2012年 幻冬舎コミックス漫画文庫 皇名月
2015年 フジテレビ系列 『瀬在丸紅子の事件簿〜黒猫の三角〜』
線形代数 マトリクス クロネッカーのデルタ (Kronecker Delta)
ぞろ目の年月や年齢にこだわった連続殺人事件の話です.タイトルの黒猫の三角は,クロネッカーのデルタ(ギリシャ文字で大文字がΔ)をかけています.
「香具山さんは文系だから、知らないわよね。小島遊君、君は線形代数は単位ちゃんと取った?」クロネッカーのデルタは,2つの数i, jに対して0または1の値をとる次のような関数です.(δは小文字のデルタ)
「どうして?」
「マトリクス、教わったでしょう?」
「行列ですね?」
「そう」紅子が頷く。「マトリクスの対角項だけを1にする。それ以外はすべて0にしたい。どうやってそれを書き表したら良いかしら?」
「えっと……、単位マトリクスのことですか? 斜めに1を並べて書いて、あとは0をひたすら入れるんじゃあ…… 」
「ニ次元で、しかも小さなマトリックスなら、それで書ける」紅子が頷いた。 「でも、一般式で表記したいときがあるでしょう? ほらほら,とっても有名な……」
「ああ、クロネッカのデルタ!」練無が叫んだ。
「何それ?」紫子がメガネを持ち上げてきいた。いつもより、ずっとインテリに見える。「クロネコのデルタ?」
「ね……」紅子がにっこりと微笑む。「三角じゃないけど、小文字のデルタを書いて、そのあとにi、jとか、さらにkとか、添え字を書く。それで、たとえば、デルタijと書かれていれば、それは、もしiとjが同じ整数なら、全体が1になる、もし違う整数なら全体が0になる、という関数なの。ようするに、数が同じならON、違えばOFF。その関数の名前が、クロネッカ・デルタっていう。これ、もの凄く有名だから,理系の大学生なら,まず知らない人はいないでしょう?」
δij={1(i=j)0(i≠j)
すなわち,2数がぞろ目のときは1になり,そうでないときは0になるという関数です.いくつかの式や値をまとめてひとつに表す方法として使われます.
いくつか例を見てみましょう.
①例えば高校で習う平面上の座標軸に関する基本ベクトル →e1=(1,0),→e2=(0,1)の内積は,→e1⋅→e1=1,→e1⋅→e2=0,→e2⋅→e1=0,→e2⋅→e2=1となるので,これらをひとつにまとめて,→ei⋅→ej=δijと表すことができます.
②この小説に出てきたのは行列(matrix)の話です.2行2列だと一般に次のような形をしています.(abcd)(a11a12a21a22)行列も数字と同じようにかけ算ができます.数字の1にあたる働きをするものを単位行列(identity matrix)といい,右下がりの対角線上がすべて1,他は0になります.(1001)3行3列ならこんな形です.(100010001)これがn行n列になると,書くのは大変なうえ,スペースもとりますが,クロネッカーのデルタを使えば次のように簡潔に書くことができます.(10…001…0⋮⋮⋱⋮00…1)=(δij)
③WolframMathWorldには複素関数の積分の例もありました.δmn=12πi∮γzm−n−1dz右辺の∮は周回積分,γは単位円のような閉曲線で,m=nのとき1になり,m≠nのとき0になります.コーシーの積分定理・公式からすぐいえるのですが,少し計算して確かめてみましょう.z=eitとおきます.∮γzm−n−1dz=∫2π0e(m−n−1)itieitdt=i∫2π0e(m−n)itdtm=nのとき=i∫2π0dt=i[ t ]2π0=2πim≠nのとき=i∫2π0{cos(m−n)t+isin(m−n)t}dt=i[sin(m−n)tm−n−icos(m−n)tm−n]2π0=0クロネッカーのデルタを考案したドイツの数学者クロネッカー(Leopold Kronecker)は,無限集合論を確立した数学者カントールを,その業績だけでなく人間性をも厳しく批判し,精神的に追い込んだことが有名で,数学史上の悪役みたいなイメージがあります.一方,このドラマに登場したのはとても可愛いクロネッコー,いえクロネコでした.
[参考]
Kronecker Delta
https://mathworld.wolfram.com/KroneckerDelta.html