日本SF作家クラブ編 2024年 早川書房
Rose Malade, Perle Malade
新城カズマ
中国前漢の時代(紀元前200頃),淮南(わいなん)王の劉安(りゅうあん)による思想書「淮南子(えなんじ)」編纂の物語です.
(賢者のひとりである) 左呉の答えて曰く、幼き日に親しくしたる商人より聞き及ぶに身毒と波斯の更に西、埃及(えじぷと)なる大国あり。その地には夏至の日に陽光がその底まで達するという珍しき井戸あり、 一方その井戸より正確に真北にあたる井戸を同日正午に測れば日差しは僅かに傾くあるを見出したり。即ち我らも南北二つの井戸を観察せば、陽の角度を以て大地の丸みと大きさを算出し得んと。
(中略) 「うむ 、一理あるな」 と劉安も応えて早速必要な観察の手配をした。
ほどなく結果がもたらされた。夏至の正午に陽光が真っ直ぐ底まで届く井戸が南越国に見出され、その真北に当たる井戸に射す陽の傾き具合が一千里先まで調べられた。賢者たちは算棒と算珠をあやつり、天下の大きさを求めた。天下は球体でありその半径がおよそ一万五千九百四十五里、後に謂う六千三百七十八キロメートルであると知れた。劉安は大きくうなずいた。(P17)
左呉が「商人より聞き及」んだのは,古代エジプトの学者エラトステネスが,シエネという街で夏至の日に太陽光が井戸の底まで届くことを知り,アレキサンドリアで夏至の太陽南中時に鉛直に立てた棒とその影が作る角度を測って,2点間の距離から地球の周長を計算したという話のことです.
エラトステネスは,約900km離れた2点で計測した角度7.2°が360°の1/50であることから,周長を約900km×50 ≒45000kmと算出しています.下に述べる地球の公称半径から計算すると,その周長は約40000kmなので,当時としてはかなり正確だったといえます.
この小説での値を見てみましょう.国際天文学連合(IAU)による地球の公称赤道半径は6378km,極半径は6357kmなので,地球の半径が「6378kmであると知れた」というのは,いくらフィクションとはいえこの時代にしては正確すぎますね.地球の半径の実質的な最初の測定値は10世紀アラビアの天文学者ビールーニーの6340kmで,その後さらに精度が上がって現在の値になっています.