半径 円周率 偶数
新人作家の杉浦李奈が,盗作騒動に端を発した不可解な事件に巻き込まれ,その解明のために奮闘するという話です.李奈が問題の人物の新作を読んで修正すべき点を述べる場面です.
「クレーターの外周を、宇宙生物が四倍の速さで駆けめぐるんですよね? でも宇宙生物は一匹なので、余裕で脱出できます」
「杉浦さん」沙織はやれやれという顔になった。「数字は苦手? 嶋貫克樹はちゃんと計算してますのよ。わたしたちも確認してます。クレーターの半径が約一キロだから、半周は円周率の三・一四キロ。中心から宇宙生物がいるのとは逆方向に走っても、 確実に捕まって殺されてしまうの」
「クレーターの半径は一キロなんですか」
「そう。はっきり書いてなくても、描写からおおよその距離を読みとれない?」
「なら主人公はまず、クレーターの中心から半径約二百二十二メートルの円周上を走ります」
「はあ?」
「その約四・五倍がクレーターの周囲なので、主人公は中心を挟んだ直線上に、宇宙生物と向かい合えます。そこから宇宙生物と逆方向にまっすぐ走ればいいんです」
「・・・・・・宇宙生物が追いつけない?」
「はい。捕まらずに脱出できます」
「だけど、あの、主人公にそんな計算なんかできないでしょ」
「計算しなきゃ脱出できないんじゃなくて、クレーターのなかをうろつくだけでも、 それぐらいの時間差に気づけるはずです。計算はあくまでその事実を裏付けるものです」
「半径一キロってのが問題なのよね? そうは書いてないでしょう」
半ばあきれながら李奈はきいた。「さっき一キロだと・・・・・・」
「いいえ。明記してないんだから、なんとでも受けとりようがある」
「一キロでなくても同じことです。クレーターの中心から、半径の九分の二の円周上を走れば、やっぱり脱出できます」
「あなた数学が得意だったの?」
唐突に現れたこの文章を一度読み流しただけでは意味が分かりにくいですね.なぜ222mや4.5倍や$\frac{2}{9}$という値が出てきたのでしょうか.前後に関連した記述はありませんでした.この問題を考察してみましょう.
主人公(Main Charactor)をM,宇宙生物(Space Creature)をSとします.クレーターは平面上にある大円とし,Mは円の中心Cに,Sは大円周上の点Aにいます.Mの移動速度$v$に対し,Sの移動速度はその4倍なので$4v$です.
Sも自由に動けるとすると,MはすぐにSに捕まってしまうので,Sは大円の周上だけ移動できるものと思われます.
①Mが線分OB上だけ動けるとき
②Mが大円内を自由に動けるとき
(いずれも中心へ後戻りしないように動くものとします)
沙織は①の場合を考えていました.つまり,Mが中心Cから外周上の点Bまで半径1000m動く間に,Sはその4倍の4000m動けるので,Aから半周3140m先の点BにはMより先にSが到達しますから,MはSに捕まります.
李奈は②の場合を考えています.まずMがCからBに向かって222m進みます.その間にSは222×4=888m進んでいます.それからMは半径約222mの小円上を動きます.すると大円上を動くSの速さが4倍であっても,大円の半径が小円の半径の約4.5倍(≒1000÷222)なので,Mが小円を動く方が一定時間での回転数が多くなり,そのうちMは中心を挟んだ直線上にSと向かい合えます.そこからSと逆方向にまっすぐ移動すれば,外周までの距離は1000-222=778mで,その間にSは778×4=3112mしか進めない,すなわちMが大円の外に脱出できる3140m先の点までSは到達できません.半径が変わっても,大円の半径が小円の半径の4.5倍なら,すなわち小円の半径が大円の半径の$\frac{1}{4.5}=\frac{2}{9}$なら脱出できるというわけです.
ではもう少し正確に計算してみましょう.大円の半径を$R$,小円の半径を$r$,円周率を$\pi$として,Mが中心を挟んだ直線上にSと向かい合った後,ちょうどMとSが同時に同地点へ到達するときの方程式は次式になります.$$4(R-r)=\pi R$$これを$r$について解くと,$$r=\left( 1-\frac{\pi}{4} \right)R$$$1-\frac{\pi}{4} =0.2146......$なので,小円の半径が大円の半径の0.2146倍を超えるなら脱出できる,すなわち大円の半径が1000mのときは,小円の半径が214.6mを超えるなら脱出できるということになります.
ところが,$r$が250m以上になると,小円の半径が大円の半径の$\frac{1}{4}$以上になるので,Mが小円を動く方が,Sが大円上を動くより一定時間での回転数が少なくなり,Mは中心を挟んだ直線上にSと向かい合うことができません.Mが移動する間にSは外周上をその4倍進んでいて,その後Mが脱出しようとする点にはSが先に到達しますから,MはSに捕まってしまいます.
$r$がいろいろな値のときの様子が分かる図をGeogebraで作ってみました(
こちら).結果は次のようになります.
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| r=0.25のとき (単位はkm) |
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| rの単位はkm |
上図を作成した時は,arcSB$=\pi-4r$,arcSD$=\pi$はすぐに分かりましたが,arcSCは少し難しそうだったのでGeogebraで数値的に求めていました.
ここでは$OM=r$のとき,$\stackrel{\huge\frown}{BC}$を代数的に求めてみます.
円$O$の半径が1のとき,中心角をラジアンで表すと弧の長さと値が同じになりますから,$\stackrel{\huge\frown}{AS}=4r$なので,その中心角$\angle AOS=4r$,その円周角$\angle B=2r$.
$\stackrel{\huge\frown}{BC}=x$とおくと,その中心角$\angle BOC=x$,その円周角$\angle BSC=\frac{x}{2}$.
$\triangle MBS$の外角である$\angle OMS=2r+\frac{x}{2}$.
二等辺三角形$OBS$で$\angle B=\angle OSB=2r$だから,$\angle OSM=2r-\frac{x}{2}$.
ここで次の
正接定理を使います.一般に△ABC (BC=$a$, CA=$b$, AB=$c$) において次式が成り立ちます.$$\boxed {\quad \quad \frac{a-b}{a+b}=\frac{\tan \frac{A-B}{2}}{\tan \frac{A+B}{2}} \quad \quad }$$これに図の$\triangle OMS$の値$(a=1, \ b=r, \ A=2r+\frac{x}{2}, \ B=2r-\frac{x}{2})$を当てはめると,$$\frac{1-r}{1+r}=\frac{\tan \frac{x}{2}}{\tan 2r}$$ $$\tan \frac{x}{2}=\frac{1-r}{1+r} \tan 2r$$ $$\frac{x}{2}=\arctan \left( \frac{1-r}{1+r} \tan 2r \right)$$よって,次の式が得られます.$$\stackrel{\huge\frown}{BC}=x=2\arctan \left( \frac{1-r}{1+r} \tan 2r \right)$$なお,正接定理を知らなくても
正弦定理を使う求め方もありますので,練習問題として考えてみてください.
因みに,この問題をChatGPTに解かせてみたら,2つの解答が出てきました.数値を確認したら異なる値になったので,さらに聞いてみたら,「私が述べた〇〇という説明は この問題には当てはまらず誤りでした。申し訳ありません。🙏」と表示されました.こんなこともあるんですね(笑).