Friday, 30 August 2024

小説 イコ トラベリング 1948-

角野栄子 2022年 KADOKAWA

コサイン 三角関数

アニメ映画でヒットした「魔女の宅急便」の著者角野栄子の自伝的物語.主人公のイコが,戦後の中学生時代から,高校,大学,社会人へと成長していく中で,英語に興味を持ち,外国に憧れ,当時まだ女性には珍しかった海外渡航を実現するという話です.

思いあまって、またコウゾウさんに相談してみた。
「教えて、数学。コサインというの……ところで、三角関数ってなあに?」
「おい、おい、そこから始めなきゃならないのか! いったい学校で何してたんだ。あ~あ、西田家は伝統的に、思考力も弱いんだな」
イコのわからなさに、あきれてこう言った。

サインやタンジェントと並んで,コサイン (cosine / cos) が最初に登場する高校数学Ⅰの教科書では,直角三角形の辺の比として定義されています.

教科書
高校数学Ⅱで角の範囲を拡張し,三角関数をx座標やy座標を使って定義するときのために,上のように書かれていますが,参考書等では各辺に名前を付けて覚える方法がよく紹介されています.
参考書等
この adjacent を「底辺」とする参考書もありますが,adjacent は「近隣の」「隣接した」という意味なので「隣辺」と訳すほうが良いでしょう.正しくは直角三角形の直角をはさむ2辺の両方を「隣辺 (Cathetus)」というのですが,角θから見て向かい (opposite) と隣り (adjacent) というように区別したほうが都合がいいですね.こうすれば,三角比の定義は次のようになります.


例えば次の直角三角形の場合,θの対辺は12でθの隣辺は5なので(θの位置に注意),sinθ=$\frac{12}{13}$,cosθ=$\frac{5}{13}$,tanθ=$\frac{12}{5}$ となります.θがここにあるときは,「底辺」で覚えると間違え易いですね.
 
ところでこの角θはいくらでしょうか? 上のコサインの値 $\frac{5}{13}≒0.385$ から三角比の表を見てみると,67°と68°の間であることが分かりますが,コサインの逆関数である  arccos または cos^(-1) を使って,関数電卓グラフ電卓で  arccos(5/13) と入力すれば,より正確な角度が分かりますまた,計算サイト  WolframAlpha を使えば,arccos(5/13) =1.176 [rad ラジアン] =67.38° と両方の単位ですぐに答えてくれます.

さて「三角関数ってなあに?」と改めて聞かれると,いろいろありすぎて答えるのが難しいですね.イコが関数の意味をを知っていると仮定して「三角関数にはサイン,コサイン,タンジェントなどいろいろあって,特にサイン,コサインはグラフが波の形になるので,音や信号などの研究に役立っている関数なんだよ」ってな感じでしょうか.


余談ですが,三角関数の導関数を求めるときに,次の関数 (1) の $x\rightarrow0$ の極限が1になることを使うことは高校数学Ⅲで出て来ますね.$f(0)$ は定義されませんが,$f(0)=1$ を加えて定義域を実数全体にすることができます.$$f(x)=\frac{\sin x}{x}\tag{1}$$これは「非正規化sinc関数 (unnormalized sinc function) 」というのですが,なぜ「非正規化」なのかというと,正規(この場合は全区間の積分が1)ではないからです.全区間の積分(定積分の極限=広義積分)はこうなっています(2×ディリクレ積分).$$\int_{-\infty}^\infty \frac{\sin x}{x}dx=\pi$$そこで次のようにスケールを変えた関数をつくります.$$g(x)=\frac{\sin \pi x}{\pi x}\tag{2}$$すると次のように全区間の積分が1になるので,関数 (2) は「正規化sinc関数」となります.$$\int_{-\infty}^\infty \frac{\sin \pi x}{\pi x}dx=1$$正規分布の元になる曲線 $y=e^{-x^2}$ をスケーリングして標準正規分布の確率密度関数 $y=\frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{\frac{-x^2}{2}}$ をつくるのと同様ですね.

[参考]

Wednesday, 21 August 2024

小説 成瀬は天下を取りにいく

宮島未奈 2023年 新潮社

素因数分解 解の公式 加法定理

2024年『本屋大賞』受賞作.「わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」とか「わたしはお笑いの頂点を目指そうと思う」などと突然宣言し,幼なじみの島崎みゆきを巻き込んで実行していこうとする,成瀬あかりの中学2年生から高校3年生までの微笑ましい活躍を描いた短編集です.

「5082は2×3×7×11×11だな」
成瀬はなぜかわたしたちのエントリー番号の5082を割り算していた。
「何それ」
「大きい数を見ると素因数分解したくなるんだ」 (P.70)

成瀬はシャープペンを机に置き、両手を後頭部に当てて天井を見上げた。ためしにかけ算九九を暗唱したら、ちゃんと最後まで言えた。解の公式加法定理もすらすら言える。気を取り直して入試問題に向かってみたが、やっぱり手が動かない。 (P.183)

大きい数を見ると素因数分解したくなるなんていう人はあまりいないでしょうね.さて素因数分解というと,このように小さい素数から割り算を繰り返す方法を習います.

"Division Method"

割り算をする前に割り切れるかどうかを判断する方法を知っていればもう少し速く計算できる場合があります.

■簡単な例

素因数分解したい数をNとすると,
<2で割り切れるか> 
Nが偶数ならNは2で割り切れる.
<3で割り切れるか> 
Nの各位の数の和が3の倍数ならNは3で割り切れる.5082は,5+0+8+2=15なので3で割り切れる.
<5で割り切れるか
Nの一の位が0または5ならNは5で割り切れる.
以上はよく知られていますね.

次の方法は教科書に載ってないのであまり知られていません.

<p=7, 11, 13で割り切れるか> 
Nを小さいほうから3桁ずつ区切り,奇数番目の和と偶数番目の和との差がpで割り切れるならNはpで割り切れる.
5082は,5 | 082と区切ると,82−5=77なので7と11で割り切れるが,13では割り切れない.
2028117は,2 | 028 | 117と区切ると,117+2−28=91なので7と13で割り切れるが,11では割り切れない.
証明はこちら

さらに,2と5以外の素数で割り切れるかどうか判定できる次の方法があります.

N=10A+aとする,すなわち十の位以上の数をそのまま並べた数をA,一の位の数をaとする.5082は,A=508,a=2となる.このとき,A−naがpで割り切れるならNはpで割り切れる.ただしnはpの値によって異なる2つの値(右表参照).
証明とnの求め方はこちら

いくつか例を見てましょう.

<p=7で割り切れるか>(右表よりn=2またはn=-5で判定する
5082をn=2で判定すると,A−2a=508−2×2=504.504は7で割り切れるので5082は7で割り切れる.
5082をn=-5で判定すると,A−(-5)a=508−(-5)×2=518.518は7で割り切れるので5082は7で割り切れる.

<p=11で割り切れるか>(n=1またはn=-10)
5082をn=1で判定すると,A−1×a=508−1×2=506.506は11で割り切れるので5082は11で割り切れる.

<p=37で割り切れるか>(n=11またはn=-26)
188034は,A=188803,a=4
これをn=11で判定すると,A−11×a =188803−11×4 =18759.同様にして,1875−11×9 =1776.また同様にして,177−11×6 =111.これは37で割り切れるので188034は37で割り切れる.


因みに,海外ではこんな方法もあります.これは,2数の積の形にすることを素数になるまで繰り返します.最初の2数がすぐに分かる場合は,こちらの方が速くできることがあります.

"Factor Tree Method"
 
2024/8/31追記
コミック版の方に少しミスがありました.2×3×7×11×11のはずが,2×3×7×11になっています.また「因数分解」でも間違いではありませんが,より正確に「素因数分解」としてほしかったですね.

[参考]

7の倍数の判定法

「○の倍数」を見分ける方法

Wednesday, 14 August 2024

小説 六人の嘘つきな大学生

浅倉秋成 2021年 KADOKAWA

フェルミ推定

2022年度本屋大賞にノミネートされた作品.ある企業の新卒採用の最終選考に残った6人の大学生に「このメンバーでチームを作り,1カ月後にディスカッションをする」という課題が与えられたので,全員内定は確実と思い,和やかに交流していきますが,直前になって「6人の中から1人だけ内定者を決める」と言われ,仲間になったはずが突然ライバルになってしまうという話です.

焼き魚を綺麗に食べられる人を採用する企業、挨拶がちゃんとできる人を採用する企業、フェルミ推定が上手にできる人を採用する企業ーーいろんな会社がありますけど、みんな大体、数年で風変わりな採用システムは廃止になっています。なぜって、うまく機能しないからです。(P.248)

採用試験に焼き魚をきれいに食べられるかどうかを見るのは確かに「風変わり」ですが,他の2つの方法は実際にありそうです.挨拶がちゃんとできるに越したことはないですよね.

フェルミ推定は,仮定となるデータや条件等を推測させ,ある値を概算で求めさせる問題です.求める値の正確さよりもむしろ,求めるまでの論理的思考力が問われます.

例えば「シカゴのピアノ調律師の人数は?」という問題が有名です.市内の世帯数,ピアノの保有率,調律の頻度,調律師が職業として成立するための収入等,多くの要素のについて推定することによって概数を求めます.

環境問題とその解答例が多数掲載されている「環境問題の数理科学入門」("Consider a Spherical Cow" John Harte 著)にこんな問題がありました.

「牛乳1リットルによってどれだけの高さまで登れるでしょうか」

牛乳1L のエネルギーで人間が何m登れるかということだと解釈しましょう.牛乳瓶1本分約200mL飲めばそのエネルギーで約200mは登れるのではないか.1Lはその5倍なので約1000mは登れるだろう.これをフェルミ推定というには大雑把過ぎますね.こんな推定では採用試験の評価は低いかも知れません.

次は体重60kgの人だとして,データや公式を調べてきちんと計算してみましょう.以下はネット等で調べたデータを使っていますが,いろいろな値が出てきたので一例としてみてください.

・牛乳200mLのエネルギーは126~138 kcal(メーカーによって異なる)なので,1Lはその5倍で,630~690 kcal.これを国際単位系(SI単位系)の J (Joule) で表すと,1cal=4.184J より,

(最小で)6.30✕10^5✕4.184 =2.636×10^6 [J]
(最大で)6.90✕10^5✕4.184 =2.887×10^6 [J]

・人間の筋肉が食物エネルギーを運動エネルギーにする変換効率を調べてみると,様々な実験結果によってかなりの違いがあり14~50 % となっています.

以上より,運動に使えるエネルギーは,

(最小で)E =2.636×10^6×0.14 =0.369×10^6 [J]
(最大で)E =2.887×10^6×0.5 =1.44×10^6 [J]    

・重力加速度は g=9.8 [m/sec^2],力は F=mg [N] より,体重が m=60 [kg] の人を$h$ [m] 持ち上げるのに必要な仕事は ,
W =F$h$ =mg$h$ =60×9.8×$h$ =588$h$ [Nm]

EがWに変わる,すなわち E=W,すなわち E=mg$h$ なので,持ち上げる高さ $h$ は

(最小で)$h$ =E÷mg =0.369×10^6÷588 ≒628 [m]  
(最大で)$h$ =E÷mg =1.44×10^6÷588 ≒2449 [m]  

仮定とする値の違いによって,こんなに差ができてしまいました.実際,この本で示されていた解答は,仮定とする値が少しずつ異なっていたので,最後は約700mとなっていました.フェルミ推定ではここまで細かく計算しませんが,初めの大雑把な計算よりは論理的に話を進める必要があるでしょう.

[参考]

Fermi problem
https://en.wikipedia.org/wiki/Fermi_problem

環境問題の数理科学入門 "Consider a Spherical Cow"
John Harte著 小沼通二/蛯名邦禎 監訳 2012年 丸善出版

Energy conversion efficiency
https://en.wikipedia.org/wiki/Energy_conversion_efficiency


筋肉のエネルギー変換効率が高い理由解明