Processing math: 1%

2019年12月24日火曜日

小説 ラブ・ケミストリー

2011年 喜多喜久著  宝島社

ε-δ(イプシロン-デルタ)論法 フェルマーの最終定理 ギリシャ語数詞

有機化学における全合成を研究する大学院生が,いろいろとアドバイスをくれる「死神」や親友の助けを得て,学問と恋愛に奮闘する話です.
数学や物理は「言っている言葉が理解できない」状態だった。 ε-δ論法やインピーダンスといった、完璧にわけの分からない概念に悩まされるのは、もうこりごりだった。
高校の数学では,「限りなく近づく」などの言い方で,関数の極限や連続性について学習しますが,解析学では極限や連続などをより厳密に論じるためにε-δ論法が登場します.

高校の数学で登場する,xが限りなくaに近づくとき,f(a)の極限はbであるという意味のlimという式は,ε-δ論法では次のように表されます.\forall \varepsilon >0, \exists \delta >0, |x-a|<\delta \Rightarrow |f(x)-b|<\varepsilon
この式を意訳すると次のようになります.「どんなに小さい正の数 \varepsilonが与えられても、ある正の数\deltaをうまく決めて、 xaとの距離を\deltaより小さくすれば, f(x)bとの距離を\varepsilonより小さくできる」

簡単な例をひとつ見てみましょう.\displaystyle \lim_{x \to 3} x^2 = 9をε-δ論法で証明してみます.そのためには,
|x-3|<\delta ならば |x^2-9|<\varepsilon
となるような\deltaをうまく決めればいいわけです.|x^2-9|=|x+3|\cdot|x-3|=|x-3+6|\cdot|x-3|<(\delta+6)\deltaとなるので,(\delta+6)\delta=\varepsilonとなる\deltaを求めます.\delta^2+6\delta-\varepsilon=0この2次方程式を解くと,\delta>0より,\delta=-3+\sqrt{9+\varepsilon}よって,\deltaをこの値にすれば,
|x-3|<\delta のとき,|x^2-9|<(\delta+6)\delta=\varepsilon
となります.すなわち\forall \varepsilon >0, \exists \delta >0, |x-3|<\delta \Rightarrow |x^2-9|<\varepsilonを示すことができました.

2019年12月20日金曜日

漫画 ぼくたちは勉強ができない 第1話

2017年 原作:筒井大志(集英社)

微分

週刊「少年ジャンプ」に連載されている漫画で,理系科目の得意な文系志望の女子生徒と文系科目の得意な理系志望の女子生徒に苦手科目を教える男子生徒が奮闘する話です.アニメを観た後に気になって漫画を読んでみました.
先生「はい,じゃあこの問題,解けた人から前に出て解いてもらおうかな」
f(x)=x^3+ax^2+bx
x=\frac{1}{\sqrt{3}}のとき,極小値-\frac{2\sqrt{3}}{9}
a=b=
また,関数f(x)最大値は?  
(緒方理珠が黒板に解答を書く)
a=0,  b=-1
x=-\frac{1}{\sqrt{3}}のとき,最大値\frac{2\sqrt{3}}{9}
先生「ぜ…全部正解です.でも…緒方さん,途中式は…?」
理珠「途中式….すみません,とばして解いてしまいました」
y=x^3-x のグラフ
途中式を確認してみましょう.
f'(x)=3x^2+2ax+b なので,
f'\left(\frac{1}{\sqrt{3}}\right)=1+\frac{2a}{\sqrt{3}}+b=0\tag{1}
f\left(\frac{1}{\sqrt{3}}\right)=\frac{\sqrt{3}}{9}+\frac{a}{3}+\frac{\sqrt{3}b}{3}=-\frac{2\sqrt{3}}{9}\tag{2}
この2式より,a=0,  b=-1 となり,
f(x)=x^3-x
f'(x)=3x^2-1
よって,x=-\frac{1}{\sqrt{3}}のとき,極大値\frac{2\sqrt{3}}{9}
となるので,「最大値」ではなく,正しくは「極大値」ですね.

ここで,a+b\sqrt{3}abは有理数)という形の数全体は「a+b\sqrt{3}=0 ならば a=b=0」(代数学の用語を使っていうと,有理数体Qに\sqrt{3} を添加してできる拡大体の元は代数的独立)なので,a=0,  b=-1を出すには,式(1), (2)のどちらかだけで十分ですね.つまりこの問題は条件過多になっています.

気になったので,アニメの方の第1話を観てみたら,似た問題が使われていました.
関数f(x)=-x^3+ax^2+bx+6\quad(-3≦x≦1) が,
f(2)=0
x=1/\sqrt{3}のときに極大値を取る
の2点を満たすとき,abの値を求めよ.
(緒方理珠が黒板に解答を書く)
先生「ぜ…全部正解です.でも…緒方さん,途中式は…?」
理珠「途中式….すみません,見た瞬間,答えが分かったので,とばしてしまいました」
途中式を確認してみましょう.
f(2)=0より,
-8+4a+2b+6=0\tag{3}
f'(x)=-3x^2+2ax+b なので,
f'\left(\frac{1}{\sqrt{3}}\right)=-1-\frac{2a}{\sqrt{3}}+b=0\tag{4}
この2式より,a=0,  b=1 となる

ここでも,a=0,  b=1を出すには,式(4)だけで十分ですね.つまりこの問題も条件過多になっています.しかもこの問題,f(2)=0といいながら,x=2は定義域 (-3≦x≦1) に入っていません.この定義域を与えることも必要ないでしょう.

2019年11月13日水曜日

アニメ ぼくたちは勉強ができない!

2019年 原作‎:‎筒井大志 放送局:TOKYO MXほか 

三角関数

週刊「少年ジャンプ」に連載された漫画のアニメ化で、大学入試の受験勉強に奮闘する高校生たちの話です。


訂正前
オープニング映像で三角関数のある問題の解答が一瞬現れます.この解答から推測すると,\thetaの関数f(\theta)が与えられていて,f\left(\frac{\pi}{4}\right)f\left(\frac{\pi}{3}\right)を求め,0≦\theta≦\piにおいてf(\theta)がとりうる最大の整数を求めなさいという問題のようです.

その解答は,
f(\theta)=11\cos^2\theta-10\cos\theta\sin\theta を考える.
f\left(\frac{\pi}{4}\right)=1f\left(\frac{\pi}{3}\right)=\frac{7-5\sqrt{3}}{2} である.     
となっていたのですが,計算してみたら値が一致しません.その後の式変形も
\begin{eqnarray} f(\theta)&=& 5\cos2\theta-5\sin2\theta+6 \\ &=&  5\sqrt{2}\sin\left(2\theta+\frac{3\pi}{4} \right)+6 \end{eqnarray}となっていて,もとのf(\theta)とは一致しないので,最初のf(\theta)の式が間違っているのではないかとよく考えてみたら,正しくはf(\theta)=11\cos^2\theta-10\cos\theta\sin\theta+\sin^2\thetaであり,元の式は +\sin^2\theta が抜けていることが分かりました.これならf\left(\frac{\pi}{4}\right)f\left(\frac{\pi}{3}\right)も最初の値になります.

正しいf(\theta)で後の式変形も確かめてみましょう.
\begin{eqnarray} f(\theta)&=& 11\cos^2\theta-10\cos\theta\sin\theta+\sin^2\theta \\ &=&10\cos^2\theta-10\cos\theta\sin\theta+\sin^2\theta+\cos^2\theta \\ &=&10 \cdot \frac{1+\cos2\theta}{2}-10 \cdot \frac{\sin2\theta} {2}+1 \\ &=& 5\cos2\theta-5\sin2\theta+6 \\ &=& 5\sqrt{2}\left\{\sin2\theta\cdot \left( -\frac{1}{\sqrt{2}} \right) +\cos2\theta\cdot\frac{1}{\sqrt{2}} \right\}+6 \\ &=&  5\sqrt{2}\left(\sin2\theta\cos\frac{3\pi}{4}+\cos2\theta\sin\frac{3\pi}{4} \right)+6 \\ &=&  5\sqrt{2}\sin\left(2\theta+\frac{3\pi}{4} \right)+6 \end{eqnarray}よって、0≦\theta≦\piにおける最大値は5\sqrt{2}+6=13.071...となるので,最大の整数は13ということになります.

1度目の訂正後
もうひとつ別の部分で、最初のミスを後で訂正していたことが分かりました。右が訂正後です.\sin\theta+\cos\theta=\frac{\sin2\theta}{2}が、次の式に訂正されています。\sin\theta\cos\theta=\frac{\sin2\theta}{2}
f(\theta)の方も訂正されたらここに追記したいと思います.


2019/12/15 追記


2度目の訂正後
#11 (2019/12/14 土曜深夜 放送分) で  f(\theta) に +\sin^2\theta が加えられ,訂正されました.しかし残念なことに,1度目に訂正した\sin\theta\cos\theta=\frac{\sin2\theta}{2}が,また元の\sin\theta+\cos\theta=\frac{\sin2\theta}{2}に戻ってしまいました.f(\theta) の訂正に,1度目の訂正をする前の原稿を使ってしまったのでしょう.


2019/12/22 追記


3度目の訂正後
翌週放送の,#12 (2019/12/21 土曜深夜 放送分) で,\sin\theta+\cos\theta=\frac{\sin2\theta}{2}が修正され,正しい\sin\theta\cos\theta=\frac{\sin2\theta}{2}に戻りました.これでようやくすべて間違いのない状態になりました.良かったです.このことは,私から直接指摘はしていないので,他の視聴者からの指摘なのか,スタッフ自らが気付いたのか聞いてみたいものです.

2019年9月23日月曜日

ドラマ 監察医 朝顔 第10話

2019年9月16日放送 フジテレビ

落下運動

子どもを抱いたまま階段から落ちて自分だけ亡くなっていた母親の死因を,監察医らが解剖や落下実験などで解明しようとします.ドラマの中では話題になりませんでしたが,背景に数式の書かれたホワイトボードがありました.その式をよく見ると,水平方向に押されて落下し,着地した瞬間の速度を求める計算であることが分かりました.
m = 47 kg +8.3 kg =55.3 kg
高さh3mとする
v [m/s] = g [m/s2]
v = \sqrt{2gh} より
v = \sqrt{2×9.8×3} = 14\sqrt{0.3}
また,h=\frac{1}{2}gt^2 より
3 = \frac{1}{2}×9.8×t^2 = \frac{1}{2}9.8t^2
t^2 =3×\frac{2}{9.8} = \frac{6}{9.8}=0.612...
\fallingdotseq 0.6
t = \sqrt{0.6}
v_x = v_0
v_y = gt = 9.8\sqrt{0.6}
v_0 = 5 m/s とすると
v^2 = v_x^2+v_y^2 =5^2+(9.8\sqrt{0.6})^2
= 25+(96.04×0.6) = 25+57.624
= 82.624
v= \sqrt{82.624}=9.089...\fallingdotseq 9.1 m/s
着地した瞬間の水平方向の速度をv_x,垂直方向の速度をv_yとして,その合成速度vを求めています.

3行目の v [m/s] = g [m/s2] は明らかなミスですね.「h [m] 落下した瞬間の速度v [m/s] は,重力加速度をg [m/s2]とすると」とすべきでしょう.

5行目のvv_yですね.この後,落下にかかった時間tを求め,v_y = gtからまたもやv_yを求めています.しかも,途中でt^2を丸めたことによる誤差が出て,初めの14\sqrt{0.3}と後の9.8\sqrt{0.6}は異なる値になってしまっています.正確には前者で,t^2を丸めなければどちらも14\sqrt{0.3}になるはずです(計算してみてください).

そうすると,着地した瞬間の速度は次のようになります.
v^2 = v_x^2+v_y^2=5^2+(14\sqrt{0.3})^2= 25+(196×0.3)= 25+58.8= 83.8
v= \sqrt{83.8}=9.1542...\fallingdotseq 9.15 [m/s]

ところで最初に親子の体重の和があるので,この後さらに着地時の衝撃力を計算するはずだったと思われます.

着地時の物体は、mv [kg·m/s] という運動量を持ち,着地後は着地面からの力 F [N] を一瞬の時間 ∆t [s] だけ受け、運動量は0になります.このときの力Fを衝撃力といい,次式で求められます.
F =\displaystyle\frac{mv}{∆t} [N]
水平方向に押されて,高さ3mから落下したとするこの計算の場合,着地後に速度が0になるまで仮に0.1秒かかったとすると,
F =\displaystyle\frac{mv}{∆t}=\frac{55.3×9.15}{0.1}\fallingdotseq 5060 [N] 
となり,落ちてぶつかったところに約5000 [N],およそ500 [kgf] ぐらいの衝撃を受けたものと推測されます.

[参考]
衝撃力の計算
http://higgs.phys.kyushu-u.ac.jp/~koji/shougeki.pdf

2019年9月13日金曜日

小説 万能鑑定士Qの最終巻 ムンクの<叫び>

2016年 松岡圭祐著 講談社 

ピタゴラスの定理

「万能鑑定士Q」シリーズ完結編.沖縄の高校卒業後,東京生活の出発点となったリサイクルショップに戻った万能鑑定士・凜田莉子が,ムンクの絵画「叫び」の盗難事件を追いながら、探偵になった元雑誌記者・小笠原悠斗への愛に気付いていくという話です.
陸が莉子を見つめてきた。「ならききたい。赤道上にぴんと張ってある紐を一センチ延ばしたら、人がくぐれるようになるか?」 
意地でも間違えられない。莉子はピタゴラスの定理を駆使し、頭のなかで計算した。「一メートル持ちあがるから、くぐれるでしょう。二等辺三角形の底辺は百の二乗マイナス四分の一がふたつ並び、斜辺はいずれも百の二乗プラス四分の一、そして垂直方向に高さ百センチと考えられるので」 
「ほう!」陸が目を輝かせた。「やるな。ロジカル·シンキングに計算力も伴ったか。しばらく会わないうちに、頭の回転が速くなった」 
漢那が莉子にきいた。「どういう計算?」
小笠原がいった。「赤道の長さは関係ないんだよ。百メートルぐらいは、地球の表面も平坦とみなすだけ」
たまたま電車の中で読んでいて,これはどういう計算なのかすぐに分からず,その後ネットで検索しても納得のいかない解答1解答2しか見つからなかったので,じっくりと考えてみたところ,ようやく解明できました.

まず問題の文章が不十分でした.赤道(地球を1周する円周)と同じ長さの紐を1cm延ばすのではありません.水平面上に「百の二乗マイナス四分の一」=100^2-\frac{1}{4}=9999.75 (cm) の2倍の長さの紐があってこれを底辺とし,その両端を0.5cmずつ計1cm延ばして中央を持ち上げ,「百の二乗プラス四分の一」=100^2+\frac{1}{4}=10000.25 (cm) の斜辺2つが屋根になるような(直角三角形を背中合わせに2個貼り合わせた)2等辺三角形の高さを求めるという計算だったのです.


ピタゴラスの定理で高さを計算すると,\sqrt{10000.25^2-9999.75^2}=100(cm) となり,確かに凜田莉子の出した解答と一致しました.

小笠原がいった「地球の表面も平坦とみなす」というのは参考になりましたが,「赤道上にぴんと張ってある紐」は「百メートルぐらい」ではなく,実際は9999.75×2 (cm) なので,200mぐらいというべきでした.

2019年8月17日土曜日

ドラマ あなたの番です 第6話

2019年 日本テレビ

複素積分 リー代数

あるマンションに引っ越してきた夫婦が,そこの住民の「交換殺人ゲーム」に巻き込まれるというミステリーです.そこに住む女性の一人が数学科の大学生で,部屋に数式の書かれたホワイトボードがあります.
(そのホワイトボードを目にして)
手塚菜奈 「これは?」
黒島沙和 「専攻が数学科なんですけど,ノートだけじゃ書ききれない計算とかあって…」
手塚菜奈 「へえー」
( ホワイトボードを裏返しながら)
黒島沙和 「今日のメインは,こっちです」
「専攻が数学科なんです」という言い方は少しおかしいですね.さて,ホワイトボードには主に5つの数式がありました.

①複素関数f(z)=z^mの積分路とその積分計算です.


まず①-2前半の計算,半円C_2に沿った積分を,z=e^{(\pi-t)i}とおき,途中\pi-t=sと置換していますが,置換した後の積分区間を\piから0に変えるべきところを,0から\piのままになっていて,m : even(mが偶数)のときの値が正しくは-\frac{2}{m+1}なのに\frac{2}{m+1}になっています.z=e^{ti}とおけば,あとでもう一度置換する必要はなく,間違いはなかったと思います.そうすればこの計算は次のようになります.
\begin{eqnarray} \int_{C_2} z^m dz&=& \int_0^{\pi} e^{mti} ie^{ti} dt \\ &=& i\int_0^{\pi} e^{(m+1)ti}dt \\ &=& i\int_0^{\pi} \{ \cos{(m+1)t}+i\sin{(m+1)t} \}dt \\ &=& i \left[\frac {\sin{(m+1)t}}{m+1}-i\frac {\cos{(m+1)t}}{m+1}\right]_0^{\pi} \\ &=& \frac{1}{m+1}\{ \cos{(m+1)\pi}-1\} \\ &=&  \begin{cases}     \ \ \ \ \ 0 & ( m : odd ) \\     -\frac{2}{m+1} & ( m : even) \\   \end{cases} \end{eqnarray}
次に①-2後半の計算,折れ線C_3に沿った積分は,最後の部分がはっきり映らなかったので,確認のため,書き加えておきます.
\begin{eqnarray} \int_{C_3} z^m dz&=& \int_{-1}^0 \{t-(t+1)i\}^m (1-i) dt + \int_0^1\{t+(t-1)i\}^m (1+i) dt \\ &=& \int_{-1}^0 (1-i)\{(1-i)t-i\}^m dt + \int_0^1 (1+i)\{(1+i)t-i\}^m dt \\ &=& \left[\frac { \{(1-i)t-i \}^{m+1} }{m+1}\right]_{-1}^0+\left[\frac { \{(1+i)t-i \}^{m+1} }{m+1}\right]_0^1 \\ &=& \frac{(-i)^{m+1}-(-1)^{m+1}+1^{m+1}-(-i)^{m+1}}{m+1} \\ &=&  \begin{cases}     \ \ \ 0 & ( m : odd ) \\     \frac{2}{m+1} & ( m : even) \\   \end{cases} \end{eqnarray}
以上の計算は,①-1積分路の図のすぐ下の式,\int_{C_2} z^m dz = \int_{-1}^1 t^m dt =  \begin{cases}     \ \ \ 0 & ( m : odd ) \\     \frac{2}{m+1} & ( m : even) \\   \end{cases}を確認するためだったのでしょうが,正しくは
\int_{C_2} z^m dz = -\int_{-1}^1 z^m \frac{dz}{dt} dt =  \begin{cases}     \ \ \ \ 0 & ( m : odd ) \\     -\frac{2}{m+1} & ( m : even) \\   \end{cases}
と書くべきでしょう.ただ,コーシーの積分定理より,特異点のない周回積分の値は0になるので, \int_{C_2} z^m dz + \int_{C_3} z^m dz =0と書いた方がすっきりしますね.

xyを含む整式の除法ですが,何のための計算かよく分かりませんでした.分かる方は教えてください.


③複素関数f(z)=\frac{1}{z^4-1}を,留数定理を使って,特異点z=iを中心とする半径1の円に沿って積分する計算です.


④複素関数f(z)=\frac{1}{z^2-4}を,z=iの周りでローラン展開しています.


下から2行目,( \frac{i}{3} ) )の後にn乗がありますが,正しくは( \frac{i}{3} )の後ですね.

⑤リー代数  su(2) の基底 e_1, e_2, e_3が,括弧積[A,B]=AB-BAで,
[e_1, e_2]=e_3,   [e_2, e_3]=e_1,   [e_3, e_1]=e_2
を満たすことを確かめています.3次元ベクトル空間の基底 e_1=(1,0,0), e_2=(0,1,0), e_3=(0,0,1)が,外積で,
e_1×e_2=e_3,   e_2×e_3=e_1,   e_3×e_1=e_2
を満たすことと同様です.


[参考]

パウリ行列

SU(2)とSO(3)の関係

2019年7月14日日曜日

小説 神様のパラドックス

2008年 機本伸司 著 ハルキ文庫

フラクタル コッホ曲線 必要条件・十分条件 不完全性定理

ごく普通の女子大生である井沢直美が,飛行機に搭載された量子コンピューターを駆使して占いやカウンセリングをしようとする会社でのアルバイトで,それまでの日常から想像もできなかったような稀有な体験をするという話です.
「フラクタル?」 智恵実が聞いた。
「規則性の単純な "自己相似" 図形ですね。つまり図形を構成する小さな部分が、 図形全体と同じょうな構造をもつ幾何学図形。自然のなかでも、海岸線、 雲、 銀河、 星団などが、よく似た性質をもつと考えられています。そのフラクタルのなかで、我々が採用したのは "コッホ曲線" といわれるもので、正三角形をべースにしています」
「清算関係?」
「正三角形」小佐薙がもう一度言った。「各辺を三等分し、その中央を一辺とする小さな 正三角形を、外側にそれぞれ描く。それを際限なく描き続ける。すると,有限の大きさであるにもかかゎらず、周囲の長さは、理論上無限大の図形ができるわけです」
有限の大きさの中に、無限の長さ ......。直美は、頭の中でくり返した。
フラクタル図形とは自己相似な図形,すなわち部分と全体とが相似な図形のことで,ここで登場したコッホ曲線の他に,シェルピンスキーのギャスケット,カントール集合などが有名です.

1次元図形である線分、2次元図形である正方形、3次元図形である立方体の各辺を2等分したとき、1次元では2個の線分、2次元では4個の正方形、3次元では8個の立方体ができます.つまり、一辺をn等分すると、n個の線分、n^2個の正方形、n^3個の立方体ができますが,この指数が普通に2次元,3次元などという次元の数を表しています.

フラクタル次元は,一辺をn等分してm個の相似な図形ができるとき,\frac{\log{m}}{\log{n}}で定義されます.この定義は普通の次元にも当てはまり,例えば立方体の各辺を2等分したとき,8個の立方体ができるので,\frac{\log{8}}{\log{2}}=3となり,次元の数は3ということになります.

一方,フラクタル図形は次元が非整数になるのが特徴です.

コッホ曲線
コッホ曲線
一辺を3等分して真ん中の線分を除き、そこへ除いた線分と正三角形ができるように同じ長さの2辺を追加すると,元の線分の1/3の長さを持つ線分が4つつながった折れ線ができます.この操作のたびに,3等分した後4つの相似な図形ができるので,\frac{\log4}{\log3}≒1.262となり,コッホ曲線のフラクタル次元は1.262ということになります.また,この操作を繰り返していくと,曲線の長さは公比\frac{4}{3}の等比数列になるので,無限に長くなっていきます.

シェルピンスキーのギャスケット
シェルピンスキーのギャスケット
正三角形の真ん中から辺の長さが1/2になる上下逆向きの正三角形を取り除くと,元の三角形の1/4の面積を持つ正三角形が3つできます.この操作のたびに,2等分した後3つの相似な図形ができるので,\frac{\log3}{\log2}≒1.585となり,コッホ曲線のフラクタル次元は1.585ということになります.また,この操作を繰り返していくと,残る三角形の面積の和は公比\frac{3}{4}の等比数列になるので,限りなく0に近づいていきます.

カントール集合
カントール集合
線分を3等分して真ん中の線分を取り除くと,元の1/3の長さを持つ線分が2つできます.この操作のたびに,3等分した後2つの相似な図形ができるので,\frac{\log2}{\log3}≒0.631となり,カントール集合のフラクタル次元は0.631ということになります.また,この操作を繰り返していくと,残る線分の長さの和は公比\frac{2}{3}の等比数列になるので,限りなく0に近づいていきます.

この小説は神様論が冗長で,読むのに少し疲れるところもありましたが,面白い言葉のパロディが多くて楽しめました.

2019年6月29日土曜日

TVスポーツ 日本陸上競技選手権

NHK TV放送
2019年度日本陸上競技選手権が6月27-30日に福岡で行われ,そのTV中継の中で男子100m決勝の後に右のグラフが表示されました.1位のサニブラウン選手(記録10.02秒)と,2位の桐生選手(記録10.16秒)のスタート後の距離とそのときの速度を表していて,赤色が1位,黄色が2位の走りを表しています.



近似関数 (by GeoGebra)
<1位のグラフ(赤色)の特徴>
頂点は(65, 42.7)
ほぼ左右対称
2次関数よりは3次関数のカーブに近い

100mは距離が短いので,トップスピードになったらそのままゴールまで行くのかと思っていましたが,そうではなく,ピーク前に速度が上がったのと同じぐらいの割合でピーク後の速度が下がっていることは意外でした.

このグラフをGeoGebraを使って関数で表してみました.すると3次関数よりも3.1次関数の方がこのグラフに近いことが分かりました.距離をx,速度をyとしたときの方程式は次のようになります.

10≤x≤65のとき,y=-0.00005(-x+65)^{3.1}+42.7
65≤x≤100のとき,y=-0.00005(x-65)^{3.1}+42.7

JAAF
日本陸上競技連盟(JAAF)公式サイトには桐生選手が当時の日本記録9.98を出した時のグラフがあります.これもほぼ65m地点を中心に左右対称になっています.やはり100mを10秒ぐらいで走るにはものすごいスピードが必要ですが,ピークの65m地点を過ぎてそのままトップスピードを維持することは非常に難しいことのようです.


2019年5月25日土曜日

小説 万能鑑定士Qの事件簿 1

2010年 松岡圭祐著 角川文庫 

エビングハウスの忘却曲線

沖縄の離島出身、成績は良くなかったが天真爛漫に育った凜田莉子(りんだりこ)が高校卒業後に上京し,あるディスカウントショップ社長から勉強法を伝授されて博学を身につけ,「万能鑑定士Q」という店をオープン.そこに持ち込まれる品物の鑑定をきっかけに,様々な事件の解決に向けて活躍します.
「教科書を読むときには,書かれている内容に感動すべきなんだ」
「でも,教科書を読んで楽しいところばかりじゃないし……,覚えようとしなきゃ覚えられないと思いますけど」
「それでも,記憶に感動を伴わせるのを忘れないように.そして四割ほど忘れたころに,もういちど同じところを学習すること」
「四割?」
エビングハウスの忘却曲線とか,記憶に関する本を読みかじったうえで実践してみて,私の納得のいったやり方だ」
あることをある時間をかけて覚えたとして,その後一定時間経って忘れた部分だけを覚え直すためにかかる時間は最初より短時間になります.(最初に覚えるのにかかった時間)ー(覚え直すのにかかった時間)を(最初に覚えるのにかかった時間)で割った値を「節約率(savings)」といいます.この節約率は時間が経つほど減っていくので,ほぼ記憶保持率(retention rate)と同様に考えていいようです(英語版 Wikipedia "Forgetting Curve")

例えば、あることを最初に100%覚えるまでに10分かかり、20分経ってから忘れた部分を覚え直すのに4分かかったとすると,再度100%まで覚え直す時間を 10-4=6分 節約したことになるので,最初に100%覚えてから20分後の節約率(≒記憶保持率)は,6÷10=0.6=60%ということになります.

実データと近似曲線(対数目盛)
この節約率(≒記憶保持率)s(%)を,最初に覚えてから経過した時間 t(分)の関数としてグラフに表したものを忘却曲線といいます.エビングハウスは実データを元に,つぎの近似関数を得ています.s=100\times\frac{1.84}{\left(\log_{10}{t}\right)^{1.25}+1.84}このグラフをExcelで作ってみました(右上図).これを見ると,覚えた直後は急激に忘れ,その後だんだん緩やかに忘れていくことが分かります.このグラフの t 軸は対数目盛(1, 10, 100, 1000, …が等幅の目盛)にしています.

実データと近似曲線(線形目盛)
Geogebraで普通の目盛(線形目盛)のグラフを描くとこうなります(右下図).最初だけ急減し,その後はずっと横に伸びてほんの少しずつ減少していきます.

この結果から,覚えた後すぐに約半分を忘れてしまうものの,約2割は長期間忘れないということが分かります.

余談ですが,日本語版Wikipedia「忘却曲線」の方には近似関数の方程式がなかったので追加しておきました.

[Reference]
Wikipedia "Forgetting Curve"
https://en.wikipedia.org/wiki/Forgetting_curve

2019年4月27日土曜日

小説 秘密

2001年 東野圭吾著 文春文庫

置換積分

妻と娘がバス転落事故に遭い,妻が娘をかばって亡くなった.娘は助かったものの,心が妻のものに入れ替わっていたという衝撃的な状況の中で,夫がとまどいながらも妻のようにふるまう娘と一緒に暮らしていくという話です.
「えー,積分の証明問題かあ」
「ははあ,なるほど.これは結構難しいな.ええと,これはまずxの二乗イコールtと置いて,tをxについて微分してやるんだ」
x^2=tと置換して解く積分の問題で簡単なものをひとつ見てみましょう.\int2xe^{x^2}dxx^2=tの両辺をxについて微分すれば,2x=\frac{dt}{dx}2xdx=dtなので与式は,\int e^tdt=e^{x^2}+Cとなります.しかし,娘は医学部を目指す受験生ということなので,解き方を尋ねているとすれば,この問題は易しすぎますね.

少し難しいものならこんな問題があります.\int\sqrt{1+x^2}dxただ,これをx^2=tと置換すると,解けなくはないのですが大変複雑な計算になってしまいます.またx=\tan\thetaと置換しても解けますが,やはりかなり複雑な計算になります.少し難しい数学Ⅲの参考書には,知らないと絶対に思いつかないような置換 x+\sqrt{1+x^2}=t(実は\exp(\sinh^{-1}x))が紹介されていますが,これでもやはり複雑な計算になってしまいます.

加法定理や微分公式などが三角関数(円関数)に似た性質を持つ双曲線関数を知っていれば,x=\sinh t すなわち x=\frac{e^t-e^{-t}}{2} と置換することで,もっと簡単に計算できます.dx=\cosh t \ dtなので,\begin{align} \int\sqrt{1+x^2}dx&=\int\cosh^2t \ dt\\ &=\int\frac{1+\cosh 2t}{2}dt\\ &=\frac{1}{2}t+\frac{1}{4}\sinh 2t+C\\ &=\frac{1}{2}\sinh^{-1} x+\frac{1}{2}\sinh t\cosh t+C\\ &=\frac{1}{2}\ln \left(x+\sqrt{1+x^2}\right)+\frac{1}{2}x\sqrt{1+x^2}+C\\ \end{align}
この物語は娘の心が妻の心に置き換わったという話なので,著者はその中に登場させた数学の問題を「置換積分」にしたのでしょう(笑).

追記 2019/5/2

Click to enlarge
映画の方には,娘の通う高校での数学の授業の場面がありました.極限に関する2つの条件を満たす2次関数を求める問題です.数学Ⅱを既習の人は解いてみてください.

正解は f(x)=2x^2-7x+5

2019年4月16日火曜日

小説 珈琲店タレーランの事件簿 5

2016年 岡崎琢磨著 宝島社

組み合わせ

理想の珈琲を追い求める青年アオヤマが,偶然入った京都の珈琲店「タレーラン」で,長年追い求めていた理想の珈琲と出会う.その珈琲をいれる魅惑的な女性バリスタ,切間美星が,次々と店に持ち込まれる謎を鮮やかに解き明かしていくという話です.
「これは ...... 源氏香? 」
「組香といって、 江戸時代に成立した競技だね。まず、五種類の香木をそれぞれ紙で包んだものを、五包ずつ計二十五包、用意する。その中から無作為に選んだ五つの包みを順番に焚いて、においを嗅いでいく。そして一番目から五番目の包みのうち、どれとどれのにおいが同じか、もしくは違うかを判定する。すべて違う、一番目と二番目だけが同じ、一番目と二番目と三番目が同じで四番目と五番目が同じ、すべて同じ、……、組み合わせは全部で五二通りあって、 これに源氏物語全五十四帖のうち第一話の『桐壺』と第五十四帖の『夢浮橋』を除いた五十二の巻名がつけられているんだよ」
Wikimedia Commons
この組み合わせが52通りであることを確認してみましょう.右図はすべての組み合わせを表しています.縦線が回を表し,横線でつながっている回が同じにおいという意味です.上の説明では,「すべて違う、 一番目と二番目だけが同じ、一番目と二番目と三番目が同じで四番目と五番目が同じ、すべて同じ、……、」と4種類のパターンが述べられていますが,実際は7種類のパターンがあります.

①すべて違う Pattern(1,1,1,1,1)(右図最上図)5つのにおいから5つ選ぶので,5C5=1通り

②2つ(1ペア)が同じであとの3つが違う Pattern(2,1,1,1)(右図紫色を含む図)5回のうち同じにおいになる2回を選ぶので,5C2=10通り

③3つが同じであとの2つが違う Pattern(3,1,1)(右図緑色を含む図)5回のうち同じにおいになる3回を選ぶので,5C3=10通り

④2つと2つ(2ペア)が同じであとの1つが違う Pattern(2,2,1)(右図橙色茶色を含む図)これは同じものを含む順列\frac{5!}{2!2!1!}=30かなと考えてしまいそうですが,例えばaabbcとbbaacはどちらも「あるにおいが2回続き,次に前の2回と異なるにおいが2回続き,最後に前の4回と異なるにおいになる」という意味では,aとbを入れ替えたものも同じと考えられるので,30/2=15通りになります.

⑤4つが同じであとの1つが違う Pattern(4,1)(右図赤色を含む図)5回のうち同じにおいになる4回を選ぶので,5C4=5通り

⑥3つが同じであとの2つが同じ Pattern(3,2)(右図緑色紫色を含む図)5回のうち同じにおいになる3回(または2回)を選ぶので,5C3=5C2=10通り

⑦5つが同じ Pattern(5)(右図最下図)5回のうち同じにおいになる5回を選ぶので,5C5=1通り

以上①~⑦を合計すると52通りになります.

因みにこの数は,n個のものを分割する方法の総数,ベル数(Bell number) Bn の5番目の数B5にあたります.つまり,この源氏香の組み合わせは,5個のものを分割する方法の総数と等しいということになります.

[Reference]

コトバンク 源氏香
https://kotobank.jp/word/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E9%A6%99-492071

Wikimedia Commons Genji chapter symbols groupings of 5 elements
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Genji_chapter_symbols_groupings_of_5_elements.svg

2019年3月10日日曜日

小説 千里眼の教室

2009年 松岡圭祐著 角川文庫 

整数問題 ベルヌーイの法則

新「千里眼」シリーズ第5弾.航空自衛官をやめて臨床心理士になった,抜群の知識と身体能力を持つヒロイン岬美由紀が,次々と大きな問題を解決していきます.
「得意教科はなんだ」
「数学とか…」
「ほう,数学か.末尾の4を頭に移動すると元の4倍になる整数は?」
「ええと, 102564」
「よろしい、まずまず使えそうだ。おまえを統治官補佐に任命する。舞台にあがれ。」
この問題,こんなに容易に解けるのでしょうか.まず掛け算をして解いてみました.(click to enlarge)
このような手間のかかる計算になるので,とても即答するのは難しいですよね.

次に代数的に解いてみました.この整数を(n+1)桁と仮定し,1の位を4,10の位より上をxxはn桁)とすると,元の数は10x+4と表されます.末尾の4を頭に移動したものは4×10^n+xとなるので,
\begin{align} 4(10x+4)&=4×10^n+x \\ 40x+16&=4×10^n+x \\ 39x&=4×10^n-16 \\ x&=\frac{4(10^n-4)}{39} \\ \end{align}n=1, 2, 3…と計算していくと,xが整数になる最小のnは5になります.x=\frac{4(10^5-4)}{39}=10256よって,求める最小の整数は10x+4=102564どちらにしても即答するのは困難でしょう.

この数の他に,102564102564,102564102564102564,…も条件を満たすので,最小のものが102564になります.従って,上の台詞は「末尾の4を頭に移動すると元の4倍になる最小の整数は?」にするほうがいいと思います.

ついでに「末尾のkを頭に移動すると元のk倍になる整数」を,k=4以外にいくつか計算してみました.
k=2 :  105263157894736842
k=3 :  1034482758620689655172413793
k=5 :  102040816326530612244897959183673469387755
k=6 :  1016949152542372881355932203389830508474576271186440677966

このように,小説に登場したk=4のとき以外は,非常に大きな数になってしまいました.因みに次のk=7のときは,少し短くなって,1014492753623188405797になります.ご自分で確認してみてください.


2019年3月2日土曜日

小説 千里眼 The Start

2007年 松岡圭祐著 角川文庫

効果量 平均値 標準偏差 平均の速度

航空自衛官をやめて臨床心理士になる過程で,顔の表情から相手の考えが分かるという特技を身につけた岬美由紀が,その卓越した知識と身体能力で,さまざまな問題を解決していくという話です.

効果量
専務理事は美由紀にたずねてきた。「スミスとグラスのメタ分析で、任意の治療効果尺度について効果量を算出するとき、その計算方法は?」
美由紀は彼らと向かいあわせに椅子に腰かけていた。幹部自衛官という職業を経ている以上、こういう場で緊張を感じることはない。
思いつくままに美由紀は応じた。「治療群の平均値から、未治療統制群の平均値を引き、未治療統制群の標準偏差で割ったものです」
統計学における効果量 (effect size) にはd族とr族の2種類があり,この小説に登場した効果量はd族に属しています.d族の効果量は,2つのデータの平均値の差を標準偏差で割ったもの,すなわち,平均値の差を標準偏差が1のものになるように換算(標準化)したものです.例えば,あるクラスで,1回目の数学のテストの平均点\overline{x_1}が50点で,標準偏差s_1が15点だった.成績を上げるため全員に補習をしたところ,2回目の同じようなテストの平均\overline{x_2}は60点で,標準偏差s_2はやはり15点だったとします.この補習の効果の大きさを数値で表してみましょう.

d族の効果量は次式で計算します.\frac{\overline{x_2} - \overline{x_1}}{s}データの量も標準偏差も変わらない場合は,s=s_1として,Δ = \frac{60 - 50}{15}\fallingdotseq0.67となります (Glass' Δ).一般に0.5より大きければ効果ありといえます.r族の効果量のひとつである相関係数は1を超えることはありませんが,d族の効果量は1を超えることもあります.

この例の場合の1回目のデータを統制群 (control group) といい,補習という「実験」をした後の2回目のデータを実験群 (experimental group) といいます.従って,上の台詞の中の「治療群」が実験群にあたります.

スミスとグラスは,過去の複数の研究成果を分析(メタ分析)し,この式で効果量を算出して心理療法に効果があること(効果量0.68)を示しました.

データの量は変わらないが標準偏差が異なる場合は,s= \sqrt{\frac{s_1^2 +s_2^2}{2}} (Cohen's d),データの量も標準偏差も異なる場合は,s= \sqrt{\frac{(n_1-1)s_1^2 + (n_2-1)s_2^2}{n_1+n_2-2}} (Hedges' g) として計算する方法もあります.

平均の速度
「同じ道を行き帰りするとして、行きが速度六十キロ、帰りが速度二十キロ。平均の速度は?」
「ええっと、あの………四十キロ」
「三十キロでしょ。よく間違える問題なの。あなたこそ気をつけて」美由紀は笑ってドアを開けた。
とっさにこう聞かれると,60km/hと20km/hを加えて2で割り,40km/hと答えたくなりますね.行きと帰りにかかる時間がどちらも同じだと思ってしまうとこのような間違いをします.例えば60kmの道のりを往復するとすれば,行きに1時間,帰りに3時間,合計4時間かかるので,平均の速度は,120km÷4h=30km/hとなります.

[参考]
効果量 - Researchmap
https://researchmap.jp/?action=multidatabase_action_main_filedownload&download_flag=1&upload_id=49827&metadata_id=25538

2019年1月22日火曜日

小説 京都寺町三条のホームズ 5

2016年 望月麻衣著 双葉文庫

カラーコード シーザー暗号 エニグマ

祖父がオーナーの骨董品店「蔵」を手伝う大学院生家頭清貴(通称ホームズ)と,アルバイトの高校生真城葵が,京都のさまざまな名所を舞台に活躍するライトミステリーです.
『灰桜色』のカラーコードは『#e8d3d1』.
『e8d3d1』をまずシーザー暗号化したら『h11g6g4』.
 これを数字に変えたら『8117674』.
 これをまた,アルファベットに変えたら,『haagfgd』.
『haagfgd』を『エニグマ』化したら,『rtwqokw』.
 これを数字化すると,『182023151123』.
 「これで,12桁や.……できた」
色のカラーコードは16進数です.16進数は0~9とA~Fの15個の数を使って表します.e8d3d1を10進数で表すと,
14×16^5+8×16^4+13×16^3+3×16^2+13×16+1=15258577
となり,『灰桜色』は1525万8577番目の色ということになります.因みに0に当たる#000000は黒,16進数6桁最後の#FFFFFF=1677万7215番目は白となっています.

シーザー暗号は,アルファベットをすべていくつかずつずらすという初歩的な暗号です.この場合 e→h は,e→f→g→hで3つずれるので,他の文字や数字も3つ後のものになります.すなわち,8→11, d→g, 3→6, d→g, 1→4となるので,『e8d3d1』が『h11g6g4』になります.

作品中で『h11g6g4』をわざわざ数字化してからアルファベット化していますが,なぜすぐにアルファベット化しなかったのでしょう.しかも8を11にしたのですから,11はaaではなく,11番目のアルファベットであるkではないでしょうか.ここはもとの6文字をキープして『haagfgd』ではなく『hkgfgd』とすべきでしょう.

Click to enlarge.
エニグマは第2次世界大戦でドイツが開発した暗号で,解読困難といわれたのですが,イギリスの数学者Alan Turingが解読し,その功績で後に連合軍が優勢になったことが有名で,映画にもなっています.この暗号化は難しいので変換サイトで確認しました.右図のように『haagfgd』をエニグマ化したものは,確かに作品中の『rtwqokw』と一致しています.

ところが,
『rtwqokw』を数字化すると『182023151123』
と書かれていたのですが,よく見ると4つ目のqが抜けています.qは17番目のアルファベットなので,正しくは『18202317151123』となるはずですが,それでは14桁になってしまいます.

上で「すべき」と主張した6文字の『hkgfgd』をエニグマ化したら『rtwqok』となり,これを数字化すると12桁の『182023171511』になりました.

従って,作品中の文章は以下のように訂正した方がいいと思います(読んだのは第1刷だったので,その後訂正されているかも知れません).

『灰桜色』のカラーコードは『#e8d3d1』
『e8d3d1』をまずシーザー暗号化したら『h11g6g4』
 これをアルファベットに変えたら『hkgfgd』
『hkgfgd』を『エニグマ』化したら『rtwqok』
 これを数字化すると『182023171511』
 「これで12桁や.……できた」 

ただ,これでもやはり11をaaにするのかkにするのか紛らわしいので,先にアルファベット化すればすっきりします.

『灰桜色』のカラーコードは『#e8d3d1』
『e8d3d1』をまずアルファベットに変えたら『ehdcda』
 これをシーザー暗号化したら『hkgfgd』
『hkgfgd』を『エニグマ』化したら『rtwqok』
 これを数字化すると『182023171511』
 「これで12桁や.……できた」 

それにしても,誰かがこんな数字の決め方をしたとして,これを他の人が当てるなんて実際ありえないですよね.まあ,小説やからええか(笑).

[Reference]
色検索
https://www.colordic.org/search/
Enigma Simulation
http://enigmaco.de/enigma/enigma.html

2019年1月16日水曜日

小説 国語、数学、理科、誘拐

2016年 青柳碧人著 文春文庫 

円周角 ニュートン算 不等式の表す領域

ある塾の生徒が誘拐され,その塾の講師たちが救出のために奮闘する話です.
「8本足のタコ星人3人が10日でする仕事の量はトータルで240,10本足のイカ星人2人が18日でする仕事の量はトータルで360でしょ?」
「その差120は8日間でヒトデ型イチゴが生長する量になるよね.つまり,ヒトデ型イチゴが1日に生長する量は120÷8で15だ」
「タコ星人とイカ星人1人ずつで1日にできる仕事の量は18だけど,その1日の間にヒトデ型イチゴは15成長しちゃうから,結局減るのは3しかないでしょ? そいで,初めから農場にあるヒトデ型イチゴの量なんだけど」
問題文がなく,解き方を相談している場面だけで,しかもここでこの話題が終わってしまいました.「ぉ」と「お」や,「生長」と「成長」など一貫性がないのはさておき,このニュートン算の問題を推測して解いてみました.

[推測される問題]
宇宙のどこかの星に,一定の割合で成長していくヒトデ型イチゴの農場がある.これらを摘み取るための1日の仕事の量は,タコ星人1人なら8,イカ星人1人なら10である.初めから農場にあるヒトデ型イチゴをすべて摘み取るには,タコ星人3人なら10日かかり,イカ星人2人なら18日かかる.
1) 初めから農場にあるヒトデ型イチゴの量はいくらか.
2) タコ星人1人とイカ星人1人が一緒なら,この量をすべて摘み取るのに何日かかるか.

[小学生の解答] (右図参照)
タコ星人3人での10日間の仕事の量は8×3×10=240,イカ星人2人での18日間の仕事の量は10×2×18=360.仕事の量の差は360-240=120で,日数の差は18-10=8.つまり,ヒトデ型イチゴが1日に成長する量は120÷8=15.
1) タコ星人3人の1日の仕事の量は8×3=24.このとき1日に減る量は24-15=9なので,初めから農場にあるヒトデ型イチゴの量は 9×10=90(または,イカ星人2人の1日の仕事の量は10×2=20.このとき1日に減る量は20-15=5なので,初めから農場にあるヒトデ型イチゴの量は 5×18=90).
2) タコ星人1人とイカ星人1人が一緒にする1日の仕事量は8+10=18.このとき1日に減る量は18-15=3.かかる日数は90÷3=30.

[代数で解くと]
1) 初めから農場にあるヒトデ型イチゴの量をx,ヒトデ型イチゴが1日に成長する量をyとすると,タコ星人3人での10日間の仕事の量は x+10y=24×10…①,イカ星人2人での18日間の仕事の量は x+18y=20×18…②.連立方程式①②を解いて x=90,y=15.
2) タコ星人1人とイカ星人1人が一緒にする1日の仕事の量は 8+10=18.かかる日数をzとすると,z日間の仕事の量は 900+15z=18z.これを解いて z=30.

Saturday, 22 December 2018での投稿でも述べましたが,世界中の最も多くの国や地域で採用されている「国際バカロレア(IB)」など,海外のカリキュラムでは,このような〇〇算というような,日本の中学入試のためにあるようなやたら難しい文章題はあまり見られず,代数を使って方程式で解く方法へスムーズに進んでいるように思います.