浅倉秋成 2021年 KADOKAWA
フェルミ推定
2022年度本屋大賞にノミネートされた作品.ある企業の新卒採用の最終選考に残った6人の大学生に「このメンバーでチームを作り,1カ月後にディスカッションをする」という課題が与えられたので,全員内定は確実と思い,和やかに交流していきますが,直前になって「6人の中から1人だけ内定者を決める」と言われ,仲間になったはずが突然ライバルになってしまうという話です.
焼き魚を綺麗に食べられる人を採用する企業、挨拶がちゃんとできる人を採用する企業、フェルミ推定が上手にできる人を採用する企業ーーいろんな会社がありますけど、みんな大体、数年で風変わりな採用システムは廃止になっています。なぜって、うまく機能しないからです。(P.248)
採用試験に焼き魚をきれいに食べられるかどうかを見るのは確かに「風変わり」ですが,他の2つの方法は実際にありそうです.挨拶がちゃんとできるに越したことはないですよね.
フェルミ推定は,仮定となるデータや条件等を推測させ,ある値を概算で求めさせる問題です.求める値の正確さよりもむしろ,求めるまでの論理的思考力が問われます.
例えば「シカゴのピアノ調律師の人数は?」という問題が有名です.市内の世帯数,ピアノの保有率,調律の頻度,調律師が職業として成立するための収入等,多くの要素のについて推定することによって概数を求めます.
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環境問題とその解答例が多数掲載されている「環境問題の数理科学入門」("Consider a Spherical Cow" John Harte 著)にこんな問題がありました.
「牛乳1リットルによってどれだけの高さまで登れるでしょうか」
牛乳1L のエネルギーで人間が何m登れるかということだと解釈しましょう.牛乳瓶1本分約200mL飲めばそのエネルギーで約200mは登れるのではないか.1Lはその5倍なので約1000mは登れるだろう.これをフェルミ推定というには大雑把過ぎますね.こんな推定では採用試験の評価は低いかも知れません.
次は体重60kgの人だとして,データや公式を調べてきちんと計算してみましょう.以下はネット等で調べたデータを使っていますが,いろいろな値が出てきたので一例としてみてください.
・牛乳200mLのエネルギーは126~138 kcal(メーカーによって異なる)なので,1Lはその5倍で,630~690 kcal.これを国際単位系(SI単位系)の J (Joule) で表すと,1cal=4.184J より,
(最小で)6.30✕10^5✕4.184 =2.636×10^6 [J]
(最大で)6.90✕10^5✕4.184 =2.887×10^6 [J]
・人間の筋肉が食物エネルギーを運動エネルギーにする変換効率を調べてみると,様々な実験結果によってかなりの違いがあり14~50 % となっています.
以上より,運動に使えるエネルギーは,
(最小で)E =2.636×10^6×0.14 =0.369×10^6 [J]
(最大で)E =2.887×10^6×0.5 =1.44×10^6 [J]
・重力加速度は g=9.8 [m/sec^2],力は F=mg [N] より,体重が m=60 [kg] の人を$h$ [m] 持ち上げるのに必要な仕事は ,
W =F$h$ =mg$h$ =60×9.8×$h$ =588$h$ [Nm]
EがWに変わる,すなわち E=W,すなわち E=mg$h$ なので,持ち上げる高さ $h$ は
(最小で)$h$ =E÷mg =0.369×10^6÷588 ≒628 [m]
(最大で)$h$ =E÷mg =1.44×10^6÷588 ≒2449 [m]
仮定とする値の違いによって,こんなに差ができてしまいました.実際,この本で示されていた解答は,仮定とする値が少しずつ異なっていたので,最後は約700mとなっていました.フェルミ推定ではここまで細かく計算しませんが,初めの大雑把な計算よりは論理的に話を進める必要があるでしょう.
[参考]
Fermi problem
https://en.wikipedia.org/wiki/Fermi_problem
環境問題の数理科学入門 "Consider a Spherical Cow"
John Harte著 小沼通二/蛯名邦禎 監訳 2012年 丸善出版
Energy conversion efficiency
https://en.wikipedia.org/wiki/Energy_conversion_efficiency