
神永 学 2011年 KADOKAWA
確率 ゲーム理論 ベイズ推定
警視庁の特殊取調対策班に所属することになった新米刑事新妻友紀(にいづまともき)とオブザーバーの数学者御子柴岳人(みこしばがくと)が数学を駆使して事件を解決していくという話です.
「現在の警察のDNA鑑定で、別人のDNAが一致する確率を知っているか?」「いえ」「四兆七千億分の一だ」 (P149)
「島田の所持していた下着は、四兆七千億分の一の確率で被害者のものだ。これは絶対に変わらない」 (P245)
この後半の「四兆七千億分の一の確率で被害者のものだ」という文章はおかしいですね. 被害者のものである確率が非常に低い,すなわち被害者のものではないという意味にとれます.
実際は 「被害者のDNA型と一致する別人がいる確率が四兆七千億分の一」なので,「下着から採取したDNA型と被害者のDNA型が一致した」 すなわち「下着はほぼ100%の確率で被害者のものだ」とするべきでしょう.
ところで,別人のDNA型の一致確率が「四兆七千億分の一」というのは,誰にでも当てはまる値と誤解しそうですが,実は個人によって違いがあるので,一致確率は「高くても四兆七千億分の一」という意味になります.
DNAを構成する遺伝子座には,4種類の塩基(アデニンA,チミンT,グアニンG,シトシンC)が並んでいて,その配列の繰り返し数は個別に違いがあります.
採取したDNAの染色体上にある遺伝子座のうち特定の16個について,それと同じ塩基配列になる確率をすべて掛け合わせると,すべて一致する確率が得られ,約4兆7千億分の1になります.
<検証>
遺伝子座16個の場合.16乗して4兆7千億分の1になる値は,$$ \sqrt[16] {\frac{1}{4.7 \times 10^{12}}}=\left( \frac{1}{4.7 \times 10^{12}} \right)^\frac{1}{16}=0.161433....$$なので,ひとつの遺伝子座の塩基配列が一致する確率の平均は約0.161433となります.実際は遺伝子座によって一致確率は異なりますが,だいたい0.1から0.2の間ぐらいなので,平均値がこの値に近いのもうなずけますね.
2019年,警察庁は新たな検査試薬を導入し,23個の遺伝子座を調べることで,同じDNA型の出現頻度が「565京人に1人」となり,より精密な個人識別が可能になると発表しました.
<検証>
遺伝子座23個の場合.23乗して575京分の1になる値は,$$\sqrt[23] {\frac{1}{575 \times 10^{16}}}=\left( \frac{1}{575 \times 10^{16}} \right)^\frac{1}{23}=0.152884....$$というわけで,この場合もひとつの遺伝子座の塩基配列が一致する確率の平均は似たような値になりました.
この小説の出版が2011年なので,もし2019年以降だったら,「4兆7千億分の1」が「575京分の1」になっていたことでしょう.
(注) 1億$=10^8$ 1兆$=10^{12}$ 1京$=10^{16}$
[参考]
DNA型鑑定 | 千葉大学附属法医学教育研究センター
検査遺伝子数と精度のはなし