2026年8月24日

小説 探偵小石は恋しない

 
森 バジル 2025年 小学館

双曲線 証明 否定命題 十分条件 必要条件

華麗に事件を解決することを夢見ている探偵事務所の代表兼調査員の小石と,他社から引き抜かれてきた相談員兼調査員の蓮杖(れんじょう)は,不倫や浮気の調査依頼ばかり引き受けていたが,過去の思わぬ事件を通じて意外な真相を導いていくという話です.

小石の方から 「新作の動画出てるから見ときたい」 と言ってきたくせに、当人はもう興味を失ったらしく、『殺しの双曲線』というタイトルの文庫へと目を落としている。
(中略)
「その本、小石さんの蔵書でしょ。一回読んでるのにまた読み返すんですか?」
「双子が出てくるんだよね。最初に、双子トリックを使うって明言されてるやつ。なんか再読したくなっちゃった。蓮杖くんはこれより先に『ウツボラ』読んでね」(P143-144)

西村京太郎氏の推理小説『殺しの双曲線』は1971年に発表されました.双曲線は同じ形のグラフが2つ出現するので,双子が登場する小説のタイトルになったのでしょう.日本では最初中学1年生で反比例のグラフとして学習しますが,双曲線という言葉は出てきません.その後は,高校で二次曲線のひとつとして学習します.

一般の反比例のグラフと式は次のようになり,

$y=\frac{a}{x}$

一般の双曲線のグラフと式は次のようになりますが,式がちょっと複雑になりますね.

$\frac{x^2}{a^2}-\frac{y^2}{b^2}=1$

$\frac{x^2}{2}-\frac{y^2}{2}=1$ を時計の針と反対方向に45°回転させると $y=\frac{1}{x}$ のグラフになります.その様子をGeogebraで作ってみました.


さて,形は双曲線にならないのに双曲線関数と呼ばれるものがあります.
$$\displaystyle y=\sinh x={e^{x}-e^{-x} \over 2},\quad y=\cosh x={e^{x}+e^{-x} \over 2}\tag{1}$$$$y=\displaystyle \tanh x=\frac{e^{x}-e^{-x}}{e^{x}+e^{-x}}=\frac{\sinh x}{\cosh x}$$
記号は三角関数に似ていますね.実際,読み方もハイパボリックサイン,ハイパボリックコサインと読むし,性質も加法定理や微分公式などよく似ているのですが,グラフの形状は双曲線とは全く異なります.ではなぜ双曲線関数と呼ばれるのでしょうか.

双曲線関数

三角関数は,$\cos^2 \theta+\sin^2 \theta=1$ が成り立ち,円 $x^2+y^2=1$ の媒介変数表示ができるので, 円関数とも呼ばれます.それと同様に,双曲線関数は,上式(1)から $\cosh^2 t-\sinh^2 t=1$ を導くことができて,双曲線 $x^2-y^2=1$ の媒介変数表示ができるのでこう呼ばれています.

円と双曲線の媒介変数表示

因みに,円関数の$\theta$は,扇形OPQの①中心角,②弧の長さ,③面積の2倍を表しますが,双曲線関数の $t$ は③OPQで囲まれた部分の面積の2倍だけを表します.

ところで,本文中の『ウツボラ』は中村明日美子原作の 「顔のない死体とひとつの小説をめぐる謎の物語」 を描いた漫画だそうです.これも一度読んでみたいですね.

2026年7月23日

小説 本と鍵の季節


米澤穂信 2018年 集英社

微分方程式

高校2年生で図書当番をしている堀川次郎と松倉詩門が,いろいろな謎の解明に挑戦していく話を集めた短編集です.その中のひとつ,「金曜に彼は何をしたのか」 に彼らが未習のはずの微分方程式が登場しました.

    西日が真正面から目に飛び込んでくる。カーテンが開けてあるせいで、日光を遮るものがないの だ。黒板はすぐ右手にあり、チョークで微分方程式が走り書きしてあった。このドアは、教室の前の方のドアということになる。僕と松倉は、互いに目配せを交わし合う。(P183)

どんな式が書かれてあったのか気になりますね.残念ながらこの話にはその数式は出てきませんでした.微分方程式は以前,高校数学Ⅲでの学習内容でしたが,今 (2026年現在) では教科書の本文にはなく,<発展>の内容になっています.

微分方程式は,未知の関数の導関数を含む等式,言い換えれば $y'(=\frac{dy}{dx})$ や $y''(=\frac{d^2y}{dx^2})$ を含む等式のことで,それを満たす関数$y$を求めることを 「微分方程式を解く」 といいいます.例えば,$$y'=2x \tag{例1}$$という微分方程式の解は,$$y=\int 2x dx=x^2+C \quad (Cは任意の定数)$$ になります.つまり,不定積分を求めることは簡単な微分方程式を解くことと同意です.

微分方程式にはいろいろな型がありますが,その中でも最も易しい型が上の例を含む 「1階線形微分方程式」 になります.これは,世界で最も多くの国や地域の高校で採用されている国際バカロレア(IB)ディプロマプログラム(DP)の数学でも学習する内容ですので,例を少し見てみましょう.

次の形をしている微分方程式を1階線形微分方程式といいます.

$$\frac{dy}{dx}+P(x)y=Q(x)\tag{0}$$

この式の$P(x)=0$,$Q(x)=2x$とすれば上の(1)になります.

次にこの式の$P(x)=-2x$,$Q(x)=0$とすれば次の微分方程式になります.

$$\frac{dy}{dx}-2xy=0\tag{例2}$$

$$\frac{dy}{dx}=2xy$$

$$\int \frac{1}{y}dy=\int 2xdx$$

$$\ln {|y|}=x^2+C_1 \quad (C_1は任意の定数)$$

$$y=Ce^{x^2} \quad (Cは任意の定数)$$

となって,微分方程式 (例2) が解けました.このように,左辺に$y$の積分,右辺に$x$の積分に分けられる形を変数分離形といいます.

もう一つ,$P(x)$も$Q(x)$も0でない例を見てみましょう.

$$\frac{dy}{dx}+y=e^x\tag{例3}$$

$e^x$ を両辺に掛けると,

$$e^x\frac{dy}{dx}+e^xy=e^{2x}$$

$$\frac{d}{dx}(e^xy)=e^{2x}$$

$$e^xy=\int e^{2x}dx$$

$$e^xy=\frac{1}{2}e^{2x}+C \quad (Cは任意の定数)$$

$$y=\frac{1}{2}e^{x}+Ce^{-x}$$

(例3)の微分方程式を解くために両辺に掛けた$e^x$を積分因子といいます.なぜ$e^x$を掛けるのでしょう.その理由はこちらです.

[参考]

Oxford IB Diploma Programme: IB Mathematics: analysis and approaches, Higher Level



2026年7月10日

小説 ノーメイク鑑定士


石田夏穂 2026年 中央公論新社

スカラー ベクトル

4つの話からなる短編集のひとつ 「フットブレイク」 でスカラーとベクトルが登場しました.普段から裸足で過ごす女性社員の 「私」 が,コーヒーブレイクならぬフットブレイク (という休憩) で,パイプ椅子を使った足裏マッサージにハマっているという話です.青竹踏みも足つぼマットも足裏マッサージ店も気に入らず,自分でマッサージするのが最も良いと納得するところです.

 どうやら私は痛点が主体的に動かないと満足できないようだ。健康サンダルにまるで感動しなかったのも、要はイボが動かないからだ。
 静的な痛点はいらない、動的な痛点が欲しい。押すのではなく流す、スカラーではなくベクトル世には足裏マッサージの店もあるが、それは利用しようとは思わなかった。私は昔から人に身体を触られるのが苦手で、無性に落ち着かなくなる。学生のころの組体操やムカデ競争も苦手だった。
 そんな私にはセルフマッサージがお似合いのようだ.

スカラーは,向きを持たない数量 (数値) ,すなわち単なる数のことですが,考察する世界 (ベクトル空間) によっては実数であったり複素数であったりします.ベクトルは,速度や力のように向きと大きさで定まる量のことをいい,直感的には矢印で表されます.スカラーやベクトルの一般的な概念はテンソルといい,スカラーは0階テンソル,ベクトルは1階テンソル,行列は2階テンソルになります.

上の引用文からわかることを整理してみましょう.

静的な痛点=押す=スカラー

動的な痛点=流す=ベクトル

押すことは動かずに決まった方向に力を加えるだけだから静的で,流すことは流体中をある方向に移動させることだから動的だといっているのでしょう.また,言葉の持つイメージとして,スカラーは数値なので静的,ベクトルは矢印なので動的だといえるのでしょう.

さてベクトルの演算には,①ベクトル同士の加減,②スカラーとベクトルの積 (ベクトルのスカラー倍) ,③ベクトル同士の積 (内積と外積) があります.このうち,内積はベクトル・ベクトル=スカラーになりますが (高校数学教科書参照),外積はベクトル×ベクトル=ベクトルになります.$\vec{a}$と$\vec{b}$の外積 $\vec{a}×\vec{b}$ は,その大きさが $|\vec{a}×\vec{b}|=|\vec{a}||\vec{b}|\sin\theta$ で,$\vec{a}$が$\vec{b}$に向かって近づく回転で右ネジが進む方向を持つベクトルになります.

KIT数学ナビゲーションより

外積は3次元で定義されますが,2次元で利用される疑似外積というのがあります.2つのベクトル $\vec{a} = (a_1, a_2)$ と $\vec{b} = (b_1, b_2)$ に対し,$a_1 b_2 - a_2 b_1$ を疑似外積といい,この絶対値が2つのベクトルが作る平行四辺形の面積になるので,これを使うと3点を結ぶ三角形の面積が簡単に求められることが受験生にはよく知られています.

[参考]

KIT数学ナビゲーション
https://w3e.kanazawa-it.ac.jp/math/

[ベクトル]プログラミングでよー使うベクトル
https://note.com/alchan/n/n740dfc548638#7bb1b8ee-a905-40b9-84fe-35d27e9c53c9

2026年7月3日

小説 PRIZE

村山由佳 2025年 文藝春秋

パラドックス

ベストセラーを多く生み出したのに、何度も候補にあがりながら直木賞がとれない作家天羽(あもう)カインが執念を燃やして受賞しようとする話です. 作品の中に主人公の書いた作品があり, 「テセウスの船」 というパラドックスを紹介しています.

「テセウスの船」と呼ばれる有名な思考実験がある。
 古代ギリシャの英雄テセウスがクレタ島から帰還した時、船には三十本の櫂があった。誉れ高き船は、後の世まで長く保存されることとなった。しかし木材は朽ちる。人々は櫂を一本また一本と新しいものへ取り換えてゆき、傷んだ船体を補修していった。
 そしてここに哲学者らの議論が巻き起こる。ある者は「もはやこの船は元の船とは別ものだ」 と言い、またある者は「いいや、ずっと同じ船である」と主張したのだ。
 最終的にすべての部品が置き換えられたとして、その船は今も同じ船だと言えるのか。あるいは取り換えた古い部品を集めてもうひとつの船を組み立てた場合、いったいどちらを「テセウスの船」と呼ぶべきなのか。要するに、同一性の問題をめぐるパラドックスだ。

パラドックスは,ギリシャ語が語源で,逆理とか逆説とか訳され,「正しいようで間違ったこと」,「間違いのようで正しいこと」, 「正しいか間違いか判断しにくいこと」などを意味する概念です.

「テセウスの船」  は哲学の分野で有名だそうですが,このように元の形は変わらずに構成要素が総入れ替えになったものは他にもありますね.例えば,柄を変えたあとに刃も変えた短刀とか,メンバーが総入れ替えになったグループとか.これは 「正しいか間違いか判断しにくい」 パラドックスといえそうです.

パラドックスという概念は哲学だけでなく,数学や他の分野でも多数登場しています.数学で有名なものでは 「アキレスと亀」 という話があります.足の速いアキレスが前を行く亀を追い越そうと歩いている.ある時刻に亀がいた地点までアキレスが行くと,亀はそこからいくらか前に進んでいる.その後アキレスがその地点に着いたとき,亀はさらにいくらか前へ進んでいる.これを何回繰り返してもいつまでたってもアキレスは亀を追い越せないという理論です.実際はすぐに追い越せますから,「正しいようで間違ったこと」を表すパラドックスになります.

Yahoo!ニュース オリジナル THE PAGE より

実際に追いつく地点を計算してみましょう.仮にアキレスの速度が秒速1mで亀の2倍だとします.上図でOA=1mとすると,AB=$\frac{1}{2}$m, BC=$\frac{1}{4}$m, …となり,無限回加えると初項1,公比$\frac{1}{2}$の無限等比級数の和になるので,$$1+\frac{1}{2}+\frac{1}{4}+\cdots =\frac{1}{1-\frac{1}{2}}=2$$すなわち,Oから出発して2秒後に2m先で追い越します.無限回どころかあっという間ですよね.

では上の理論のどこがおかしいのでしょう.それは,有限の時間内に起こることを無限に時間がかかると主張しているからです .

清水義範の短編集 「アキレスと亀」 (1989年 廣済堂) に,この話にまつわる男女の会話が描かれていて面白かったので読んでみてください.

[参考]

[世界のパラドックス一覧]  哲学・数学・物理・経済まで有名パラドックスを完全解説
https://senkohome.com/paradox-list/#google_vignette

オリジナルメンバー不在のバンドや音楽グループの一覧
https://ichiranya.com/music/030-original-member-absent-band.html

2026年6月9日

小説 I


道尾秀介 2025年 集英社 

算数

2つの章が本の前半と後半で上下さかさまに印刷されていて,読む順番は読者の自由.その選択で結末が異なるという変わった作品です.その2つの章は,娘を失う医師の田釜雪夫 (たがまゆきお) の物語と,姉を失う高校生の小峰夕歌 (こみねゆうか) の物語です.夕歌の先輩である堀口の幼少期が語られる場面です.

 堀口先輩はでたらめな世話をされながら、やがて六歳になった。
 最初の記憶は、一人きりのアパートで、ある場所からある場所まで歩いて何歩あるかをかぞえていたことだったという。
 ――数のかぞえ方は教えてもらってたから、そればっかやってた。お母さんが昼過ぎに出かけて、夜遅くに帰ってくるまでずっと。
 たたみの部屋の奥にある窓から、部屋の入り口までが九歩。そこから台所の流し台までが六歩。年中ずっと出しっぱなしになっていた薄緑色の扇風機があり、そこから左右の壁まで、それぞれ四歩と八歩。
 ――扇風機はお母さんがときどき場所を動かすから、三歩と九歩になったり、五歩と七歩になったりして面白かった。俺、いつもこう、指を折りながら歩数をかぞえてたんだけど、あるときすごいことに気づいてさ。扇風機がどこにあっても、そこから右の壁までと左の壁までが、合わせて必ず十二歩になるんだよ。
 ――算数じゃないですか。
 ――そう、誰にも教わってないのに。

畳の部屋の奥の窓から台所との境界まで9歩,そこから流し台までが6歩,畳の部屋の左右の壁の間が12歩なので間取りはこんな感じでしょうか.

畳の部屋が6畳だとすると,1枚の畳の長短の長さの比は2:1で,長い方は種類によって170〜200cmぐらいですから,左右の壁の間 (畳の長辺2枚分) を12歩で歩くとすれば,1歩は約30cm前後になります.

部屋の幅は変わらないので,4+8=3+9=5+7 がすべて12になるのは当たり前なのですが,6歳にして誰にも教わらずにこの 「すごいこと」 に気付き,「面白かった」 というのですから感心しますね.

さて,数学で 「畳の敷き詰め問題」 というのがあります.与えられた大きさの部屋に畳を敷き詰める方法やその可否について考えるもので,中高大の入試にときどき出題されています.

最も簡単な例を見てみます.下図の一番上の行のように,畳を1枚縦向きにおいて,その右に畳を (n-1) 枚加えて畳 n 枚分の面積を持つ長方形の部屋ができたとします.畳を横向きに敷いても良いとすると,畳の敷き方 $a_n$ は何通りあるでしょうか.ただし,回転移動や対称移動で重なるものも別の敷き方として数えます

n=1のとき,1通りしかないので,$a_1=1$
n=2のとき,縦に2枚,横に2枚の2通りなので,$a_2=2$
n=3 (三畳間) のとき,$a_2$の列の右端に縦1枚を加える場合と,$a_1$の右端に横2枚を加える場合とがあるので,$$a_3=a_2+a_2=2+1=3$$
n=4のとき,$a_3$の列の右端に縦1枚を加える場合と,$a_2$の列の右端に横2枚を加える場合とがあるので,$$a_4=a_3+a_2=3+2=5$$
以上より,直前の2つの項を加えると次の項になるので,$a_n$ は次のフィボナッチ数列の漸化式をみたすことがわかります.$$a_n=a_{n-1}+a_{n-2}$$これを解いて第n項を求めると,整数だけの数列なのに無理数 (しかも黄金比の値) が出てきます.解き方はこちら$$a_n=\frac{1}{\sqrt{5}}\left\{ \left(\frac{1+\sqrt{5}}{2}\right)^{n+1}-\left(\frac{1-\sqrt{5}}{2}\right)^{n+1} \right\}$$確かに $a_1=1$,$a_2=2$,$a_3=3$,$a_4=5$ になっていますね.

$a_1=1$,$a_2=2$ なのでこの式になりましたが,フィボナッチ数列の一般的な初期値は $a_0=0$,$a_1=1$ なので,その第n項は,$$a_n=\frac{1}{\sqrt{5}}\left\{ \left(\frac{1+\sqrt{5}}{2}\right)^n-\left(\frac{1-\sqrt{5}}{2}\right)^n \right\}$$となります.この式はビネの公式と呼ばれています.

この例は,畳の短辺を1とした場合の,2×n の大きさの部屋でしたが,この大きさや形を変えるといくらでも問題ができます.過去の大学入学共通テストにも挑戦してみてください.

[参考]

なかけんの数学ノート
https://math.nakaken88.com/

2026年5月15日

小説 高宮麻綾の引継書

城戸川りょう 2025年 文藝春秋

必要条件 十分条件

社内ビジネスコンペで優勝した新規事業を不審な理由で親会社に潰されてしまった入社3年目のOL高宮麻綾が,本当の理由を調査していく中で過去に起こった事件の真相を明らかにしていくという話です. 

「事業が上手くいくために、高宮さんは何が必要だと思いますか」
「その事業の可能性を信じる、担当者の想いです」
   高宮は即答した。早乙女の目元が緩む。
「半分正解だと、私は思います」
   半分正解です、と言い切らなかったところに、この男の性格が表れていると思った。自分は今、目上の人に諭されているのではなく、同じ目線で対等に対話しようとされていると感じる。
「担当者の想いは必要条件です。それがなくては話にならない。でも、それで十分というわけではないと私は考えています。複数の目によって十分に議論がされ尽くしたか、自身とビジネス環境の現状を正しく認識できているか、先々の見通しに偏りはないか。それらをやり切ったと言える状態になって、初めてうまくいく可能性が高まる。そういうものだと思っています。そういう意味では、 事業が上手くいくために何が必要か、という質問も不適切だったかもしれません」

ビジネスで用いる「必要条件」や「十分」という用語は,数学における「必要条件」や「十分条件」とは少し異なるようです.

上の文章ではこう主張しています.事業が上手くいくためには「担当者の想い」が必要条件だが,さらに「多角的議論」,「現状認識」,「将来予測」もすることで成功の可能性が高まる.すなわち,複数の必要条件を満たすことによって十分といえる状態に近づいていく.

高校数学Ⅰで学習する「命題」は,正しい (真) か正しくない (偽) か明確に決まる文や式のことをいい,2つの条件p, qを用いて「pならばq」の形に表されることが多く,p⇒q とも書きます.

命題 p⇒q が真であるとき,pはqであるための十分条件であり,qはpであるための必要条件であるといいます.p⇒q と q⇒p がともに成り立つときはどちらも必要十分条件になります.

例えば,「大阪府民⇒箕面市民」は大阪府民だからといって箕面市民とは限らない (他市民の場合もある) ので偽ですが,逆の「箕面市民⇒大阪府民」は真なので,箕面市民であることは大阪府民であるための十分条件であり,大阪府民であることは箕面市民であるための必要条件であるということになります.

もう一つ数式で例をあげると,「$x^2=1⇒x=1$」は $x^2=1$ だからといって $x=1$ とは限らない ($x=-1$の場合もある) ので偽ですが,逆の「$x=1⇒x^2=1$」は真なので,$x=1$であることは$x^2=1$であるための十分条件であり,$x^2=1$であることは$x=1$であるための必要条件であるということになります.

大学入試問題になると問い方がそんなに単純ではありません.大学入学共通テスト数学IA (2025年度) の問題を見てみましょう.


(1)と(2)はつながりがなく,(2)の(ii)と(iii)もつながりがないという受験生にとってはいやな問題です (イヤミスならぬイヤモンですね ww).最後になってようやく条件を判断する問題になります.詳しい解答はここでは省略しますが,(2)の(i)までを終えたところで①は次式になることが示されます.

$(2x+5)\{(a+3)x-5\}=0$

これの解が $x=-\frac{5}{2}$ だけであることは,{   }の中で $a+3$ が0になるか,または $x=-\frac{5}{2}$ を代入して0になるかのいずれかなので,$a=-3$ または $a=-\frac{19}{5}$ であることと同じ意味になります.従って次の命題が真になります.

「$a=-3$ または $a=-\frac{19}{5}$である
$⇔$ ①の解は $x=-\frac{5}{2}$ だけである」

このことから,「①の解が $x=-\frac{5}{2}$ だけである $⇒a=-3$ である 」とは限りませんが,その逆 「$a=-3$ である $⇒$ ①の解は $x=-\frac{5}{2}$ だけである」 は正しいので,$a=-3$ であることは,①の解が $x=-\frac{5}{2}$ だけであるための 十分条件であるが,必要条件ではない ということになります.

[参考]

電数図書館
https://www.densu.jp/

2026年4月9日

小説 ペンギン・ハイウェイ

森見登美彦 2012年 角川文庫

相対性理論   $E=mc^2$

小学4年生のアオヤマ君が,街に突如出現したペンギンたちは歯科医院のお姉さんが関係しているらしいことを知り,その謎の解明のため調査研究をすることで成長していくという話です.

 ぼくはソファに座って、図書館の人にすすめてもらった「相対性理論」の本を読んでいた。歯科医院の先生にもらった雑誌ではよく分からなかったので、他の本を読んで研究しようと思ったのだ。
 本を読みながら、ぼくはノートに「E=mc²」とメモをした。ふしぎな式だ。
 ぼくは父に方程式の理論を教えてもらったことがあるので、この式の意味が分かる。小学校二年生の頃まで、「=」(イコール)は「答えは?」という意味だと思っていた。 たとえば「2+2の答えは?」というように。でもそれは間違いだった。「=」は、左側と右側が同じ値になるという意味なのだった。 (P73)

「この式の意味が分かる」というので,エネルギーと質量と光速の関係のことかと思ったら,「=」という記号の意味のことだったので,肩透かしを食らった感じです.なぜこの等式が成り立つのかを見てみましょう.

[予備知識]

光子は質量を持たないので,質量を持つ粒子のエネルギーの式 $E=\frac{1}{2}mv^2$ や運動量の式 $p=mv$ は使えませんが ($m$は質量,$v$は速度),波長と振動数から光子のエネルギーや運動量を表すことができます.

真空中の光子の速度$c$は,その波長を$\lambda$ (ラムダ),振動数を$\nu$ (ニュー)として次式で表せます.$$c=\lambda\nu\tag{1}$$アインシュタインの光量子仮説より,光子のエネルギー$E$は,プランク定数を$h$,振動数を$\nu$として次式で表せます.$$E=h\nu\tag{2}$$光子の運動量$p$は,波長$\lambda$に反比例するので次式が成り立ちます.$$p=\frac{h}{\lambda}\tag{3}$$ $(2)$より$h=\frac{E}{\nu}$なので,これを$(3)$に代入し,$$p=\frac{E}{\lambda\nu}\tag{4}$$さらに$(1)$を$(4)$に代入すると,次の関係式が成り立ちます.$$p=\frac{E}{c}\tag{5}$$

[証明]

静止系 (観測者が止まっている場合の座標系) において,質量$M$の物体が,左右から1個ずつ合計2個の光子を吸収し,質量が$M'$になったとします.

静止系

光子は質量を持ちませんが,光子を吸収したことによる物体の質量の増加量を1個につき$m$とすると,$$M+2m=M'\tag{A}$$

一方,運動系 (観測者が動いている場合の座標系) において、質量$M$の物体が,左右から1個ずつ合計2個の光子を吸収し,質量が$M'$になったとします.下向きに速度$v$で動いている運動系から観測すると,物体も光子も上向きに速度$v$で動いているように見えます.

運動系


2個の光子の上向きの運動量は$$2\cdot p \cdot\sin\theta=2\cdot p \cdot\frac{v}{c}$$$(5)$をこの式に代入すると,$$2\cdot \frac{E}{c} \cdot\frac{v}{c}$$光子を吸収する前は,質量$M$の物体が上向きに速度$v$で動いているので,上向きの運動量$Mv$を持ちます.光子を吸収した後は,質量$M'$の物体が上向きに速度$v$で動いているので,上向きの運動量$M'v$を持ちます.運動量保存則より,$$Mv+2\cdot \frac{E}{c} \cdot\frac{v}{c}=M'v$$$$M+2\cdot \frac{E}{c^2} =M'\tag{B}$$$(A)と(B)$を比較して,$$m=\frac{E}{c^2}$$$$\therefore E=mc^2$$

[参考] 

文系編集者がわかるまで書き直した 世界一有名な数式 「$E=mc^2$」 を証明する
福江 純 (著) 2020年 日本能率協会マネジメントセンター

アインシュタインによる$E=mc^2$の初等的証明

2026年3月27日

小説 一次元の挿し木


松下龍之介 ‎ 2025年 宝島社文庫

半減期 DNA鑑定 二乗

2025年第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作です.大学院生の七瀬悠(はるか)が,200年前の人骨と4年前に失踪した妹の紫陽(しはる)のDNAが一致したという謎を究明しようとしたところ,殺人事件にまきこまれ,さらに自らも危険な目に会いながら真相に近づいていくという話です.

 すべての動植物は、生きている限り、内部に大気中と同濃度の放射性炭素を取りこんでいる。動植物が死に至ると、体内の放射性炭素は取りこまれなくなり、"半減期" に従って減りつづける。半減期とは、放射性物質の数が半分になるまでの期間を指し、これらは物質の種類によって異なる。放射性炭素の半減期は約五七三○年だ。つまり、 測定対象内部の放射性炭素の数がどれだけ減ったのかを数えれば、対象が生命活動を停止してからどれだけの年数が経っているのかがわかる、ということだ。(P53)

放射性元素の問題は,高校数学の教科書では指数・対数の練習問題で出てきます.このブログでは,カリウムの同位体の話が小説「魔力の胎動」に登場しました.

炭素の同位体には炭素12,炭素13,炭素14があり,そのうち放射性同位体である炭素14 (14) は,生物体内に極微量 (通常の炭素の約1兆分の1)存在していますが,死亡すると減少していき,半減するのに5730年かかることから,化石などの年代測定に利用されています.元の量からどれぐらいの量に減ったら200年前と分かるのでしょうか,計算してみましょう.

生存時の炭素14の原子核数を$N_0$,半減期を$t_{1/2}$(年) とすると,$t$年後の原子核数$N$は次式で表されます.$$N=N_0 \left(\frac{1}{2}\right)^{\frac{t}{t_{1/2}}}$$これに,$t_{1/2}=5730$,$t=200$を代入すると,$$N=N_0 \left(\frac{1}{2}\right)^{\frac{200}{5730}}=N_0\times0.9760\cdots\cdots$$すなわち,炭素14の原子核の数は死後200年で生存時の97.6%に減っているということになります.

もちろん原子核の数は目で見て数えられません.加速器質量分析法(AMS法)というのを使うそうです.

会話の中にこんな表現がありました.DNA鑑定について悠と石見崎唯(ゆい)の会話です.

「僕がおこなった鑑定は "マルチプレックスSTR解析っていう、今の時代ではオーソドックスな方法。低く見積もっても四兆七千億人から一人を識別できる。犯罪捜査の現場でもよく使われている手法だ」
「四兆、ですか」(P113)

この「4兆7千億」という数字は小説「確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム」にも登場しました.その時に,「警察庁は2019年に新たな検査試薬を導入し,同じDNA型の出現頻度が565京人に1人となった」 ことを述べました.この小説は2025年に発行されていますが,小説の舞台が2019年以前だとすれば,この数字のままでいいのかも知れません.

4兆7千億 ⇒ 565京
4.7×1012 ⇒ 5.65×1018

こんな表現もありました.悠が失踪した紫陽の生存を諦めそうになった時に励まそうとする唯の言葉です.

「つまり私が言いたいのは――」
「『諦めるのはまだ早い』だろ」
 唯はにっこりと笑った。
「そういうことです。『早い』に二乗をかけてもいいくらい」(P125)

正しくは「2乗をかける」ではなく「2乗する」ですよね.「『早い』を二乗してもいいくらい」 とするべきですが,より強く気持ちを伝えるために敢えてこの表現を使ったのかも知れませんね.

xに2乗をかける ⇒ xを2乗する

[参考]

放射性炭素年代測定の概要
https://iaa-ams.co.jp/radiocarbon-dating/


2026年2月26日

小説 écriture 新人作家・杉浦李奈の推論

松岡圭祐 2021年 KADOKAWA

半径 円周率 偶数

新人作家の杉浦李奈が,盗作騒動に端を発した不可解な事件に巻き込まれ,その解明のために奮闘するという話です.李奈が問題の人物の新作を読んで修正すべき点を述べる場面です.

「クレーターの外周を、宇宙生物が四倍の速さで駆けめぐるんですよね? でも宇宙生物は一匹なので、余裕で脱出できます」
「杉浦さん」沙織はやれやれという顔になった。「数字は苦手?   嶋貫克樹はちゃんと計算してますのよ。わたしたちも確認してます。クレーターの半径が約一キロだから、半周は円周率の三・一四キロ。中心から宇宙生物がいるのとは逆方向に走っても、 確実に捕まって殺されてしまうの」
「クレーターの半径は一キロなんですか」
「そう。はっきり書いてなくても、描写からおおよその距離を読みとれない?」
「なら主人公はまず、クレーターの中心から半径約二百二十二メートルの円周上を走ります」
「はあ?」
「その約四・五倍がクレーターの周囲なので、主人公は中心を挟んだ直線上に、宇宙生物と向かい合えます。そこから宇宙生物と逆方向にまっすぐ走ればいいんです」
「・・・・・・宇宙生物が追いつけない?」
「はい。捕まらずに脱出できます」
「だけど、あの、主人公にそんな計算なんかできないでしょ」
「計算しなきゃ脱出できないんじゃなくて、クレーターのなかをうろつくだけでも、 それぐらいの時間差に気づけるはずです。計算はあくまでその事実を裏付けるものです」
「半径一キロってのが問題なのよね? そうは書いてないでしょう」
半ばあきれながら李奈はきいた。「さっき一キロだと・・・・・・
「いいえ。明記してないんだから、なんとでも受けとりようがある」
「一キロでなくても同じことです。クレーターの中心から、半径の九分の二の円周上を走れば、やっぱり脱出できます」
「あなた数学が得意だったの?」

唐突に現れたこの文章を一度読み流しただけでは意味が分かりにくいですね.なぜ222mや4.5倍や$\frac{2}{9}$という値が出てきたのでしょうか.前後に関連した記述はありませんでした.この問題を考察してみましょう.


主人公(Main Charactor)をM,宇宙生物(Space Creature)をSとします.クレーターは平面上にある大円とし,Mは円の中心Cに,Sは大円周上の点Aにいます.Mの移動速度$v$に対し,Sの移動速度はその4倍なので$4v$です.

Sも自由に動けるとすると,MはすぐにSに捕まってしまうので,Sは大円の周上だけ移動できるものと思われます.

①Mが線分OB上だけ動けるとき
②Mが大円内を自由に動けるとき
(いずれも中心へ後戻りしないように動くものとします)

沙織は①の場合を考えていました.つまり,Mが中心Cから外周上の点Bまで半径1000m動く間に,Sはその4倍の4000m動けるので,Aから半周3140m先の点BにはMより先にSが到達しますから,MはSに捕まります.

李奈は②の場合を考えています.まずMがCからBに向かって222m進みます.その間にSは222×4=888m進んでいます.それからMは半径約222mの小円上を動きます.すると大円上を動くSの速さが4倍であっても,大円の半径が小円の半径の約4.5倍(≒1000÷222)なので,Mが小円を動く方が一定時間での回転数が多くなり,そのうちMは中心を挟んだ直線上にSと向かい合えます.そこからSと逆方向にまっすぐ移動すれば,外周までの距離は1000-222=778mで,その間にSは778×4=3112mしか進めない,すなわちMが大円の外に脱出できる3140m先の点までSは到達できません.半径が変わっても,大円の半径が小円の半径の4.5倍なら,すなわち小円の半径が大円の半径の$\frac{1}{4.5}=\frac{2}{9}$なら脱出できるというわけです.

ではもう少し正確に計算してみましょう.大円の半径を$R$,小円の半径を$r$,円周率を$\pi$として,Mが中心を挟んだ直線上にSと向かい合った後,ちょうどMとSが同時に同地点へ到達するときの方程式は次式になります.$$4(R-r)=\pi R$$これを$r$について解くと,$$r=\left( 1-\frac{\pi}{4} \right)R$$$1-\frac{\pi}{4} =0.2146......$なので,小円の半径が大円の半径の0.2146倍を超えるなら脱出できる,すなわち大円の半径が1000mのときは,小円の半径が214.6mを超えるなら脱出できるということになります.

ところが,$r$が250m以上になると,小円の半径が大円の半径の$\frac{1}{4}$以上になるので,Mが小円を動く方が,Sが大円上を動くより一定時間での回転数が少なくなり,Mは中心を挟んだ直線上にSと向かい合うことができません.Mが移動する間にSは外周上をその4倍進んでいて,その後Mが脱出しようとする点にはSが先に到達しますから,MはSに捕まってしまいます.


$r$がいろいろな値のときの様子が分かる図をGeogebraで作ってみました(こちら).結果は次のようになります.

r=0.25のとき (単位はkm)

rの単位はkm

この作家は過去にも詳細を述べずに問題提起したことがあって,長時間悩まされたことがありました(笑).
 

<2026/03/10追記>

上図を作成した時は,arcSB$=\pi-4r$,arcSD$=\pi$はすぐに分かりましたが,arcSCは少し面倒そうだったのでGeogebraで数値的に求めていました.

ここでは$OM=r$のとき,$\stackrel{\huge\frown}{BC}$を代数的に求めてみます.


円$O$の半径が1のとき,中心角をラジアンで表すと弧の長さと値が同じになりますから,$\stackrel{\huge\frown}{AS}=4r$なので,その中心角$\angle AOS=4r$,その円周角$\angle B=2r$.

$\stackrel{\huge\frown}{BC}=x$とおくと,その中心角$\angle BOC=x$,その円周角$\angle BSC=\frac{x}{2}$.

$\triangle MBS$の外角である$\angle OMS=2r+\frac{x}{2}$.

二等辺三角形$OBS$で$\angle B=\angle OSB=2r$だから,$\angle OSM=2r-\frac{x}{2}$.

ここで次の正接定理を使います.一般に△ABC (BC=$a$, CA=$b$, AB=$c$) において次式が成り立ちます.$$\boxed {\quad \quad \frac{a-b}{a+b}=\frac{\tan \frac{A-B}{2}}{\tan \frac{A+B}{2}} \quad \quad }$$これに図の$\triangle OMS$の値$(a=1, \ b=r, \ A=2r+\frac{x}{2}, \ B=2r-\frac{x}{2})$を当てはめると,$$\frac{1-r}{1+r}=\frac{\tan \frac{x}{2}}{\tan 2r}$$ $$\tan \frac{x}{2}=\frac{1-r}{1+r} \tan 2r$$ $$\frac{x}{2}=\arctan \left( \frac{1-r}{1+r} \tan 2r \right)$$よって,次の式が得られます.$$\stackrel{\huge\frown}{BC}=x=2\arctan \left( \frac{1-r}{1+r} \tan 2r \right)$$なお,正接定理を知らなくても正弦定理を使う求め方もありますので,練習問題として考えてみてください.

因みに,この問題をChatGPTに解かせてみたら,2つの解答が出てきました.数値を確認したら異なる値になったので,さらに聞いてみたら,「私が述べた〇〇という説明は この問題には当てはまらず誤りでした。申し訳ありません。🙏」と表示されました.こんなこともあるんですね(笑).

2026年2月10日

小説 変な地図

雨穴 2025年 双葉社

三角点

大学生の栗原文宣(ふみのぶ)が,妖怪の描かれた古地図を握りしめて祖母が不審死をしていたことを知り,実地調査をして謎を解き明かそうとする話です.

 三角点とは、全国10万か所に設置された、いわば『位置を示す目印』だ。これを参考にすることで、正確な位置を知ることができ、設計図から少しもズレることなく工事ができるのだ。
 では、三角点は建築のために存在するのか、といえばそうではない。三角点はもともと地図作成のために設置されたものだ。衛星技術がなかった時代、測量士はこれらを参考にしながら、土地の位置や形を手作業で調べ、図面に記していったという。

三角点は,地図上の大きな三角形の頂点にあたる場所に,上部に+の切れ込みのある石を埋め込んで『位置を示す目印』として設置され,その緯度・経度が正確に求められていました.一等三角点から四等三角点まであり,一等は全国で973点,四等までだんだん増えて,全て合わせると10万点以上あるそうです.三角点マップを見ると日本列島が三角点で埋め尽くされています.

一等~三等三角点網のイメージ(国土地理院 Web Page より)

現代ではGPSがあるので必要ないですが,三角点は地図を作成するための三角測量に用いられていました.三角測量とは,三角形の1つの辺とその両端角を測定し,もう1点の位置を決定する方法です.

具体的には,上図の距離 $l$ と角$\alpha$,$\beta$を測定して,距離 $PA,\ PB,\ d$ を求めます.$$\sin \angle APB=\sin \{\pi-(\alpha+\beta)\}=\sin (\alpha+\beta)$$なので,正弦定理より$$ \frac{PA}{\sin \beta}=\frac{PB}{\sin \alpha}=\frac{l}{\sin (\alpha+\beta)}$$$$PA=\frac{\sin \beta}{\sin (\alpha+\beta)}l\ ,\quad PB=\frac{\sin \alpha}{\sin (\alpha+\beta)}l$$$$d=PA\sin\alpha=PB\sin\beta=\frac{\sin \alpha\sin \beta}{\sin (\alpha+\beta)}l$$

[参考]

2026年1月22日

小説 地の鳥 天の魚群


奥泉 光 2011年 幻戯書房

自然数 素数 合成数

「深い穴」

長編1つと短編2つが収録されている中の,最後のたった12ページの作品「深い穴」の中の話です.主人公の「私」が素数を含まない合成数の列について考察しています.

素数を含まぬ合成数の列は簡単な数式で人工的に作りえるというのである。かりに十個の連続する合成数が欲しければ、11!+2、11!+3・・・・・・11!+11という風にすればよく、この十個の数は連続していてしかも絶対に素数ではない。むろんこれは十個に限らず、同じ方法を使うなら千個だろうが一兆個だろうがいくらでも連続する合成数の列を作りうるわけで、それどころか無限個でも可能になる理屈である。 

ここでは,自然数は0を含まないものとします.1より大きい自然数で,1とそれ自身の2つだけ約数を持つ自然数を素数といい,次のように無限に存在することが分かっています.$$2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, \dots$$約数を3つ以上持つ自然数は合成数といい,やはり無限に続きます.すなわち,1より大きい自然数のうち素数でないものが合成数です.$$4, 6, 8, 9, 10, 12, 14, 15, 16, 18, 20,  \dots$$$n!$ は,「$n$の階乗」と読み,$n$から1づつ減らして1まで掛けた数になります.$$n!=n\times(n-1)\times\dots\times3\times2\times1$$従って,$n!$は$n$以下の自然数すべてで割り切れます.本文中に

「十個の連続する合成数が欲しければ、11!+2、11!+3・・・・・・11!+11という風にすればよく」 

とありますが,$11!$ は$11$以下の自然数すべてで割り切れるので,それに $k \ (=2, 3, ・・・,11)$ を足したものは$k$で割り切れます.

ではなぜ $11!+1$ から始まらないのでしょうか.その理由は,$n!$は$n$以下の自然数すべてで割り切れるので,$n!+1$ は$1$でも割り切れますが,もともとどんな数も$1$で割り切れるので, $n!+1$ は素数にも合成数にもなり得るからです.

実際,$10!+1=3628801$ は $11×329891$ なので合成数ですが,$11!+1=39916801$ は素数 になります (このような $n!\pm1$ の形をした素数を階乗素数といいます).なので,9個の連続する合成数を $10!+1$ で始めることはできますが,10個の連続する合成数を $11!+1$ からは始めることはできないのです.

どちらの場合であっても成り立つようにまとめると,次のようになります.

少なくとも$(n-1)$個の連続する合成数は次式で得られる$$n!+2, \   n!+3, \   \dots, \   n!+n$$

例えば,少なくとも5個の連続する合成数を得るには,$$6!+2,\   6!+3,\   6!+4,\   6!+5,\   6!+6$$とすれば,722, 723, 724, 725, 726 が得られます.

本文中にあるように 「千個だろうが」 連続する合成数が欲しければ,$$1001!+2,\   1001!+3,\   \dots,\   1001!+1001$$とすればいいのですが,これらはそれぞれ2571桁の巨大な数になってしまうので,!を使わないで表すのは現実的ではありません.「それどころか無限個でも可能になる理屈である」 とありますが,実際,数式では表しようがないですね.