\sqrt{3}$ の距離なので,$$c=\frac{|\sqrt{3}b+c-6\sqrt{3}|}{\sqrt{1+3}}\tag{2}$$連立方程式(1)(2)を解けば,cは求められます.複雑な計算を経て最後に次の方程式を解きます.$$3c^2-(18\sqrt{3}+4)c+21+12\sqrt{3}=0$$すると,小円の半径は次の値になります.$$c=\frac{2+9\sqrt{3}-2\sqrt{46}}{3}≒1.3413$$
 
(②の別解)大円の中心より半径を与える方が計算が楽ではないかと思い,大円の半径を3,その中心を(0,  a),小円の中心を(b,  c)とおいて計算してみました.

大円の半径DEは,点(0, a)と直線 $y=-\sqrt{3}x+6\sqrt{3}$ との距離なので,$$DE=\frac{|0+a-6\sqrt{3}|}{\sqrt{1+3}}=3$$$$a=6\sqrt{3}-6$$直角三角形DGIに三平方の定理を適用すると,$$(6\sqrt{3}-6-c)^2+b^2=(3+c)^2\tag{1}$$小円の半径 $c=IH$は,点(b, c)と直線 $y=-\sqrt{3}x+6\sqrt{3}$ の距離なので,$$c=\frac{|\sqrt{3}b+c-6\sqrt{3}|}{\sqrt{1+3}}\tag{2}$$連立方程式(1)(2)を解けば,cは求められます.複雑な計算を経て最後に次の方程式を解きます.$$c^2+(2-8\sqrt{3})c+57-24\sqrt{3}=0$$すると,小円の半径は次の値になります.$$c=-1+4\sqrt{3}-2\sqrt{4\sqrt{3}-2}≒1.4883$$というわけで,初期条件を変えてもやはり大変な計算になりました.ああ,しんど(笑).

Friday 3 May 2024

映画 Mean Girls (2024)

2024年 米国

関数の極限

直訳すると「意地悪な女の子たち」というタイトルの学園コメディで,2004年に公開された同名映画のリメイク版です.前作で主役だったリンジー・ローハンが学校対抗の数学コンテストの司会役でカメオ出演(特別出演)しています.このコンテストの最後,あと1問で勝敗が決まるという場面で,2004年の作品とまったく同じ次の問題が使われていました.$$\lim_{x\to 0} \frac{\ln(1-x)-\sin x}{1-\cos^2 x}$$

(ただし,$\ln x=\log_{e} x$)

相手校の生徒が「$-1$」と答えて不正解だった後,主人公のケイディが「極限は存在しない」と答えて勝利します.(前作と全く同じストーリーです)

なぜその答になるのか見てみましょう.まず上式を少し変形して,\begin{eqnarray}&=&\lim_{x\to 0} \frac{\ln(1-x)-\sin x}{\sin^2 x}\\&=&\lim_{x\to 0} \frac{\ln(1-x)-\sin x}{x^2} \cdot \frac{x^2}{\sin^2 x}\\ &=&\lim_{x\to 0} \frac{\ln(1-x)-\sin x}{x^2}\end{eqnarray}このままでは極限を求め難いので,分母も分子も微分可能で$\frac{0}{0}$(不定形)であることからロピタルの定理を使います.この分母子を微分すると,$$\lim_{x\to 0} \frac{\frac{-1}{1-x}-\cos x}{2x}$$定理より,これに極限があれば元の式の極限と一致するのですが,$$\lim_{x\to +0} \frac{\frac{-1}{1-x}-\cos x}{2x}=\frac{-2}{+0}=-\infty$$$$\lim_{x\to -0} \frac{\frac{-1}{1-x}-\cos x}{2x}=\frac{-2}{-0}=\infty$$となり,右極限と左極限が一致せず,極限が存在しないので,元の式も極限が存在しません.

因みに,グラフ描画アプリGeoGebraで確認するとこうなります.