2025年12月5日金曜日

小説 令和中野学校

松岡圭祐 2025年 KADOKAWA

ロジスティック回帰分析

大学受験に失敗した燈田華南 (とうだかな) が,諜工員を養成する特別施設である令和中野学校にスカウトされ、他国のスパイ活動を防ぐ特殊部隊の一員となり,高度なスキルを身につけていくという話です.
波戸内の目は神崎に移った。「きみは?  いまロジスティック回帰分析の授業中だろう。またサボってるのか。射撃の腕を磨いても、ほかの出席率が悪ければどうにもならんぞ」
回帰分析とは,いくつかの要因によって起こる結果を数式 (回帰式) から予測することで,線形回帰分析と非線形回帰分析とがあります.

線形回帰分析の最も簡単な例として,100m走の記録 $x$ (要因) から走り幅跳びの記録 $y$ (結果) の関係を一次関数で表して予測するという場合があります.これを単回帰分析といい,$$y=a_{0}+a_{1}x$$という回帰式から結果を予測します (回帰式はいくつかのデータがあればグラフ電卓やPC等で求められます).例えばあるデータから得られた回帰式が$$y=18-x$$だったとすると,100m走 $x=12$ (秒) の人は,走り幅跳びで

$y=18-12=6$ (m)

跳べると予測できます.ただし,実際は100mを2秒で走る人はいないし,18秒で走る人の走り幅跳びの記録が0mということはないので,適切な範囲でのみ予測が可能になります.

100m走と走り幅跳び

また,身長$x_1$と肥満度$x_2$から体重$y$を予測するというように,要因が複数になる場合は重回帰分析といい,回帰式は次式になります.$$y=a_{0}+a_{1}x_{1}+a_{2}x_{2}+\dots +a_{n}x_{n}$$

ロジスティック回帰分析は,非線形回帰分析のひとつで,結果を確率で求めます.例えば1日の学習時間 $x_1$から (またはさらに部活動参加の有無 $x_2$から) 「合格か不合格か」 のどちらかを判断するというように,1つ (または複数) の要因からある結果が起こる確率を求め,その結果が起こるか否かを推測する方法で,結果を0から1の間の値にするために次のロジスティック関数を使います.$$y=\frac{1}{1+e^{-(a_{0}+a_{1}x_{1}+a_{2}x_{2}+\dots +a_{n}x_{n})}}$$例えばあるデータから得られた回帰式が$$y=\frac{1}{1+e^{-(-3.5+0.8x)}}$$だったとすると,1日の学習が $x=6$ (時間)の人は,$$y=\frac{1}{1+e^{-(-3.5+0.8\times 6)}}=0.6$$ の確率で合格できると予測できます.ただし,実際は学習時間が長ければ長いほど合格率が高くなるわけでもないので,適切な範囲でのみ予測が可能になります.

学習時間と合格率

以上,分かり易くするために最も簡単な例をあげました.実際は多数の要因が影響するので,回帰式はもっと複雑になりますが,グラフ電卓やPC等を使うことによって,容易に結果を得ることができます.

[参考]

ロジスティック回帰分析とは?用途、計算方法をわかりやすく解説!

2025年11月19日水曜日

小説 数は無限の名探偵 ソフィーにおまかせ

青柳碧人 2022年 朝日新聞出版

ソフィー・ジェルマン素数 (Sophie Germain prime)

小中学生向け短編小説集のひとつで,フランスの女性数学者ソフィー・ジェルマンの13歳のころと現代の14歳の少女との時空を超えた友情のお話です.たまたまですが,同じ年に「天球のハルモニア」というソフィー・ジェルマンの少女時代を描いた漫画が発行されています.

「Pが素数で、(2P+1)も素数である場合、このPを『ソフィー・ジェルマン素数』という」 のだそうです。ソフィーが提唱したこの素数は、暗号理論において、素因数分解アルゴリズムの攻撃に耐えうる整数Nを決定するのにとても便利・・・・・・なのだそうですが、何を言っているのか、実は、書いている僕にもよくわかりません。(著者)

この文章の意味を考えてみましょう.まずソフィー・ジェルマン素数ですが,pも2p+1も素数であるとき, pをソフィー・ジェルマン素数,2p+1を安全素数 (safe prime) といいます.次の表の〇のような場合です.

                                             素数                                            2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, ...
                                             ソフィー・ジェルマン素数          2, 3, 5, 11, 23, 29, 41, 53, ....
                                             安全素数                                     5, 7, 11, 23, 47, 59, 83, 107, ...

上の文章中,「素因数分解アルゴリズム」 とは,「こうすれば素因数分解ができるという手順」 のことで,その 「攻撃に耐える」 ということは 「素因数分解されにくい」 という意味になります.

RSAという暗号を作る際,素因数分解するのが難しい巨大な数を使うほど解読されにくいということを利用します.
・大きな素因数を持つ数は素因数分解が困難
・大きな安全素数2p+1は,2pがpという大きな素因数を持つ(例えば上の表で,2p+1=107のとき,2pがp=53という大きな素因数を持つ)
なので,安全素数は 「素因数分解されにくい整数を求めるのに有効」,すなわち 「素因数分解アルゴリズムの攻撃に耐えうる整数を決定するのにとても便利」 ということになります.

ところで,Wikipediaの「ソフィー・ジェルマン素数」のページに,説明なしで 「2と3を除くソフィー・ジェルマン素数は6n−1の形の素数である」 と書かれています.証明してみましょう.

(証明) すべての整数は6m, 6m+1, 6m+2, 6m+3, 6m+4, 6m+5 (mは整数)と書ける
このうち3より大きい素数は6m+1または6m+5の形しかない
p=6m+1のとき,2p+1=2(6m+1)+1=12m+3 は3の倍数となり素数にならない
p=6m+5のとき,2p+1=2(6m+5)+1=12m+11 はmの値によって素数になる可能性がある
よって,2と3を除くソフィー・ジェルマン素数は6m+5(または6n−1)の形しかない (QED)

1995年にワイルズによって完全に証明されたフェルマーの最終定理 (Fermat's Last Theorem)は,「3以上の整数$n$について,$x^n + y^n = z^n$ を満たす0でない整数の組$(x, y, z)$は存在しない」 (以下FLT(n)と表す)という定理で,フェルマー自身が証明したFLT(4)については,ドラマ「フェルマーの料理」に出てきました.ソフィー・ジェルマンはソフィー・ジェルマンの定理を用いてFLT(p)のひとつのケースが真であることを証明したそうです.

2025年10月22日水曜日

小説 水鏡推理VII ソヴリン・メディスン

松岡圭祐 2025年 角川文庫

判断推理問題

水鏡推理Ⅰ~Ⅵは以前ここに書きました.国家公務員一般職で,文科省の研究不正の追及を担う専門的な部署に所属する水鏡瑞希(みかがみみずき)がエセ研究開発のねつ造を見破っていくというシリーズで,今回は8年ぶりの書下ろし新作です.論理的思考力を測るために公務員試験でよく出題される判断推理問題がいくつか登場しました.

1)    同期女子2名があるK-POPグループについて話しているのを聞き,瑞希がそのメンバーの担当と年齢を当てる場面です.

「でさー」仁美は目を細めていた。「メンバーって、ひとりも年齢かぶってないよね?   十七から二十歳まで、四人がきれいに分かれてる」
「そうだっけ?」文香が唐揚げを口に運びながら応じた。「サンウ推しだから、ほかはわかんない。でもジュノもヨンファも十七じゃなかったよね?」
「そりゃそう。ジュンギは十九だし」
「知ってるってば。ラップポジションは二十歳の・・・・・・ええと」
 仁美がけらけらと笑った。「年齢とポジションがでてきて、誰だかわかんないの?  ダンスポジションは十八だよ?」
 文香は真顔になった。「メインボーカルが十九じゃないってのは知ってる」
「リードボーカルは?」
「知らない」文香がそういうと、ふたりはまた笑い転げた。

ここまで聞いたところで,瑞希の答はこうでした.

「メインボーカルは十九じゃなくて、ラップが二十、ダンスが十八でしょ。消去法でメインボーカルが十七、リードボーカルが十九だとわかる。ジュノもヨンファも十七じゃないし、ジュンギは十九だから、また消去法で十七のメインボーカルはサンウ。仁美のスマホカバーに용화(ヨンファ)とあるから、十八のダンスは推しのヨンファ」
「なんや,スマホカバー見たんかい!」と言いたくなりますよね.それで仁美の推しはヨンファだと分かるのはいいとして,それが「二十歳のラップポジション」ではなく,「十八のダンスポジション」の方だということは,これまでのヒントだけでは分からないないのではないでしょうか.

ヒントを箇条書きでまとめると,
①4人の名はサンウ,ジュノ,ヨンファ,ジュンギ.17~20歳で異なる年齢
②ジュノもヨンファも17歳ではない.ジュンギは19歳 →なのでサンウは17歳
③ラップは20歳,ダンスは18歳で,メインは19歳ではないから17歳 →なのでリードは19歳

つまり,この同期女子2名の会話からは,メインボーカルは17歳のサンウ,リードボーカルは19歳のジュンギと分かりますが,仁美の推しがヨンファだからといって,ラップとダンスがジュノとヨンファのどちらなのかは確定できませんよね.

2)    あるスーパーのパートタイムのシフトの話から,瑞希が探している人物が何曜日に働いているかを推理する場面です.

 店長はレジのなかでノートを開いた。「ええと。うちでは男女でシフトが分かれていてね。募集してるのは平日。いま女性は武内さんと・・・・・・」
 女性従業員のネームプレートには武内とあった。武内がレジに並んで入った。「田村さんと中山さん、原さんです。月から金で四人」
 ぶつぶつと店長が武内にいった。「週三ずつだな?」
「ええ。月金がふたりで木が三人」
「月金は同じメンバーで足りてるな? 火水も同じか?」
「いえ。火曜には原さんが加わってたんじゃないかと・・・・・。わたしはいないのでよく知りませんが」

この会話の後, 瑞希は目的の人物がこの日にこのスーパーにいることがわかります.

「あれが江国芳恵(偽名:中山)なのか?  なんでわかった?」
「平日は火水木の出勤だからです」瑞希は息を弾ませつつ早口に応じた。「月水金にふたり、火木に三人の出勤。月金は同じメンバーふたり。火曜の三人のうちひとりは原さんで、水曜は欠勤だけど、ほかのふたりは出勤。武内さんも水曜欠勤。条件を当てはめていけばわかるでしょ」
読み流しただけでは分からなかったので,条件を箇条書きにしてシフト表を作ってみました.
①月金と火水は2人が同じ.火は原を加えて3,水は2
②火は原がいて武内はいないので,他の2人は田村・中山
③すると月金は原・武内で,火水の原以外は田村・中山
④なので木は武内・田村・中山


というわけで,中山の出勤日は火水木になります.因みにこの日は武内が出勤しているので木曜日だったのでしょう.


3)    上司の瀬岐(せき)が瑞希に難しい問題を出し,解けなかったら解説してやることでいいところを見せようとする場面です.
 瀬岐がスマホの表示を読みあげた。「内科医のうち四人が各々ふたつずつ専門を掛け持ちしてる。年四回のシンポジウムに出席したけど、春は循環器内科医、呼吸器内科医、消化器内科医の出席。夏が消化器内科医、内分泌・代謝内科医、腎臓内科医。秋は神経内科医、内分泌・代謝内科医、呼吸器内科医。冬が神経内科医、血液内科医、アレルギー科医」
 瑞希は頭のなかに情報を刻みこんでいった。「掛け持ちの四人以外にも医師たちがいて、シンポジウムに出席したんですね。それで?」
「皆勤賞はひとりだけ。二回出席がひとりと三回出席がふたり」
「なるほど。問題はなんですか?」
「三回出席したのは消化器内科医、循環器内科医、内分泌・代謝内科医の誰か。あるいは二回出席したのは血液内科医、腎臓内科医のいずれか。どれが可能性があると思う?」 

専門科の名前だけでもややこしいですね.瑞希は次のように即座に答えてしまいます.まず自分で考えた後で正解を見てください.(ドラッグすると見やすくなります)

「二回出席したのは、血液内科医と腎臓内科医のどっちでもないでしょう。だから消化器内科医、循環器内科医、内分泌・代謝内科医のうち、誰が三回出席したかですよね」
「早いな・・・・・・。なんでそう簡単に絞りこめる?」
「掛け持ちの四人のうち、四回出席したひとりが呼吸器内科医兼消化器内科医なら、春に重複してるから矛盾しますよね。支障がないのは消化器内科医兼神経内科医だった場合。この人が四回出席です。二回出席したのが誰なのかは特定できません」
「もうついていけなくなったな」
「確定できることにだけ的を絞ればいいんです。三回出席したのは呼吸器内科医と内分泌・代謝内科医ですけど、それぞれが兼ねてるもうひとつの専門分野は不明です。だけど問題に当てはめれば、内分泌・代謝内科医が三回出席。これが答えです」
「みごと正解だよ」

やはり文章だけでは分かりにくいので,表にして分かったことを箇条書きにしてみました.アルファベットは専門科の頭文字です.(例えば消化器内科はSho,神経内科はShi)


①皆勤者は掛け持ちしている2つの専門に2回ずつ出席しなければならないので,その専門は「Sho兼Shi」しかない.
②3回出席者は,掛け持ちしている2つの専門のうちのひとつで2回出席しなければならないので,「NaまたはKo」しかない.
③2回出席者はいくつかの場合があって特定できない.
④問題文より「3回出席したのはSho、Ju、Naの誰か」で,②より「NaまたはKo」だから,Naすなわち内分泌・代謝内科医の3回出席が確定する.

上の瑞希の台詞の中で,最初の「二回出席したのは、・・・ 誰が三回出席したかですよね」の部分は不要だと思いますがいかがでしょうか?

[参考]

<水鏡瑞希が満点の>「判断推理」って何?
https://kodanshabunko.com/suikyo/what.html#

2025年8月27日水曜日

小説 確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム

Amazon.co.jp: 確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム (角川文庫) : 神永 学, カズアキ: 本
神永 学 2011年 KADOKAWA

確率 ゲーム理論 ベイズ推定

警視庁の特殊取調対策班に所属することになった新米刑事新妻友紀(にいづまともき)とオブザーバーの数学者御子柴岳人(みこしばがくと)が数学を駆使して事件を解決していくという話です.
「現在の警察のDNA鑑定で、別人のDNAが一致する確率を知っているか?」
「いえ」
「四兆七千億分の一だ」 (P149)

「島田の所持していた下着は、四兆七千億分の一の確率で被害者のものだ。これは絶対に変わらない」 (P245) 

この後半の「四兆七千億分の一の確率で被害者のものだ」という文章はおかしいですね. 被害者のものである確率が非常に低い,すなわち被害者のものではないという意味にとれます.

実際は 「被害者のDNA型と一致する別人がいる確率が四兆七千億分の一」なので,「下着から採取したDNA型と被害者のDNA型が一致した」 すなわち「下着はほぼ100%の確率で被害者のものだ」とするべきでしょう.

ところで,別人のDNA型の一致確率が「四兆七千億分の一」というのは,誰にでも当てはまる値と誤解しそうですが,実は個人によって違いがあるので,一致確率は「高くても四兆七千億分の一」という意味になります.

DNAを構成する遺伝子座には,4種類の塩基(アデニンA,チミンT,グアニンG,シトシンC)が並んでいて,その配列の繰り返し数は個別に違いがあります.

生物図表オンライン(浜島書店)より

採取したDNAの染色体上にある遺伝子座のうち特定の16個について,それと同じ塩基配列になる確率をすべて掛け合わせると,すべて一致する確率が得られ,約4兆7千億分の1になります.

<検証>
遺伝子座16個の場合.16乗して4兆7千億分の1になる値は,$$ \sqrt[16] {\frac{1}{4.7 \times 10^{12}}}=\left( \frac{1}{4.7 \times 10^{12}} \right)^\frac{1}{16}=0.161433....$$なので,ひとつの遺伝子座の塩基配列が一致する確率の平均は約0.161433となります.実際は遺伝子座によって一致確率は異なりますが,だいたい0.1から0.2の間ぐらいなので,平均値がこの値に近いのもうなずけますね.

2019年,警察庁は新たな検査試薬を導入し,23個の遺伝子座を調べることで,同じDNA型の出現頻度が「565京人に1人」となり,より精密な個人識別が可能になると発表しました.

<検証>
遺伝子座23個の場合.23乗して575京分の1になる値は,$$\sqrt[23] {\frac{1}{575 \times 10^{16}}}=\left( \frac{1}{575 \times 10^{16}} \right)^\frac{1}{23}=0.152884....$$というわけで,この場合もひとつの遺伝子座の塩基配列が一致する確率の平均は似たような値になりました.

この小説の出版が2011年なので,もし2019年以降だったら,「4兆7千億分の1」が「575京分の1」になっていたことでしょう.

(注) 1億$=10^8$ 1兆$=10^{12}$ 1京$=10^{16}$

[参考]

DNA型鑑定 | 千葉大学附属法医学教育研究センター

検査遺伝子数と精度のはなし

2025年7月8日火曜日

小説 藍を継ぐ海 祈りの破片

伊与原新 2024年 新潮社

方位角 

大学で地球惑星科学を専攻していた著者による科学の知識を織り交ぜた5つの短編集で、どれも異なる地方が舞台になっています.タイトルは,夢化けの島(山口県見島),狼犬ダイアリー(奈良県東吉野村),祈りの破片(長崎県長与町),星隕つ駅逓(北海道遠軽町),藍を継ぐ海(徳島県姫ヶ浦).さすが直木賞受賞作品だけあって,どれも心温まる素敵な物語でした.

「祈りの破片」
地図には収集地点と思われる場所に番号が振ってある。そして右のページには、各地点で収集された物品の詳細が、細かな字でびっしりと記載されていた。
<地点1-①民家ノ庭石(安山岩)、一部熔融。②玉砂利(黒色頁岩?)、表面ガラス化シ、緑色ヲ帯ビル。③石垣ニ熱線ノ影アリ、方向N15°W。
(単行本P127~128) 

近所から苦情の出た空き家で見つかった多量の岩石やガラス製品の謎を追う若い公務員が主役の話です.最後に「N15°W」という表現がありますが,これは四分円方位角(quadrant bearing)といいます.方位角でよく使われるのは次の2つです.日本では数学ではなく地学または地理で習うと思いますが,海外では数学のテキストに登場しています.

図を見ると分かりますが,①北方位角(North azimuth)は北を基準として時計回りに回転した角度で表し,②四分円方位角は北(N)または南(S)を基準として東(E)または西(W)に回転した角度で表します.従って,ここに登場した「N15°W」は次の方向を表しています.

他にも③南方位角(South azimuth)=南を基準として時計回りに回転した角度,④極角(polar angle)=デカルト平面上のx軸の正の部分を基準として反時計回りに回転した角度があります.④は極座標の偏角にあたるもので,三角関数でよく使われていますね.また「東北東の風」などというように東西南北で方向を表す方法は,4方位から8, 16, 32, 128方位まであるそうです.

世界で最も多くの国で採用されている国際バカロレア(IB)数学の練習問題からこの表現を使った問題を紹介しますので解いてみてください.

[Question] Radio direction finders are set up at two points A and B, which are 2.5 miles apart on an east-west line.  From A, it is found that the bearing of a signal from a radio transmitter is N36.3°E, while from B the bearing of the same signal is N53.7°W.  Find the distance of the transmitter from B.  

[問題] 東西方向に2.5マイル離れた2地点AとBに無線方向探知機が設置されている.A地点からは無線送信機からの信号の方位がN36.3°Eであり,B地点からは同信号の方位がN53.7°Wとわかった.B地点から送信機までの距離を求めよ.(正解は文末)

[参考]

方位
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B9%E4%BD%8D

[問題の答]  (次の行をドラッグしてください)
連立方程式 ①$a^2+b^2=2.5^2$ ②$a \cos36.3°=b \cos53.7°$を解いて,$b$ ≒ $2.0$ miles

2025年6月10日火曜日

ドラマ あんぱん 第5週 25話

2025年 NHK

因数分解

漫画「アンパンマン」の作者やなせたかしと、妻の暢(のぶ)夫婦をモデルにしたドラマです.たかしが受験した東京高等藝術學校の入試で次の問題が出題されていました.

(1) 以下ノ數式ヲ因數分解セヨ.
 $4x^3+4y^3+4z^3-12xyz$


ふつう第1問目はそんなに難しいはずがないので,公式を当てはめるだけで正解できる問題ではないかと思います.公式は$$x^3+y^3+z^3-3xyz=(x+y+z)(x^2+y^2+z^2-xy-yz-zx)$$ですが,出された問題はこの公式の4倍なので,正解は$$4x^3+4y^3+4z^3-12xyz=4(x+y+z)(x^2+y^2+z^2-xy-yz-zx)$$となります.

の時代(1930年代)はこれを覚えていて当たり前だったのでしょうか.この公式は現在(2025年)の高校数学Ⅱの教科書で扱われていますが,証明するのは少し面倒です.途中で次の式変形を使います.$$x^3+y^3=(x+y)^3-3xy(x+y)\tag{1}$$ $$x^3+y^3=(x+y)(x^2-xy+y^2)\tag{2}$$証明を始めます.
\begin{eqnarray} x^3+y^3+z^3-3xyz &=& (x+y)^3-3xy(x+y)+z^3-3xyz\tag{1より}\\ &=& (x+y)^3+z^3-3xy(x+y)-3xyz\\ &=& (x+y+z)\{(x+y)^2-(x+y)z+z^2\}-3xy(x+y+z)\tag{2より}\\ &=& (x+y+z)(x^2+2xy+y^2-zx-yz+z^2-3xy)\\ &=& (x+y+z)(x^2+y^2+z^2-xy-yz-zx) \end{eqnarray}

暗黙の了解で実数の範囲まで因数分解しましたが,後ろの(    )内の2次式をさらに複素数の範囲まで1次式の積に因数分解できます(代数学の基本定理).まず$x$について降べきの順にします.$$x^2+y^2+z^2-xy-yz-zx=x^2-(y+z)x+y^2+z^2-yz$$これを$(x-\alpha)(x-\beta)$とするために,$x$についての2次方程式 $x^2-(y+z)x+y^2+z^2-yz=0$ を解きます.解の公式を使って,
\begin{eqnarray} x&=&\frac{(y+z)\pm \sqrt{(y+z)^2-4(y^2+z^2-yz)}}{2}\\ &=&\frac{(y+z)\pm \sqrt{-3(y-z)^2}}{2}\\ &=&\frac{(y+z)\pm (y-z)\sqrt{3} i}{2}\\ &=&\frac{1\pm \sqrt{3} i}{2}y+\frac{1\mp \sqrt{3} i}{2}z\\ \end{eqnarray}
これが$\alpha$と$\beta$になりますから,
\begin{eqnarray} x^3+y^3+z^3-3xyz&=&(x+y+z)\left( x-\frac{1\pm \sqrt{3} i}{2}y-\frac{1\mp \sqrt{3} i}{2}z \right)\\&=&(x+y+z)\left(x+\frac{-1\mp \sqrt{3} i}{2}y+\frac{-1\pm \sqrt{3} i}{2}z\right)\\ \end{eqnarray}この$y$と$z$の係数は,1の虚数3乗根 $\omega$ と $\omega^2$ になるので,これを使って次のようにすっきりと表すこともできます.$$x^3+y^3+z^3-3xyz=(x+y+z)(x+\omega y+\omega^2 z)(x+\omega^2 y+\omega z)$$この式はさらに3次方程式の解の公式(カルダノの公式)を求めるのに応用されていきます.

[参考]

カルダノの公式、フェラーリの公式



2025年5月1日木曜日

小説 地球へのSF 

日本SF作家クラブ編 2024年 早川書房

Rose Malade, Perle Malade

新城カズマ

中国前漢の時代(紀元前200頃),淮南(わいなん)王の劉安(りゅうあん)による思想書「淮南子(えなんじ)」編纂の物語です.

(賢者のひとりである) 左呉の答えて曰く、幼き日に親しくしたる商人より聞き及ぶに身毒と波斯の更に西、埃及(えじぷと)なる大国あり。その地には夏至の日に陽光がその底まで達するという珍しき井戸あり、 一方その井戸より正確に真北にあたる井戸を同日正午に測れば日差しは僅かに傾くあるを見出したり。即ち我らも南北二つの井戸を観察せば、陽の角度を以て大地の丸みと大きさを算出し得んと。 
(中略) 「うむ 、一理あるな」 と劉安も応えて早速必要な観察の手配をした。
ほどなく結果がもたらされた。夏至の正午に陽光が真っ直ぐ底まで届く井戸が南越国に見出され、その真北に当たる井戸に射す陽の傾き具合が一千里先まで調べられた。賢者たちは算棒と算珠をあやつり、天下の大きさを求めた。天下は球体でありその半径がおよそ一万五千九百四十五里、後に謂う六千三百七十八キロメートルであると知れた。劉安は大きくうなずいた。(P17)

左呉が「商人より聞き及」んだのは,古代エジプトの学者エラトステネスが,シエネという街で夏至の日に太陽光が井戸の底まで届くことを知り,アレキサンドリアで夏至の太陽南中時に鉛直に立てた棒とその影が作る角度を測って,2点間の距離から地球の周長を計算したという話のことです.

エラトステネスは,約900km離れた2点で計測した角度7.2°が360°の1/50であることから,周長を約900km×50 ≒45000kmと算出しています.下に述べる地球の公称半径から計算すると,その周長は約40000kmなので,当時としてはかなり正確だったといえます.

この小説での値を見てみましょう.国際天文学連合(IAU)による地球の公称赤道半径は6378km,極半径は6357kmなので,地球の半径が「6378kmであると知れた」というのは,いくらフィクションとはいえこの時代にしては正確すぎますね.地球の半径の実質的な最初の測定値は10世紀アラビアの天文学者ビールーニーの6340kmで,その後さらに精度が上がって現在の値になっています.

[参考]

エラトステネスが棒1本で地球の全周を求めた方法
https://spreading-earth-science.com/how-to-find-the-size-of-the-earth/

2025年3月17日月曜日

小説 22歳の扉

青羽悠 2024年 集英社

複素力学系 フラクタル カオス

京都の大学の理学部に入学した田辺朔(たなべさく)が,いくつかのサークルが集まる旧文学部棟の地下で営業している学内バーのマスターを引き継ぐことになり,そこでいろいろな人と出会って成長していく学生生活を描いた話です.

僕が読んでいたのは複素力学系、とくにフラクタル幾何学と呼ばれる分野のものだった。ある時間の状態が、前の時間の状態からシンプルなルールに沿って決まる。では、そのルールを何度も反復させると、やがてどんな状態に辿り着くのか。その疑問が出発点の学問だった。 
結果は多様で、まるで予測できない結果(=カオス)を生むことも、結果が同じ構造を繰り返す(=フラクタル)こともあった。 同じ構造を何度も繰り返す。再帰的。その振る舞いはどこか奇妙で、僕はそこに興味を向け続けることができた。理解するためには他の知識も必要だったから、僕には自然とやるべきことが増えた。

複素力学系とは何でしょう.上の文中の 「ある時間の状態が、前の時間の状態からシンプルなルールに沿って決まる」 というのは 「数列の漸化式 $x_{n+1}=f(x_n)$ または関数 $y=f(x)$ に値を代入して次の値が決まる」 ことを意味し,そのルールで変化していく物事を数式を使ってモデル化する数学の分野を力学系といい,その対象が複素数なら複素力学系となります.

複素力学系では 「そのルールを何度も反復させると、やがてどんな状態に辿り着くのか」 を複素平面上で調べます.ある複素数 $z_0$(初期値)を関数 $w=f(z)$ に代入し,得られた値をまた同式に代入して次の値を得るということを繰り返していくと,初期値 $z_0$ や $f(z)$ の違いによって,ある値に近づいていったり (収束),無限に遠くへ離れていったり (発散),「同じ構造を繰り返す (フラクタル)」 や,「まるで予測できない結果( カオス)」 の状態になったりすることがあります.

その例として有名なものが $f(z)=z^2+C$ という関数です.これで繰り返し得られた (発散しない) 値を複素平面上で点をとっていくと,フラクタル図形で有名なマンデルブロ集合($z_0=0$ と固定したときの $C$ の集合)や,ジュリア集合($C$ を固定したときの $z_0$ の集合)になります.

マンデルブロ集合(左)と $C=-0.5+0.6i$ のときのジュリア集合(右)
WolframAlphaで作成
フラクタル図形とは,どんなに拡大・縮小しても同じ形が現れる(自己相似性の)図形のことで,これを研究するのが文中に出てきた 「フラクタル幾何学」 であり,この主人公が読んでいた分野になります.2次元,3次元,4次元の世界などというあの 「次元」 が非整数になるのが特徴で,この話は小説 「神様のパラドックス に出てきました.

因みに,整数が対象なら離散力学系といいますが,その例として小説 「夜中に犬に起こった奇妙な事件」 に生物の個体数についての話が出てきました.さらに実数が対象なら連続力学系といいますが,これは小説 「禁忌の子」 に出てきた死後直腸温変化の話が当てはまりそうです

[参考]

カオスとフラクタル
山口昌哉著 1986年 ブルーバックス

複素力学系入門
https://azisava.sakura.ne.jp/math/complex_dynamics.html

2025年3月13日木曜日

小説 禁忌の子

山口未桜 2024年 東京創元社

死亡推定時刻

主人公の救急医武田航(わたる)に瓜二つの身元不明の遺体が運び込まれたため,その死因や自分との関係を旧友で医師の城崎響介と一緒に調査をしていくという話.鍵を握る人物に会おうとした矢先,相手が密室内で死体となって発見された場面です.

(鑑識の)宗形が「直腸温を測りましょうか」と言いながら温度計をカバンから取り出した。
宗形「34.8度ですね。大体の予想とも合致してると思います」
武田「つまり、どういうことや」
城崎「直腸温を用いた死亡推定時刻の推定、っていうのは直腸温が元の37度から、1時間に0.8度下がるだろう、っていう理論がもとになっているんだ。国試でもやったでしょ」
武田「とすると、大体3時間前…………12時半頃やな」
城崎「前後にしっかり幅を持たせて、死亡推定時刻は11時半から午後1時半の間、というところでどうでしょうか?」
宗形「おっしゃる通りです」

この計算では「1時間に0.8度下がるだろう、っていう理論」なので,体温は死後経過時間$t$の一次関数 $T=37-0.8t$ になっています.すると $T=34.8$ のとき $t=2.75$ になるので「大体3時間前」と予想しているわけです.

これがニュートンの冷却法則に従うなら,死後の体温$T$は室温との差に比例して室温に近づいていきます.この場合,死後経過時間を$t$とし,その時の体温を$T$,室温を25°と仮定し,比例定数を$k$とすると,次の微分方程式が成り立ちます.$$\frac{dT}{dt}=k(T-25)$$変数分離してこれを解くと$$\int\frac{1}{T-25}dT=k \int dt$$$$\ln (T-25)=k t +C_1$$$$T-25=e^{C_1}e^{k t}$$$$T=25+Ce^{k t}\tag{1}$$ここで $t=0$ のとき$T=37$ ですから,$37=25+C$より $C=12$ になり,最初の5時間で0.8×5=4度下がるとすれば,$t=5$ のとき,$T=37-4=33$ となるので,$$33=25+12e^{5k}$$$$e^{5k}=\frac{2}{3}$$$$k=\frac{\ln \left( \frac {2}{3} \right)}{5}=-0.081......$$よって式(1)はこうなります.$$T=25+12e^{-0.081t}$$このグラフは$T$が減少していく指数関数となり,下の赤いグラフになります. 青色のグラフは一次関数 $T=37-0.8t$ です.34.8°のとき,点Aは(2.50, 34.8),点Bは(2.75, 34.8)なので,誤差はまだ小さいですが,時間がたつに連れて大きくなるので,現実的ではありませんね.


さて,「法医学は考える: 事件の真相を求めて」(赤石 英 著 1967年),法医学」(若杉長英 著 金芳堂 1983年)などによると,直腸温降下曲線は下図のような逆S字型になるそうです.通常の直腸温は,腋で測るよりやや高く37.2°ぐらいなので,そこからこのように下がっていきます.
法医学」若杉長英著より
死亡直後では体内の熱産生が未だ完全に停止していないためその低下は緩徐であるが,次第に急激となり,外界温度に近づくに従って,再び緩徐となり,直腸内温度の下降曲線は逆S字状を呈する.(法医学」P13)
S字型のグラフといえばロジスティック関数が有名です.基本的なロジスティック関数はこの式になります.$$T=\frac{1}{1+e^{-t}}$$
これを,室温をやはり25°と仮定し,左右反転・拡大縮小・平行移動させるために,$$T=25+\frac{L}{1+e^{-k(t-p)}}$$という形にして,定数L, k, pを調節し,上の下降曲線を近似してみました.この場合,点Aは(3.85, 34.8),点Bは(3, 34.8)になります.$$T=25+\frac{13.5}{1+e^{0.33(t-6.8)}}$$

室温以外にも多くの条件によって違いが出て来ますが,これが事実に近い直腸温度変化だとしても,一次関数で近似して上の台詞のように「前後にしっかり幅を持たせて」(この場合は前後1時間の幅を考えて)推定すればそう問題はないのでしょうね.

[参考]

法医学
若杉長英 (著) 金芳堂 1983年

法医学は考える: 事件の真相を求めて
赤石 英 (著) 講談社現代新書 1967年

ロジスティック関数とは?

2025年3月5日水曜日

漫画 はじめアルゴリズム 3巻 #21 数学少女・剛田ハチ

三原和人 2018年 講談社

極方程式 媒介変数表示

小学5年生の関口ハジメが天才的な数学の才能を持つことを,老数学者の内田豊に見いだされ,成長していくという話です.数学検定を受けたときにハジメから借りたコンパスをわざわざ家まで返しに来た剛田ハチへのお礼に,キーホルダーと同じ形のグラフを表す式をプレゼントする場面です.

ハジメ「これやってみて」
ハチ    「? グラフ問題 ……」
      「あ これ… 私のキーホルダーの…… すごい…」
ハジメ「コンパス持ってきてくれたお礼!」


3つの式がセットでひとつのグラフの方程式だと誤解しそうですが,1行目は極方程式で,2行目と3行目がセットで媒介変数表示なので,どちらか一方だけで同じグラフを表します.

極方程式は,動径がx軸となす角をθとするときの原点からの距離rをθの関数で表します.例えば,原点中心で半径1の円は原点からの距離rが常に1なので,デカルト方程式(xy方程式)では $x^2+y^2=1$,極方程式では r=1 になります.

上式の場合は,a=4なので r=sin4θ,すなわち原点からの距離rが sin4θ(周期$\frac{\pi}{2}$)になります.これは,θが0から2πまで増加(動径が1回転)する間に0→1→0→−1→0の間の値(花びら2枚分)を4回繰り返しますから,y=sinx と r=sinθ のグラフは次のようになります.

y=sin4x

r=sin4θ

Geogebraで作成したので,角度を変えながらゆっくり見たい人はこちらを見てください.

一方,媒介変数表示は,xy平面上の点の座標を他の変数の関数で表したものです.例えば,$x=t$, $y=t^2$なら,点$(t, t^2)$の軌跡になるので,$y=x^2$になります.上式の場合は,点 (sin4θcosθ,sin4θsinθ) の軌跡になり,上と同じグラフになります.

因みに,剛田ハチの持っていたキーホルダーはこれでした.


2025年2月18日火曜日

ドラマ 御上先生 第4~5話

第4話 2025/02/09放送

数列

今回の数学の授業の場面では,問題も解答も板書にありました.間違いではないのですが,(2)の1行目の $\log_2 (a_k)$ には(  )がついていて,2行目の $\log_2a_n$ には(  )がついていません.この場合,( )はなくていいですね.

小問(1)(2)(3)とだんだん難易度が上がるのがよくあるパターンなのですが,(1)(2)に比べて(3)が少し易しいように感じました.毎回単元が変わるので,入試問題の演習をしているという設定なのでしょう.

 

2025/02/18追記

第5話 2025/02/16放送

72の法則

高校生ビジネスプロジェクトコンクールでの生徒たちのプレゼンの中に,72の法則が登場しました.

「これにかかる年月はなんと576年.定期預金で実直に暮らしていく道も,72の法則によって,こうして絶たれたのです」


台詞にはありませんが,100万円を年利率0.125%の複利で200万円に増やすには,576年かかることをいっています.72の法則が悪者のように聞こえますが,これはただの便利な計算方法であって,72を年利率で割れば約何年で元金が2倍になるかが簡単に分かるという法則です.実際,72÷0.125=576になります.

正確には複利計算になるので,年利率r(%)でn(年)預けて元金A(円)が2倍の2A(円)になったとして次の方程式を解きます($\ln$は自然対数$\log_e$を意味します).

$$\begin{eqnarray}
2A&=&A\left(1+\frac{r}{100}\right)^n\\
\ln2&=&n\ln\left(1+\frac{r}{100}\right)\\
n&=&\frac{\ln2}{\ln\left(1+\frac{r}{100}\right)}\\
\end{eqnarray}$$

これにr=0.125を代入すると,n=554.864......となり,実際は約555年かかるということが分かります.なので,72の法則によってだいたいの年数は出せますが,正確な値を求めるためにはこの方程式を解くことになります.

因みに,このような倍加時間(または倍増時間)を英語で doubling time というのに対し,半減期は half life といいます.Half time という場合もありますが,スポーツの試合の前後半の間の意味で使うことが多いので,ちょっと紛らわしいですね.

2025年2月9日日曜日

ドラマ 御上先生 第1話〜第3話

TBS
TBS 脚本:詩森ろば 

第1話 2025年1月19日放送 

三角関数 ベクトル

文科省官僚の御上孝(みかみたかし)が,官僚派遣制度という左遷人事によって私立の進学校へ出向になりますが,現場から声をあげて権力に立ち向かい,内部から変革していこうとする話です.

授業で数学の問題を説明する場面ですが,板書の解答に少しミスがありました.

<大問4> a,bを実数とし,少なくともaとbのいずれか一方は0でないとする.θが0≦θ<πの範囲を動くとき, $((a\cosθ+b\sinθ)\cosθ-2a)^2+((a\cosθ+b\sinθ)\sinθ-2b)^2$の最小値を求めよ.
御上孝 「これ,最小値を求めよってなってるから,三角関数を使った方程式として解こうとする人が多い.(上の解答を映して)でもこれ,実は図形の問題なんだよね.図で描いてみればすぐに答えが出る.(下の別解を板書して)こう考えたとき,ひとつの図形が見えてくる.つまり最小になるのは,点Pと点Aが一致した時だと分かる.そこまで分かればこうやって簡単に解ける.ここで大切なのは,代数と幾何,つまり関数と図形という2つのジャンルが数学にある,という謎の思い込みを捨てることなんだよね.そうしないと解ける問題も逃してしまう.交互に学んでいくのは,関連し合っているからなんだ.という視点を忘れないように」

「与式はP((acosθ+bsinθ)cosθ, (acosθ+bsinθ)sinθ)とQ(2a,2b)の距離とみることができる」とありますが,正確には「距離の2乗」ですね.また,図に点Qと点Rの記載がありませんが,Rは単位円周上の点(cosθ, sinθ)なのでしょう.

点Pがどこにあるのか知るために,$\overrightarrow{OP}$を次式で表していますが,板書では3行目の最後に$\overrightarrow{OR}$が抜けています.∠AORを$\alpha$としましょう.$$\begin{eqnarray}\overrightarrow{OP}&=&((a\cosθ+b\sinθ)\cosθ, (a\cosθ+b\sinθ)\sinθ)\\&=&(a\cosθ+b\sinθ)
\left( \begin{array}{c}
\cosθ \\
\sinθ \\
\end{array}
\right) \\&=&
\left(\overrightarrow{OA} \cdot \overrightarrow{OR}\right) \ \overrightarrow{OR} \\&=& \left(\vert\overrightarrow{OA}\vert\cos\alpha \right)\overrightarrow{OR}
\end{eqnarray}$$


最後の式は,$\overrightarrow{OR}$ と同じ向きで長さが$\vert\overrightarrow{OA}\vert\cos\alpha$なので,$\vec{OA}$から$\vec{OR}$の上への正射影になっています.つまり,点PはORの延長上で∠APOが90°になるところにあります.すなわち,点PはOAを直径とする円周上を動くので,$PQ^2$が「最小になるのは,点Pと点Aが一致した時」だと分かります.

というわけで,この問題を図形の問題として捉えるのは,点Pがどこにあるかが理解できないと難しいですね.主演の松坂桃李が「代数と幾何,つまり関数と図形」と言ったとき,思わず「中トロ寄りの大トロ,大トロ寄りの中トロ」というCMを思い出してしまいました(笑).

2025/02/09追記

たまたまYouTubeで監修者の動画を見つけました.第1話の板書で「距離の2乗」が「距離」になっていたのは監修者のミス,$\overrightarrow{OR}$ が抜けていたのは撮影現場の転記ミスだったようです.

監修者の解答

 

2025/01/27追記

第2話 2025年1月26日放送

微分積分学の基本定理

第1話に続いて第2話でも授業場面に,数学の問題の解説と解答が登場しました.問題は,「演習109 (3) この方程式を満たす定数Cの値を求めよ」 だと思われます.残念ながら,ここにもひとつミスがありました.1行目の 「$+C$」 の前に 「$dt$」 が抜けています.

決して粗探しをしているわけではないのですが,数式を見ると正しいかどうか確認したくなるんですよね.宮島未奈の小説「成瀬は天下を取りにいく」主人公の成瀬あかりが「大きい数を見ると素因数分解したくなるんだ」 と言っていたのと同じような感じですね(笑)

気になったので,第1話の後半に少しだけ出てきた,小島よしおが講師役の授業の板書を見てみたら,またひとつミスを見つけてしまいました.軌跡は 「図の実線部分」 で正しいのですが,$y=x^2$のグラフは定義域が -1≦x≦1 なので値域は 0≦y≦1 でないといけませんね.

たぶん,監修の人がいるはずなので,数式を提供した人が撮影のときに実際に映る数式を再度確認してほしいですね.こんな視聴者もいるのですから…(笑)

 

2025/02/07追記

第3話  2025年2月2日放送

微分

今回も映った板書に問題がなく,解答のみでした.

問題を推測すると,次のようになるのではないかと思います.

[問題] $a>0$とする.$f(x)=x^3-3a^2x$ について
(1) $y=f(x)$がx≧1で単調増加となる条件を求めよ.
(2) 次の2つの条件を満たすとき,a, bのとりうる値の範囲を求めよ.
     <条件1> $f(x)=b$ が異なる3つの実数解を持つ
     <条件2> その解を小さい方からα,β,γとするとき,1<βとなる

板書の(2)の後半は,かなり説明不足ですね.(2)の分かり易い解答を試みてみます.

[(2)の解答]

<条件1>
   $-2a^3<b<2a^3$ …① であればよい

<条件2>
       $1<β$ となるには
   $b<f(1)$ つまり $b<1-3a^2$ …②

ところで $-a<\beta<a$ であることから $1<β$ となるには $1<a$ …③ でなければいけないので
       $-a<1<a$
       $f(a)<f(1)<f(-a)$
       $-2a^3<1-3a^2<2a^3$ …④

求める範囲は ③ かつ 「④のときの①②の共通部分」より

       $1<a$ かつ $-2a^3<b<1-3a^2$

ドラマにはありませんでしたが,御上先生がこの問題を解説するならどのようにするのか気になるところです.

2025年1月28日火曜日

小説 スピノザの診察室

夏川草介 2023年 水鈴社

幾何学 三角形 内角

妹が若くして亡くなり,残された甥の龍之介を育てながら町中の病院で終末医療に取り組む優秀な内科医雄町哲郎の話です.
哲郎は軽く額に指を当てた。
「どんなに意志が強い人でも、幾何学平面上の三角形の内角の和を、200度にすることはできない」
突拍子もない話に龍之介は目を丸くする。(P216)
ユーックリッド幾何,すなわち常識的な空間の幾何学では三角形の内角の和は180°と決まっているので,「どんなに意志が強い人でも」 200°にすることはできませんが,非ユーックリッド幾何学のひとつである球面幾何学では,三角形の内角の和は180°より大きくなります.例えば球面三角形の3頂点が,地球の赤道上で$\frac{1}{4}$周離れた2点と北極点だとすれば,角A=B=C=90°になるので内角の和は270°になります.


半径を$r$とすれば球面全体の面積は$4\pi r^2$なので,それに$\frac{90}{360}=\frac{1}{4}$を掛けると,スイカを食べた後の皮の形(球面二角形とか球面月形とかいいます)

の面積は$\pi r^2$になり,さらにこれの真ん中を切ると球面三角形になって,その面積は$\frac{1}{2}\pi r^2$になります.

この方法で内角の和が200°の球面三角形の面積を求めてみましょう.上の球面三角形で角A=20°とすれば内角の和が200°になりますから,その面積Sは次のようになります.$$S=4\pi r^2\times\frac{20}{360}\times\frac{1}{2}=\frac{1}{9}\pi r^2$$

実はこの方法で次の球面三角形の面積を求める公式を導くことができます (角度の単位はラジアン).$$S=( A+B+C-\pi ) r^2$$内角の和が$200°=\frac{10}{9}\pi$ (rad) の場合,この公式では次の値になります.確かに上の計算結果と一致しますね.$$S=\left( \frac{10}{9}\pi-\pi \right) r^2=\frac{1}{9}\pi r^2$$

2025年1月19日日曜日

小説 探偵の探偵

松岡圭祐 2014年 講談社

正多面体 確率

ストーカーとそれに協力した悪徳探偵のために命を落としてしまった妹のために,探偵の探偵を目指す主人公の紗崎玲奈が,探偵学校「スマPIスクール」経営責任者の須磨康臣から講義を聞く場面です.
正多面体といえば無限に存在するように思えるが、実際には四面体、六面体、八面体、十二面体、二十面体の五つしかない。これ以上には存在しないことも証明されている。探偵業も同じだ。際限なく可能性があると考えられる場合でも、きっと絞り込める」 (P26)


正多面体が5つしかないことの証明は,漫画「はじめアルゴリズム」で紹介しましたのでそちらを読んでください.もうひとつ,玲奈が悪徳「藪沼探偵事務所」のペテンを暴く場面です.

「別れさせ屋を謳ってるけど業務の実態はない。工作員なんてひとりもいない。依頼を受けて二、三ヵ月後に工作完了の連絡を寄こし、請求書を送りつけるだけ。どうせカップルが別れるかどうかなんて五分五分だし」
「あいにくだな。いまお客さんにも説明してたとこだ。うちは依頼料の十万円に対し、工作が不成功に終わったら十五万円をかえす契約でね。健全そのものなんだ」 (P216)
玲奈は女性客に目を向けた。「お名前は?」
女性客がびくつきながら応じた。「希美」
「希美さん。男女がほっといても自然に別れる確率は二分の一。あなたのほか、別の人からも藪沼に依頼があったとして、両方のカップルとも別れる確率は四分の一。藪沼は二十万の儲けになる。どちらか一方だけでも別れれば、藪沼は五万円の儲け。損をするのは両方別れなかった場合のみ、十万のマイナスになるけど、確率は四分の一。藪沼は二分の一どころじゃなく、四分の三の確率で利益を出してる。なにもせずに」 (P217)
「男女がほっといても自然に別れる確率は二分の一」 という前提が正しいのかどうか議論の余地はありそうですね.期間にしても1か月以内なのか,1年以内なのかでも大きく結果が異なりそうです.

とりあえず「別れる確率は二分の一」 と仮定した場合,2組のうち別れさせるのに成功した場合を〇,失敗した場合を×とすると,その確率と利益は次のようになります.
   〇〇        1/4    10+10=20万円
   〇×または×〇  2/4=1/2     10+10-15=5万円
   ××       1/4    10+10-15-15=-10万円
なので,1/4の確率で利益は20万円,1/2の確率で利益は5万円となり,確かに「四分の三の確率で利益を出してる」ことになります.このときの期待値(1組当たりの利益の平均)は,(利益)×(その確率)の総和になるので,20×1/4+5×1/2+(-10)×1/4=5万円になります.

1組の場合の期待値は,10×1/2+(10-15)×1/2=2.5万円なので,$n$組の場合だと$2.5n$万円になるでしょうか.検証してみましょう.まずその準備として$_nC_r=\binom{n}{r}$と書くと,次の2式が成り立つことを確認しましょう.$$\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}=2^n \tag{1}$$$$\sum_{r=0}^n r\binom{n}{r}=n2^{n-1} \tag{2}$$

等式(1)は$(1+x)^n=\sum_{r=0}^n\binom{n}{r} x^r$に$x=1$を代入すると求まります.等式(2)は(1)を$x$で微分して同じことをすると求まります.よって,期待値は次のように求められます.\begin{eqnarray}\displaystyle\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}\left(\frac{1}{2}\right)^n (10n-15r) &=& \frac{1}{2^n}\displaystyle\{10n\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}-15\sum_{r=0}^{n} r \binom{n}{r}\} \\&=& \frac{1}{2^n}\displaystyle\{10n\cdot2^n-15\cdot n2^{n-1}\}\\&=& 10n-\frac{15}{2}n\\&=&\frac{5}{2}n\end{eqnarray}ということで,$n$組の場合の期待値は$2.5n$万円になることが分かりました.

2025年1月9日木曜日

小説 葉桜の季節に君を想うということ

歌野晶午(うたのしょうご) 2017年 文春文庫

利息 年利

元私立探偵の成瀬将虎が,悪質な霊感商法業者の保険金詐欺について調査を依頼され奮闘する話です.高額な布団や健康食品を売りつける悪徳商法に騙された節子の借金が膨大になっていく様子を語る場面です.

トイチとは、融資の条件が十日で一割の利息ということである。百万円を借りると、十日後に返済するにしても百十万円。年利に換算すると三〇〇パーセント超。法定金利の上限は約四〇パーセントである。

このような超高利貸しを利用すれば結果は目に見えている。利子さえ払えず、借金はみるみる膨らみ、ますます返済が難しくなる。すると、別の金融業者から金を借りてくることで、最初の金融業者への借金を見かけ上返済するよう強要される。この新しい金融業者が輪をかけての悪徳で、トイチならぬ、トニ、トサンで貸し付ける。十日で二割、三割の利息を取るのだ。節子が一千万単位の借金を背負うのにそう時間はかからなかった。

トイチを「年利に換算すると三〇〇パーセント超」とありますが,10日で1割の利息なので365日なら,
 ●単利の場合,年利は0.1×36.5=3.65=365%
 ●10日ごとの複利の場合,1.1倍の36.5乗は32.42倍になって年利は31.42=3142%
なので,ここでは単利の方の年利のことを言っていると思われます.

金利の上限は法律で決まっていて,元金が10万円未満の場合,2000(H12)年までは40%,それから2010(H22)年までは29%,それ以降は20%になっています.ここでは「約四〇パーセントである」とありますが,この小説の初版発行が2003年なので,執筆中はまだ2000年までの情報(40%)だったのではないかと思われます.どちらにしろ,トイチの金利は法定上限金利を大幅に上回っていますから,公序良俗違反として無効になるそうです.

法律上,借金の元利合計が期日までに返済できないと,遅延損害金も追加されます.その計算式は次式になりますが,

(返済期日の元利合計)×(遅延損害金の利率)×(遅れた日数)÷ 365日

法定上限金利を守らないような悪徳金融業者が,法を守れといって遅延損害金まで請求するなんてことはしないと思われます.

ではその前提で「節子が一千万単位の借金を背負う」のにかかった時間を推測してみましょう.仮に100万円借りたとします.単利のトイチで1年後返済の契約で借りると,

100万×3.65=365万

「最初の金融業者への借金を見かけ上返済する」 ため,「輪をかけて悪徳な新しい金融業者」からトニで365万円を1年借りると

365万×3.65×2=2664.5万

1000万を超えるのはこの間なので,期間4か月と5か月を計算すれば,

365万×3.65×2×4/12≒888万  
365万×3.65×2×5/12≒1110万

となりますから,1年半立たずして100万円の借金が1000万円を超えるということになります.

これをもし10日ごとの複利で計算したら,

1.1倍の24乗で約9.8倍  
1.1倍の25乗で約10.8倍

つまり1年目の250日までに10倍の1000万円を超えてしまいます.恐ろしいですね.

単利(青)と複利(緑)増え方の違い

[参考]

出資法及び利息制限法が許容する上限金利の推移

遅延損害金とは?

2024年12月27日金曜日

小説 成瀬は信じた道をいく

宮島未奈 2024年 新潮社

線形代数学 ケイリー・ハミルトンの定理

「成瀬は天下を取りにいく」の続編です.「大きい数を見ると素因数分解したくなる」主人公の成瀬あかりが大学生になって勉強の大切さを語ります.
「そもそも今は大学生なのだから、勉強に打ち込んだらいいのではないか?  わたしは最近、線形代数学の授業でケイリー・ハミルトンの定理を習って感銘を受けた」
成瀬が華麗な正論を打ち返してきた。
P137

参拝を済ませたあとはのんびり歩いて湖岸に出た。冷たく張り詰めた空気の下、青い湖面が光っている。今年もいい年になりそうだ。
「2026は2×1013だな」
「1013って素数なんだ」
P199
線形代数学は,大学の教養科目として必修のところが多いですね.基本としては行列,ベクトルを扱いますが,発展して線形空間の話になると難しくなってきます.過去には高校数学に行列があったりなかったりしたので,なかった時代に高校生だった人は行列を知らない人が多いことと思います.

「習って感銘を受けた」とありますが,京大ぐらいのレベルだと「習って」ではなく,「(自分で)学んで感銘を受けた」のではないでしょうか.私もテーラーの定理を初めて知ったときに感銘を受けたのを思い出しました.

さて,ケイリー・ハミルトンの定理は,「正方行列$A$の固有多項式 $\mathrm{ det }(A-\lambda I)$ の$\lambda$を$A$に変えた式は零行列になる」という定理なんですが,この表現ではちょっと難しいので,最も簡単な2行2列の行列$A=\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}$を用いて言い換えると,次の式が成り立つことと同じ意味になります.

$A^2-(a+d)A+(ad-bc)I=O \tag{1}$

$I$は単位行列$\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}$,$O$は零行列$\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}$

例えば,$A=\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}$として計算すると,確かに式 (1) が成り立つことが分かります.$$A^2-5A-2I=\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix} ^{2}-5\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}-2\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}=O$$$$A^2-5A-2I=O \tag{1'}$$これがわかると何がいいのかというと,$$A^2=5A+2I$$となるので,$A^2$をまともに掛け算せずに足し算で求められ,次数を下げることができるので,そこからさらに$A^3$, $A^4$…と楽に計算できるからです.

では$A^n$の計算ができると何がいいのかというと,例えばn元連立一次方程式を解くことや,ある現象が1年後に$A$を掛けた状態になるときにn年後の状態を求めることができるからです.行列のn乗をまともにn回掛けずに求める方法は他にもいくつかありますが,それが線形代学の基本といってもいいかも知れません.

[参考]

2024年12月1日日曜日

小説 JK Ⅱ

松岡圭祐 2022年 KADOKAWA

数学 物理 運動エネルギー

K-POPダンスのユーチューバー江崎瑛里華こと有坂紗奈が,悪行三昧のヤクザたちに容赦なく復讐をしていくという話です.

紗奈は満身の力をこめ、ブラックジャックを廣畠の前で振った。数学と物理はもともと得意だった。時速約百七十キロのヘッドスピードで振ることで、靴下の先端の穴から飛びだす小銭は、二百ジュール前後のエネルギーを有する。すなわち拳銃の弾丸に匹敵する威力と化す。

小銭は一瞬にして散弾のように、廣畠の全身に深々と刺さった。うち数枚は額と首筋を貫いていた。唖然とした面持ちの廣畠は、目を剥いたまま後方に倒れていき、仰向けに横たわった。
ブラックジャックは武器の一種で,靴下のような円筒形の革や布の袋に小銭や砂などを詰めて殴打するために使うものです.外傷が目立ちにくく,打撃音が小さく,事後処理も容易なので,推理小説でよく凶器に使われているそうです.

この場合は小銭が「靴下の先端の穴から飛びだ」しているので,殴打したのではなく,振ることで小銭を弾丸のように飛ばしているようです.はじめに穴が空いていたら回転と同時に中身が飛び出してしまうはずですから,強く回転させて高速で飛ばすことや,さらに標的に命中させることなど至難の業ではないでしょうか.

「数学と物理はもともと得意だった」ので時速170キロとエネルギー200ジュールという値がすぐに出たのでしょうか.数学というより物理の話ですね.検証してみましょう.

運動する物体の質量を$m$ [kg],速度を$v$ [m/s]とすると,その運動エネルギー$K$ [J] は次式 $(1)$ になります.つまり,この速さでこのエネルギーを出すにはある重量が必要ということになります.$$K=\frac{1}{2}mv^2 \tag{1}$$ここで両辺の単位の確認です.左辺の $K$ の単位の J(ジュール)は J=N・m で,N(ニュートン)は kg・m/sなので,J=N・m=kg・m2/sになります.一方,右辺は kg と (m/s)を掛けて kg・m2/sになります.確かに左辺と右辺の単位は一致していますね.

では計算してみましょう.まず$v$を時速 [km/h] から秒速 [m/s] に変換します.$$v=\frac{170 \times 1000}{60 \times 60}=\frac{425}{9}$$$v=\frac{425}{9}$ [m/s],$K=200$ [J] を式 $(1)$ に代入して質量$m$を求めてみましょう.$$200=\frac{1}{2}m \left( \frac{425}{9} \right)^2$$これを解くと次の値になります.$$m=\frac{200\times2\times9^2}{425^2}=\frac{1296}{7225}=0.179377\cdot\cdot\cdot$$すなわち質量は約180gということになります.これは,1枚1gの1円玉なら180枚,1枚4.5gの10円玉なら40枚,1枚4gの50円玉なら45枚,1枚4.8gの100円玉なら37.5枚,1枚7gの500円玉なら25.7枚になります.咄嗟にこの武器を作ったとして,こんなに多くの小銭を日常持ち歩いていたとは思えませんね.因みに,適当に小銭180gを測ってみたらこれぐらいでした(笑).