Saturday 23 July 2016

小説 数学的帰納の殺人

2009年 ハヤカワ・ミステリワールド 単行本 発行 草上 仁 (著)

ピタゴラス 完全数 フィボナッチ数列 嘘つき村 ガロア カルダン・グリル ステヴィン 懸垂線(カテナリー) ワイルズ メルセンヌ素数 フェルマーの最終定理 谷山・志村予想 楕円関数 円周率 モンティ・ホール問題 虚点

フォト・ジャーナリストの女性と大学教授の男性が,カルト教団による殺人連鎖の謎を追う話です.この殺人連鎖を数学的帰納法に例えてこのタイトルにしたようです.

2段組みで400頁を越える長編の随所に数学の話題が多数登場します.中には話の流れに乗らない余分な感じのするところもありましたが,謎解きは面白く,最後も少し驚かされたりして,けっこう楽しめました.

作品中に少し気になった点やもっと説明のほしいところがありました.
▼「三角形の下にぶら下がる球はロゴでは半円形に見えるが,実際には懸垂線つまりカテナリー曲線を描く.式にするとy=acosh(x/a)だね.この双曲線はバランス的に中立だから…(以下略)」
双曲線は反比例などの2つの同じ形をした曲線をいいます.懸垂線は双曲線関数(hyperbolic function)のひとつですが,双曲線関数は双曲線の媒介変数表示に使うからそう呼ぶのであって,形は双曲線ではありません.円関数(三角関数)は円の媒介変数表示に使いますが,形は円ではないというのと同様です.従ってここは「この双曲線は」ではなく,「この曲線は」でいいと思います.

懸垂線がなぜこの式になるかこちらにまとめてみました。
▼「二つの円は,常に四点で交わる.体験的にわかるのは二点までだ.しかし体系を普遍化していくと,そちらのほうが特殊な例であることがわかる.より一般的には,見えない二点――虚点を想定したほうが,多くの場合に成り立つのだ.」
2つの図形を表す連立方程式が実数解を持たない場合はxy平面上では交わりませんが,複素平面上で虚数解を座標とする点(虚点)で交わると見なすことができます.例えば,y=x^2とy=2x-5は実数解を持たないのでxy平面上では交わりませんが,複素平面上の虚点(1±2i, -3±4i)で交わると考えることができます.2つの円の場合はx^2とy^2の係数が等しいので,連立させるとx^2とy^2の項が消えてしまい,交点が2つしか出てきません.従って複素平面上で考慮しても4つの交点はないのですが,さらに無限遠点を含む射影平面上で考えれば,平行な直線でも1点で交わり,どんな2つの円も4点で交わると見なすことができます.これをベズーの定理(Bézout's theorem)といいます.

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