2012年5月6日

小説 永遠の0(ゼロ)

0 皇紀2600年
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なぜ「零戦」と呼ばれたか、ですか。
零戦が正式採用となった皇紀2600年の末尾のゼロをつけたのですよ。
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 「皇紀」は「神武天皇即位紀元」の略称で、神武天皇が即位したとされる年を元年とする年号であり、西暦+660年となります。したがって、皇紀2600年は西暦1940年(昭和15年)にあたります。
 数としての0の概念はインドで確立され、アラビアからヨーロッパに広まりました。日本では普通、自然数というと正の整数を意味し、0を含みませんが、0を含めて自然数とする場合もあります。0のもう一つの重要な役割は、位取り記数法で空位を示す記号として使われることです。このおかげで計算がずいぶん楽になっています。

2012年5月3日

小説 陽気なギャングが地球を回す

6÷3   a=b⇒2=1
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「6万円を3人の強盗で分けると2万円になる」
「割り算というのはギャングの分け前を計算するためのものなんだよ」
a=b
a^2=ab
a^2+a^2-2ab=ab+a^2-2ab
2a^2-2ab=a^2-ab
2(a^2-ab)=a^2-ab
2=1
「ゼロで割るってことはどういうことか」
「盗んだお金を誰も手に入れられないってことね」
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 「0で割ってはいけない」理由として、極限を考えるとか、解が存在すると矛盾がおこるとか、いろいろと形式的な解説はよくありますが素直に納得しにくいものです。実はこれらはすべて一貫した考えに基づけば簡単に説明できます。それは「何かを求めるために意味があるから計算をする」ということです。
 割り算には「等分除」と「包含除」2つの意味があります。「等分除」は、例えば6個の物を2人で分けるとか3人で分けるなど、文字通り「等分すること」です。ただしこれは割る数が自然数(正の整数)に限られます。一方「包含除」は、例えば6の中に1/2はどれだけ含まれているかというように、割る数がどれだけ割られる数に含まれているかという意味で、この場合は割る数が自然数とは限りません。
 0で割るということはこれら2つの意味の両方ともあてはまりません。0人で分けることもしないし、0がどれだけ含まれているかなど考える必要はないのです。だから「0で割れない、または割ってはいけない」のではなく、何かを求めるために意味のある計算として「0で割るということはしない」のです。