Sunday, 31 July 2016

小説 未来方程式 -fate equation-

2011年 講談社BOX 単行本 神世希(著), mebae (イラスト)

英数字 三次元空間座標 緯度 経度

予知能力があるとされる少女初音未来を中心に起こる数々の事件が描かれた話です.
皇(すめらぎ)警部 「違う……そもそも8桁のパスワードが適当に打って当たるハズがないだろう.全部で218兆3401億0558万4896通りあるんだぞ」
波多野巡査 「そんなにあるんすか!?」
英数字(alphanumeric)8桁ということは,英字(alphabetic)26文字と数字(numeric)10文字で合計36文字が8桁なので,重複順列 36Π8=36^8=2兆8211億0990万7456 (通り) のはずです.しかし値が違うので,逆に218兆3401億0558万4896の8乗根を計算してみると62になりました.62=26×2+10なので,ここでは大文字と小文字を区別しているということが分かりました.それにしてもこんな数字を覚えているはずがないのにすらすらと言えるのが不思議ですね.
所長「20XX年に打ち上げられた人工衛星"おまわり参号(仮称)"は,明日―――世界時において6月6日正午には,地球を中心とする3次元空間上の座標,(x,y,z)=(171,1789,6841).緯度経度では,北緯75.3度,東経146.1度の,高度およそ7000メートルに存在することになる.これも立派な未来情報の一つだ」
この座標から緯度,経度,高度を計算してみましょう.原点をO,点(171,0,0)をA,点(171,1789,0)をB,点(171,1789,6841)をPとします.

[緯度] まず北緯のほうを確認してみます.$$OB=\sqrt{171^2+1789^2}≒1797$$なので,北緯は次の値になり,上の台詞の値と一致しました.$$\arctan\frac{BP}{OB}=\arctan\frac{6841}{1797}≒75.3°$$

[経度] OBx軸とのなす角は,$$\arctan\frac{AB}{OA}=\arctan\frac{1789}{171}≒84.5°$$になります.東経146.1度なので,146.1-84.5=61.6° が子午線と交わる赤道円の半径とx軸とのなす角になります.すなわち,x軸が東経61.6度の経線と交わっているとすれば,この座標の位置は東経146.1度になります.

[高度] まずOPの長さ(地球の中心から人工衛星までの距離)を求めます.$$OP=\sqrt{171^2+1789^2+6841^2}≒7073$$ここから地球の赤道半径約6378kmを引くと,7073-6378=695 (km) なので,高度は上の台詞の「およそ7000メートル」ではなく,およそ700kmということになります.飛行機の平均高度が約10000m (10km) なので,人工衛星は飛行機より約70倍高いところにあることがわかります.

因みに人工衛星の高度,速度,周期を調べてみたところ,重力加速度をg,地球の赤道半径をRとし,高度h(km)で回っている円軌道の場合,その速度v(km/sec)は次の式で計算できることがわかりました.
$$v=\sqrt{\frac{gR^2}{R+h}}$$
従って人工衛星の速度は、高度だけで決まり,高いところほど遅いということになります.軌道の円周2π(R+h)をこの速度vで割れば周期 t(秒)が計算できます.
$$t=\frac{2\pi(R+h)}{v}$$

高度        速度        周期
200km    7.8km/sec   1時間28分
500km     7.6km/sec    1時間34分
1,000km    7.4km/sec    1時間45分
36,000km    3.1km/sec    23時間56分(静止軌道)
380,000km    約1.0km/sec    約27日間

問題
上に出てきた高度700kmの人工衛星の速度,周期を求めよ.

(答)約7.5km/sec, 約1時間39分

参考
「人工衛星の高度と速度」宇宙航空研究開発機構(JAXA)

Saturday, 23 July 2016

小説 数学的帰納の殺人

2009年 ハヤカワ・ミステリワールド 単行本 発行 草上 仁 (著)

ピタゴラス 完全数 フィボナッチ数列 嘘つき村 ガロア カルダン・グリル ステヴィン 懸垂線(カテナリー) ワイルズ メルセンヌ素数 フェルマーの最終定理 谷山・志村予想 楕円関数 円周率 モンティ・ホール問題 虚点

フォト・ジャーナリストの女性と大学教授の男性が,カルト教団による殺人連鎖の謎を追う話です.この殺人連鎖を数学的帰納法に例えてこのタイトルにしたようです.

2段組みで400頁を越える長編の随所に数学の話題が多数登場します.中には話の流れに乗らない余分な感じのするところもありましたが,謎解きは面白く,最後も少し驚かされたりして,けっこう楽しめました.

作品中に少し気になった点やもっと説明のほしいところがありました.
「三角形の下にぶら下がる球はロゴでは半円形に見えるが,実際には懸垂線つまりカテナリー曲線を描く.式にするとy=acosh(x/a)だね.この双曲線はバランス的に中立だから…(以下略)」
双曲線は反比例などの2つの同じ形をした曲線をいいます.懸垂線は双曲線関数(hyperbolic function)のひとつですが,双曲線関数は双曲線の媒介変数表示に使うからそう呼ぶのであって,形は双曲線ではありません.円関数(三角関数)は円の媒介変数表示に使いますが,形は円ではないというのと同様です.従ってここは「この双曲線は」ではなく,「この曲線は」でいいと思います.

懸垂線がなぜこの式になるかこちらにまとめてみました。
「二つの円は,常に四点で交わる.体験的にわかるのは二点までだ.しかし体系を普遍化していくと,そちらのほうが特殊な例であることがわかる.より一般的には,見えない二点――虚点を想定したほうが,多くの場合に成り立つのだ.」
2つの図形を表す連立方程式が実数解を持たない場合はxy平面上では交わりませんが,複素平面上で虚数解を座標とする点(虚点)で交わると見なすことができます.例えば,y=x^2とy=2x-5は実数解を持たないのでxy平面上では交わりませんが,複素平面上の虚点(1±2i, -3±4i)で交わると考えることができます.2つの円の場合はx^2とy^2の係数が等しいので,連立させるとx^2とy^2の項が消えてしまい,交点が2つしか出てきません.従って複素平面上で考慮しても4つの交点はないのですが,さらに無限遠点を含む射影平面上で考えれば,平行な直線でも1点で交わり,どんな2つの円も4点で交わると見なすことができます.これをベズーの定理(Bézout's theorem)といいます.