Monday, 25 September 2023

小説 ケルベロスの肖像

海堂尊 2012年 宝島社

自然対数の底 e 円周率 ベクトル 差分 正規分布 フーリエ変換 リーマン球面

テレビドラマ「チーム・バチスタシリーズ」の最終作として映画化されたこの小説には Ai という言葉がよく登場します.一般に AI といえば "Artificial Intelligence" すなわち「人工知能」のことですが,ここでの Ai は "Autopsy imaging" すなわち「死亡時画像診断」を意味します.

東城大学医学部付属病院に,オープンを控えたAiセンターを破壊するという脅迫状が届き,高階(たかしな)病院長からセンター長を任命された医師の田口公平が事件の解明に奮闘するという話です.

調査を依頼した厚生労働省の姫宮香織が連絡先メールアドレスを田口に教える場面です.

そのアドレスをためつすがめつ眺めている俺の手元を覗き込み、高階病院長が言う。「おや、e の底数ですね」

疑問がひとつ解消されほっとする。 ところで e ってなんだっけ、と考えていると、文字の隣にぼんやり丸太(Log)という単語が浮かんできた。 そうだ、対数のなんちゃらだと思い出し、同時に、そんな数字が即座に思い当たる高階病院長の教養の奥深さに感心させられる。俺なら、せいぜい円周率が関の山だ。

(単行本 第1刷 P.40)

この「e の底数」は,正しくは「自然対数の底 e」または「ネイピア数」と表すべきですね.また,"logarithm (対数)"の省略である"log" という英単語が浮かんできたのであって「丸太 (log)」という日本語が浮かんできたのではないでしょう.実際にメールアドレスに使った数字はその値 2.718281828459045....(語呂合わせ「鮒一鉢二鉢一鉢二鉢至極惜しい」が有名)の一部だと思われます.確かに小学校から使われている円周率よりも e のほうが認知度はずっと低いですね.それも当然のことで,日本の高校では理系向けの数学Ⅲで初めて e が登場するからです.それは指数・対数関数の導関数を定義に従って求める際に出てきます.

指数関数の方は$$\displaystyle \left( a^x \right)' =\lim_{ h \to 0 }\frac{a^{x+h}-a^x}{h}$$対数関数の方は$$\displaystyle \left( \log_{a}x \right)' =\lim_{ h \to 0 }\frac{\log_{a}(x+h)-\log_{a}x}{h}$$これらの計算の途中でうまく変数を置換すると次の式が出てきます.$$\displaystyle \lim_{ t \to 0 }\left( 1+t \right)^{\frac{1}{t}}\tag{1}$$この$t$の値を限りなく小さくするとある値 (2.71828....) に近づいていくので,その極限値を e と定義したうえで,その後に導関数を導いています.


因みに,世界中の最も多くの国や地域で採用されている高校カリキュラム「国際バカロレア・ディプロマプログラム(IB Diploma Program)」では,文系向けのSL (Standard Level) でも e が登場します.まず連続複利の話で式(1)と同じ式(2)から e を定義し,その後に指数・対数関数の導関数を導きます.$$\displaystyle \lim_{ n \to \infty }\left( 1+\frac{1}{n} \right)^{n}\tag{2}$$
年利率100%で1年を分割した回数だけ1年間複利計算した場合


(後日談)ネット上でこの小説の電子書籍が見つかったので確認してみると,同じ部分が以下のように訂正されていました.
そのアドレスをためつすがめつ眺めている俺の手元を覗き込み、高階病院長が言う。「おや、自然対数の底 e ですね」

突然メアドに出現した,妙な数字の羅列を見て即座に高等数学の知識が励起されてしまう高階病院長の教養の奥深さに感心する。俺なら、せいぜい円周率が関の山だ。

(電子書籍 P.17)

「e の底数」が訂正され,「丸太(Log)」についての話が削除されたのはいいのですが,自然対数の底 e=2.71828..... は数学Ⅲを履修した人なら常識ですから,新たに「高等数学の知識」という文章をわざわざ加えたのもおかしいですね.「高等数学」は高等学校の数学ではなく,それより高いレベルの数学を意味するからです.

[参考]

高校教科書「数学Ⅲ」数研出版

Google ブックス 「ケルベロスの肖像」【電子特典付き】

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