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2025年3月17日月曜日

小説 22歳の扉

青羽悠 2024年 集英社

複素力学系 フラクタル カオス

京都の大学の理学部に入学した田辺朔(たなべさく)が,いくつかのサークルが集まる旧文学部棟の地下で営業している学内バーのマスターを引き継ぐことになり,そこでいろいろな人と出会って成長していく学生生活を描いた話です.

僕が読んでいたのは複素力学系、とくにフラクタル幾何学と呼ばれる分野のものだった。ある時間の状態が、前の時間の状態からシンプルなルールに沿って決まる。では、そのルールを何度も反復させると、やがてどんな状態に辿り着くのか。その疑問が出発点の学問だった。 
結果は多様で、まるで予測できない結果(=カオス)を生むことも、結果が同じ構造を繰り返す(=フラクタル)こともあった。 同じ構造を何度も繰り返す。再帰的。その振る舞いはどこか奇妙で、僕はそこに興味を向け続けることができた。理解するためには他の知識も必要だったから、僕には自然とやるべきことが増えた。

複素力学系とは何でしょう.上の文中の 「ある時間の状態が、前の時間の状態からシンプルなルールに沿って決まる」 というのは 「数列の漸化式 xn+1=f(xn) または関数 y=f(x) に値を代入して次の値が決まる」 ことを意味し,そのルールで変化していく物事を数式を使ってモデル化する数学の分野を力学系といい,その対象が複素数なら複素力学系となります.

複素力学系では 「そのルールを何度も反復させると、やがてどんな状態に辿り着くのか」 を複素平面上で調べます.ある複素数 z0(初期値)を関数 w=f(z) に代入し,得られた値をまた同式に代入して次の値を得るということを繰り返していくと,初期値 z0f(z) の違いによって,ある値に近づいていったり (収束),無限に遠くへ離れていったり (発散),「同じ構造を繰り返す (フラクタル)」 や,「まるで予測できない結果( カオス)」 の状態になったりすることがあります.

その例として有名なものが f(z)=z2+C という関数です.これで繰り返し得られた (発散しない) 値を複素平面上で点をとっていくと,フラクタル図形で有名なマンデルブロ集合z0=0 と固定したときの C の集合)や,ジュリア集合C を固定したときの z0 の集合)になります.

マンデルブロ集合(左)と C=0.5+0.6i のときのジュリア集合(右)
WolframAlphaで作成
フラクタル図形とは,どんなに拡大・縮小しても同じ形が現れる(自己相似性の)図形のことで,これを研究するのが文中に出てきた 「フラクタル幾何学」 であり,この主人公が読んでいた分野になります.2次元,3次元,4次元の世界などというあの 「次元」 が非整数になるのが特徴で,この話は小説 「神様のパラドックス に出てきました.

因みに,整数が対象なら離散力学系といいますが,その例として小説 「夜中に犬に起こった奇妙な事件」 に生物の個体数についての話が出てきました.さらに実数が対象なら連続力学系といいますが,これは小説 「禁忌の子」 に出てきた死後直腸温変化の話が当てはまりそうです

[参考]

カオスとフラクタル
山口昌哉著 1986年 ブルーバックス

複素力学系入門
https://azisava.sakura.ne.jp/math/complex_dynamics.html

2025年3月13日木曜日

小説 禁忌の子

山口未桜 2024年 東京創元社

死亡推定時刻

主人公の救急医武田航(わたる)に瓜二つの身元不明の遺体が運び込まれたため,その死因や自分との関係を旧友で医師の城崎響介と一緒に調査をしていくという話.鍵を握る人物に会おうとした矢先,相手が密室内で死体となって発見された場面です.

(鑑識の)宗形が「直腸温を測りましょうか」と言いながら温度計をカバンから取り出した。
宗形「34.8度ですね。大体の予想とも合致してると思います」
武田「つまり、どういうことや」
城崎「直腸温を用いた死亡推定時刻の推定、っていうのは直腸温が元の37度から、1時間に0.8度下がるだろう、っていう理論がもとになっているんだ。国試でもやったでしょ」
武田「とすると、大体3時間前…………12時半頃やな」
城崎「前後にしっかり幅を持たせて、死亡推定時刻は11時半から午後1時半の間、というところでどうでしょうか?」
宗形「おっしゃる通りです」

この計算では「1時間に0.8度下がるだろう、っていう理論」なので,体温は死後経過時間tの一次関数 T=370.8t になっています.すると T=34.8 のとき t=2.75 になるので「大体3時間前」と予想しているわけです.

これがニュートンの冷却法則に従うなら,死後の体温Tは室温との差に比例して室温に近づいていきます.この場合,死後経過時間をtとし,その時の体温をT,室温を25°と仮定し,比例定数をkとすると,次の微分方程式が成り立ちます.dTdt=k(T25)変数分離してこれを解くと1T25dT=kdtln(T25)=kt+C1T25=eC1ektT=25+Cektここで t=0 のときT=37 ですから,37=25+Cより C=12 になり,最初の5時間で0.8×5=4度下がるとすれば,t=5 のとき,T=374=33 となるので,33=25+12e5ke5k=23k=ln(23)5=0.081......よって式(1)はこうなります.T=25+12e0.081tこのグラフはTが減少していく指数関数となり,下の赤いグラフになります. 青色のグラフは一次関数 T=370.8t です.34.8°のとき,点Aは(2.50, 34.8),点Bは(2.75, 34.8)なので,誤差はまだ小さいですが,時間がたつに連れて大きくなるので,現実的ではありませんね.


さて,「法医学は考える: 事件の真相を求めて」(赤石 英 著 1967年),法医学」(若杉長英 著 金芳堂 1983年)などによると,直腸温降下曲線は下図のような逆S字型になるそうです.通常の直腸温は,腋で測るよりやや高く37.2°ぐらいなので,そこからこのように下がっていきます.
法医学」若杉長英著より
死亡直後では体内の熱産生が未だ完全に停止していないためその低下は緩徐であるが,次第に急激となり,外界温度に近づくに従って,再び緩徐となり,直腸内温度の下降曲線は逆S字状を呈する.(法医学」P13)
S字型のグラフといえばロジスティック関数が有名です.基本的なロジスティック関数はこの式になります.T=11+et
これを,室温をやはり25°と仮定し,左右反転・拡大縮小・平行移動させるために,T=25+L1+ek(tp)という形にして,定数L, k, pを調節し,上の下降曲線を近似してみました.この場合,点Aは(3.85, 34.8),点Bは(3, 34.8)になります.T=25+13.51+e0.33(t6.8)

室温以外にも多くの条件によって違いが出て来ますが,これが事実に近い直腸温度変化だとしても,一次関数で近似して上の台詞のように「前後にしっかり幅を持たせて」(この場合は前後1時間の幅を考えて)推定すればそう問題はないのでしょうね.

[参考]

法医学
若杉長英 (著) 金芳堂 1983年

法医学は考える: 事件の真相を求めて
赤石 英 (著) 講談社現代新書 1967年

ロジスティック関数とは?
https://freshrimpsushi.github.io/jp/posts/1775/





2025年3月5日水曜日

漫画 はじめアルゴリズム 3巻 #21 数学少女・剛田ハチ

三原和人 2018年 講談社

極方程式 媒介変数表示

小学5年生の関口ハジメが天才的な数学の才能を持つことを,老数学者の内田豊に見いだされ,成長していくという話です.数学検定を受けたときにハジメから借りたコンパスをわざわざ家まで返しに来た剛田ハチへのお礼に,キーホルダーと同じ形のグラフを表す式をプレゼントする場面です.

ハジメ「これやってみて」
ハチ    「? グラフ問題 ……」
      「あ これ… 私のキーホルダーの…… すごい…」
ハジメ「コンパス持ってきてくれたお礼!」


3つの式がセットでひとつのグラフの方程式だと誤解しそうですが,1行目は極方程式で,2行目と3行目がセットで媒介変数表示なので,どちらか一方だけで同じグラフを表します.

極方程式は,動径がx軸となす角をθとするときの原点からの距離rをθの関数で表します.例えば,原点中心で半径1の円は原点からの距離rが常に1なので,デカルト方程式(xy方程式)では x2+y2=1,極方程式では r=1 になります.

上式の場合は,a=4なので r=sin4θ,すなわち原点からの距離rが sin4θ(周期π2)になります.これは,θが0から2πまで増加(動径が1回転)する間に0→1→0→−1→0の間の値(花びら2枚分)を4回繰り返しますから,y=sinx と r=sinθ のグラフは次のようになります.

y=sin4x

r=sin4θ

Geogebraで作成したので,角度を変えながらゆっくり見たい人はこちらを見てください.

一方,媒介変数表示は,xy平面上の点の座標を他の変数の関数で表したものです.例えば,x=t, y=t2なら,点(t,t2)の軌跡になるので,y=x2になります.上式の場合は,点 (sin4θcosθ,sin4θsinθ) の軌跡になり,上と同じグラフになります.

因みに,剛田ハチの持っていたキーホルダーはこれでした.


2025年2月18日火曜日

ドラマ 御上先生 第4~5話

第4話 2025/02/09放送

数列

今回の数学の授業の場面では,問題も解答も板書にありました.間違いではないのですが,(2)の1行目の log2(ak) には(  )がついていて,2行目の log2an には(  )がついていません.この場合,( )はなくていいですね.

小問(1)(2)(3)とだんだん難易度が上がるのがよくあるパターンなのですが,(1)(2)に比べて(3)が少し易しいように感じました.毎回単元が変わるので,入試問題の演習をしているという設定なのでしょう.

 

2025/02/18追記

第5話 2025/02/16放送

72の法則

高校生ビジネスプロジェクトコンクールでの生徒たちのプレゼンの中に,72の法則が登場しました.

「これにかかる年月はなんと576年.定期預金で実直に暮らしていく道も,72の法則によって,こうして絶たれたのです」


台詞にはありませんが,100万円を年利率0.125%の複利で200万円に増やすには,576年かかることをいっています.72の法則が悪者のように聞こえますが,これはただの便利な計算方法であって,72を年利率で割れば約何年で元金が2倍になるかが簡単に分かるという法則です.実際,72÷0.125=576になります.

正確には複利計算になるので,年利率r(%)でn(年)預けて元金A(円)が2倍の2A(円)になったとして次の方程式を解きます(lnは自然対数logeを意味します).

2A=A(1+r100)nln2=nln(1+r100)n=ln2ln(1+r100)

これにr=0.125を代入すると,n=554.864......となり,実際は約555年かかるということが分かります.なので,72の法則によってだいたいの年数は出せますが,正確な値を求めるためにはこの方程式を解くことになります.

因みに,このような倍加時間(または倍増時間)を英語で doubling time というのに対し,半減期は half life といいます.Half time という場合もありますが,スポーツの試合の前後半の間の意味で使うことが多いので,ちょっと紛らわしいですね.

2025年2月9日日曜日

ドラマ 御上先生 第1話〜第3話

TBS
TBS 脚本:詩森ろば 

第1話 2025年1月19日放送 

三角関数 ベクトル

文科省官僚の御上孝(みかみたかし)が,官僚派遣制度という左遷人事によって私立の進学校へ出向になりますが,現場から声をあげて権力に立ち向かい,内部から変革していこうとする話です.

授業で数学の問題を説明する場面ですが,板書の解答に少しミスがありました.

<大問4> a,bを実数とし,少なくともaとbのいずれか一方は0でないとする.θが0≦θ<πの範囲を動くとき, ((a\cosθ+b\sinθ)\cosθ-2a)^2+((a\cosθ+b\sinθ)\sinθ-2b)^2の最小値を求めよ.
御上孝 「これ,最小値を求めよってなってるから,三角関数を使った方程式として解こうとする人が多い.(上の解答を映して)でもこれ,実は図形の問題なんだよね.図で描いてみればすぐに答えが出る.(下の別解を板書して)こう考えたとき,ひとつの図形が見えてくる.つまり最小になるのは,点Pと点Aが一致した時だと分かる.そこまで分かればこうやって簡単に解ける.ここで大切なのは,代数と幾何,つまり関数と図形という2つのジャンルが数学にある,という謎の思い込みを捨てることなんだよね.そうしないと解ける問題も逃してしまう.交互に学んでいくのは,関連し合っているからなんだ.という視点を忘れないように」

「与式はP((acosθ+bsinθ)cosθ, (acosθ+bsinθ)sinθ)とQ(2a,2b)の距離とみることができる」とありますが,正確には「距離の2乗」ですね.また,図に点Qと点Rの記載がありませんが,Rは単位円周上の点(cosθ, sinθ)なのでしょう.

点Pがどこにあるのか知るために,\overrightarrow{OP}を次式で表していますが,板書では3行目の最後に\overrightarrow{OR}が抜けています.∠AORを\alphaとしましょう.\begin{eqnarray}\overrightarrow{OP}&=&((a\cosθ+b\sinθ)\cosθ, (a\cosθ+b\sinθ)\sinθ)\\&=&(a\cosθ+b\sinθ) \left( \begin{array}{c} \cosθ \\ \sinθ \\ \end{array} \right) \\&=& \left(\overrightarrow{OA} \cdot \overrightarrow{OR}\right) \ \overrightarrow{OR} \\&=& \left(\vert\overrightarrow{OA}\vert\cos\alpha \right)\overrightarrow{OR} \end{eqnarray}


最後の式は,\overrightarrow{OR} と同じ向きで長さが\vert\overrightarrow{OA}\vert\cos\alphaなので,\vec{OA}から\vec{OR}の上への正射影になっています.つまり,点PはORの延長上で∠APOが90°になるところにあります.すなわち,点PはOAを直径とする円周上を動くので,PQ^2が「最小になるのは,点Pと点Aが一致した時」だと分かります.

というわけで,この問題を図形の問題として捉えるのは,点Pがどこにあるかが理解できないと難しいですね.主演の松坂桃李が「代数と幾何,つまり関数と図形」と言ったとき,思わず「中トロ寄りの大トロ,大トロ寄りの中トロ」というCMを思い出してしまいました(笑).

2025/02/09追記

たまたまYouTubeで監修者の動画を見つけました.第1話の板書で「距離の2乗」が「距離」になっていたのは監修者のミス,\overrightarrow{OR} が抜けていたは撮影現場の転記ミスだったようです.

監修者の解答

 

2025/01/27追記

第2話 2025年1月26日放送

微分積分学の基本定理

第1話に続いて第2話でも授業場面に,数学の問題の解説と解答が登場しました.問題は,「演習109 (3) この方程式を満たす定数Cの値を求めよ」 だと思われます.残念ながら,ここにもひとつミスがありました.1行目の 「+C」 の前に 「dt」 が抜けています.

決して粗探しをしているわけではないのですが,数式を見ると正しいかどうか確認したくなるんですよね.宮島未奈の小説「成瀬は天下を取りにいく」主人公の成瀬あかりが「大きい数を見ると素因数分解したくなるんだ」 と言っていたのと同じような感じですね(笑)

気になったので,第1話の後半に少しだけ出てきた,小島よしおが講師役の授業の板書を見てみたら,またひとつミスを見つけてしまいました.軌跡は 「図の実線部分」 で正しいのですが,y=x^2のグラフは定義域が -1≦x≦1 なので値域は 0≦y≦1 でないといけませんね.

たぶん,監修の人がいるはずなので,数式を提供した人が撮影のときに実際に映る数式を再度確認してほしいですね.こんな視聴者もいるのですから…(笑)

 

2025/02/07追記

第3話  2025年2月2日放送

微分

今回も映った板書に問題がなく,解答のみでした.

問題を推測すると,次のようになるのではないかと思います.

[問題] a>0とする.f(x)=x^3-3a^2x について
(1) y=f(x)がx≧1で単調増加となる条件を求めよ.
(2) 次の2つの条件を満たすとき,a, bのとりうる値の範囲を求めよ.
     <条件1> f(x)=b が異なる3つの実数解を持つ
     <条件2> その解を小さい方からα,β,γとするとき,1<βとなる

板書の(2)の後半は,かなり説明不足ですね.(2)の分かり易い解答を試みてみます.

[(2)の解答]

<条件1>
   -2a^3<b<2a^3 …① であればよい

<条件2>
       1<β となるには
   b<f(1) つまり b<1-3a^2 …②

ところで -a<\beta<a であることから 1<β となるには 1<a …③ でなければいけないので
       -a<1<a
       f(a)<f(1)<f(-a)
       -2a^3<1-3a^2<2a^3 …④

求める範囲は ③ かつ 「④のときの①②の共通部分」より

       1<a かつ -2a^3<b<1-3a^2

ドラマにはありませんでしたが,御上先生がこの問題を解説するならどのようにするのか気になるところです.

2025年1月28日火曜日

小説 スピノザの診察室

夏川草介 2023年 水鈴社

幾何学 三角形 内角

妹が若くして亡くなり,残された甥の龍之介を育てながら町中の病院で終末医療に取り組む優秀な内科医雄町哲郎の話です.
哲郎は軽く額に指を当てた。
「どんなに意志が強い人でも、幾何学平面上の三角形の内角の和を、200度にすることはできない」
突拍子もない話に龍之介は目を丸くする。(P216)
ユーックリッド幾何,すなわち常識的な空間の幾何学では三角形の内角の和は180°と決まっているので,「どんなに意志が強い人でも」 200°にすることはできませんが,非ユーックリッド幾何学のひとつである球面幾何学では,三角形の内角の和は180°より大きくなります.例えば球面三角形の3頂点が,地球の赤道上で\frac{1}{4}周離れた2点と北極点だとすれば,角A=B=C=90°になるので内角の和は270°になります.


半径をrとすれば球面全体の面積は4\pi r^2なので,それに\frac{90}{360}=\frac{1}{4}を掛けると,スイカを食べた後の皮の形(球面二角形とか球面月形とかいいます)

の面積は\pi r^2になり,さらにこれの真ん中を切ると球面三角形になって,その面積は\frac{1}{2}\pi r^2になります.

この方法で内角の和が200°の球面三角形の面積を求めてみましょう.上の球面三角形で角A=20°とすれば内角の和が200°になりますから,その面積Sは次のようになります.S=4\pi r^2\times\frac{20}{360}\times\frac{1}{2}=\frac{1}{9}\pi r^2

実はこの方法で次の球面三角形の面積を求める公式を導くことができます (角度の単位はラジアン).S=( A+B+C-\pi ) r^2内角の和が200°=\frac{10}{9}\pi (rad) の場合,この公式では次の値になります.確かに上の計算結果と一致しますね.S=\left( \frac{10}{9}\pi-\pi \right) r^2=\frac{1}{9}\pi r^2

2025年1月19日日曜日

小説 探偵の探偵

松岡圭祐 2014年 講談社

正多面体 確率

ストーカーとそれに協力した悪徳探偵のために命を落としてしまった妹のために,探偵の探偵を目指す主人公の紗崎玲奈が,探偵学校「スマPIスクール」経営責任者の須磨康臣から講義を聞く場面です.
正多面体といえば無限に存在するように思えるが、実際には四面体、六面体、八面体、十二面体、二十面体の五つしかない。これ以上には存在しないことも証明されている。探偵業も同じだ。際限なく可能性があると考えられる場合でも、きっと絞り込める」 (P26)


正多面体が5つしかないことの証明は,漫画「はじめアルゴリズム」で紹介しましたのでそちらを読んでください.もうひとつ,玲奈が悪徳「藪沼探偵事務所」のペテンを暴く場面です.

「別れさせ屋を謳ってるけど業務の実態はない。工作員なんてひとりもいない。依頼を受けて二、三ヵ月後に工作完了の連絡を寄こし、請求書を送りつけるだけ。どうせカップルが別れるかどうかなんて五分五分だし」
「あいにくだな。いまお客さんにも説明してたとこだ。うちは依頼料の十万円に対し、工作が不成功に終わったら十五万円をかえす契約でね。健全そのものなんだ」 (P216)
玲奈は女性客に目を向けた。「お名前は?」
女性客がびくつきながら応じた。「希美」
「希美さん。男女がほっといても自然に別れる確率は二分の一。あなたのほか、別の人からも藪沼に依頼があったとして、両方のカップルとも別れる確率は四分の一。藪沼は二十万の儲けになる。どちらか一方だけでも別れれば、藪沼は五万円の儲け。損をするのは両方別れなかった場合のみ、十万のマイナスになるけど、確率は四分の一。藪沼は二分の一どころじゃなく、四分の三の確率で利益を出してる。なにもせずに」 (P217)
「男女がほっといても自然に別れる確率は二分の一」 という前提が正しいのかどうか議論の余地はありそうですね.期間にしても1か月以内なのか,1年以内なのかでも大きく結果が異なりそうです.

とりあえず「別れる確率は二分の一」 と仮定した場合,2組のうち別れさせるのに成功した場合を〇,失敗した場合を×とすると,その確率と利益は次のようになります.
   〇〇        1/4    10+10=20万円
   〇×または×〇  2/4=1/2     10+10-15=5万円
   ××       1/4    10+10-15-15=-10万円
なので,1/4の確率で利益は20万円,1/2の確率で利益は5万円となり,確かに「四分の三の確率で利益を出してる」ことになります.このときの期待値(1組当たりの利益の平均)は,(利益)×(その確率)の総和になるので,20×1/4+5×1/2+(-10)×1/4=5万円になります.

1組の場合の期待値は,10×1/2+(10-15)×1/2=2.5万円なので,n組の場合だと2.5n万円になるでしょうか.検証してみましょう.まずその準備として_nC_r=\binom{n}{r}と書くと,次の2式が成り立つことを確認しましょう.\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}=2^n \tag{1}\sum_{r=0}^n r\binom{n}{r}=n2^{n-1} \tag{2}

等式(1)は(1+x)^n=\sum_{r=0}^n\binom{n}{r} x^rx=1を代入すると求まります.等式(2)は(1)をxで微分して同じことをすると求まります.よって,期待値は次のように求められます.\begin{eqnarray}\displaystyle\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}\left(\frac{1}{2}\right)^n (10n-15r) &=& \frac{1}{2^n}\displaystyle\{10n\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}-15\sum_{r=0}^{n} r \binom{n}{r}\} \\&=& \frac{1}{2^n}\displaystyle\{10n\cdot2^n-15\cdot n2^{n-1}\}\\&=& 10n-\frac{15}{2}n\\&=&\frac{5}{2}n\end{eqnarray}ということで,n組の場合の期待値は2.5n万円になることが分かりました.

2025年1月9日木曜日

小説 葉桜の季節に君を想うということ

歌野晶午(うたのしょうご) 2017年 文春文庫

利息 年利

元私立探偵の成瀬将虎が,悪質な霊感商法業者の保険金詐欺について調査を依頼され奮闘する話です.高額な布団や健康食品を売りつける悪徳商法に騙された節子の借金が膨大になっていく様子を語る場面です.

トイチとは、融資の条件が十日で一割の利息ということである。百万円を借りると、十日後に返済するにしても百十万円。年利に換算すると三〇〇パーセント超。法定金利の上限は約四〇パーセントである。

このような超高利貸しを利用すれば結果は目に見えている。利子さえ払えず、借金はみるみる膨らみ、ますます返済が難しくなる。すると、別の金融業者から金を借りてくることで、最初の金融業者への借金を見かけ上返済するよう強要される。この新しい金融業者が輪をかけての悪徳で、トイチならぬ、トニ、トサンで貸し付ける。十日で二割、三割の利息を取るのだ。節子が一千万単位の借金を背負うのにそう時間はかからなかった。

トイチを「年利に換算すると三〇〇パーセント超」とありますが,10日で1割の利息なので365日なら,
 ●単利の場合,年利は0.1×36.5=3.65=365%
 ●10日ごとの複利の場合,1.1倍の36.5乗は32.42倍になって年利は31.42=3142%
なので,ここでは単利の方の年利のことを言っていると思われます.

金利の上限は法律で決まっていて,元金が10万円未満の場合,2000(H12)年までは40%,それから2010(H22)年までは29%,それ以降は20%になっています.ここでは「約四〇パーセントである」とありますが,この小説の初版発行が2003年なので,執筆中はまだ2000年までの情報(40%)だったのではないかと思われます.どちらにしろ,トイチの金利は法定上限金利を大幅に上回っていますから,公序良俗違反として無効になるそうです.

法律上,借金の元利合計が期日までに返済できないと,遅延損害金も追加されます.その計算式は次式になりますが,

(返済期日の元利合計)×(遅延損害金の利率)×(遅れた日数)÷ 365日

法定上限金利を守らないような悪徳金融業者が,法を守れといって遅延損害金まで請求するなんてことはしないと思われます.

ではその前提で「節子が一千万単位の借金を背負う」のにかかった時間を推測してみましょう.仮に100万円借りたとします.単利のトイチで1年後返済の契約で借りると,

100万×3.65=365万

「最初の金融業者への借金を見かけ上返済する」 ため,「輪をかけて悪徳な新しい金融業者」からトニで365万円を1年借りると

365万×3.65×2=2664.5万

1000万を超えるのはこの間なので,期間4か月と5か月を計算すれば,

365万×3.65×2×4/12≒888万  
365万×3.65×2×5/12≒1110万

となりますから,1年半立たずして100万円の借金が1000万円を超えるということになります.

これをもし10日ごとの複利で計算したら,

1.1倍の24乗で約9.8倍  
1.1倍の25乗で約10.8倍

つまり1年目の250日までに10倍の1000万円を超えてしまいます.恐ろしいですね.

単利(青)と複利(緑)増え方の違い

[参考]

出資法及び利息制限法が許容する上限金利の推移

遅延損害金とは?