2026年2月26日木曜日

小説 écriture 新人作家・杉浦李奈の推論

松岡圭祐 2021年 KADOKAWA

半径 円周率 偶数

新人作家の杉浦李奈が,盗作騒動に端を発した不可解な事件に巻き込まれ,その解明のために奮闘するという話です.李奈が問題の人物の新作を読んで修正すべき点を述べる場面です.

「クレーターの外周を、宇宙生物が四倍の速さで駆けめぐるんですよね? でも宇宙生物は一匹なので、余裕で脱出できます」
「杉浦さん」沙織はやれやれという顔になった。「数字は苦手?   嶋貫克樹はちゃんと計算してますのよ。わたしたちも確認してます。クレーターの半径が約一キロだから、半周は円周率の三・一四キロ。中心から宇宙生物がいるのとは逆方向に走っても、 確実に捕まって殺されてしまうの」
「クレーターの半径は一キロなんですか」
「そう。はっきり書いてなくても、描写からおおよその距離を読みとれない?」
「なら主人公はまず、クレーターの中心から半径約二百二十二メートルの円周上を走ります」
「はあ?」
「その約四・五倍がクレーターの周囲なので、主人公は中心を挟んだ直線上に、宇宙生物と向かい合えます。そこから宇宙生物と逆方向にまっすぐ走ればいいんです」
「・・・・・・宇宙生物が追いつけない?」
「はい。捕まらずに脱出できます」
「だけど、あの、主人公にそんな計算なんかできないでしょ」
「計算しなきゃ脱出できないんじゃなくて、クレーターのなかをうろつくだけでも、 それぐらいの時間差に気づけるはずです。計算はあくまでその事実を裏付けるものです」
「半径一キロってのが問題なのよね? そうは書いてないでしょう」
半ばあきれながら李奈はきいた。「さっき一キロだと・・・・・・
「いいえ。明記してないんだから、なんとでも受けとりようがある」
「一キロでなくても同じことです。クレーターの中心から、半径の九分の二の円周上を走れば、やっぱり脱出できます」
「あなた数学が得意だったの?」

唐突に現れたこの文章を一度読み流しただけでは意味が分かりませんでした.なぜ222mや4.5倍や2/9という値が出てきたのでしょうか.前後に関連した記述はありませんでした.この問題を考察してみましょう.

主人公(Main Charactor)をM,宇宙生物(Space Creature)をSとします.クレーターは平面上にある大円とし,Mは円の中心Cに,Sは大円周上の点Aにいます.Mの移動速度$v$に対し,Sの移動速度はその4倍なので$4v$です.

Sも自由に動けるとすると,MはすぐにSに捕まってしまうので,Sは大円の周上だけ移動できるものとします.

①Mが線分OB上だけ動けるとき
②Mが大円内を自由に動けるとき
(いずれも中心へ後戻りしないように動くものとします)

沙織は①の場合を考えていました.つまり,Mが中心Cから外周上の点Bまで半径1000m動く間に,Sはその4倍の4000m動けるので,Aから半周3140m先の点BにはMより先にSが到達しますから,MはSに捕まります.

李奈は②の場合を考えています.まずMがCからBに向かって222m進みます.その間にSは222×4=888m進んでいます.それからMは半径約222mの小円上を動きます.すると大円上を動くSの速さが4倍であっても,大円の半径が小円の半径の約4.5倍(≒1000÷222)なので,Mが小円を動く方が一定時間での回転数が多くなり,そのうちMは中心を挟んだ直線上にSと向かい合えます.そこからSと逆方向にまっすぐ移動すれば,外周までの距離は1000-222=778mで,その間にSは778×4=3112mしか進めない,すなわちMが大円の外に脱出できる3140m先の点までSは到達できません.半径が変わっても,大円の半径が小円の半径の4.5倍なら,すなわち小円の半径が大円の半径の1/4.5=2/9なら脱出できるというわけです.

ではもう少し正確に計算してみましょう.大円の半径を$R$,小円の半径を$r$,円周率を$\pi$として,Mが中心を挟んだ直線上にSと向かい合った後,ちょうどMとSが同時に同地点へ到達するときの方程式は次式になります.$$4(R-r)=\pi R$$これを$r$について解くと,$$r=\left( 1-\frac{\pi}{4} \right)R$$$1-\frac{\pi}{4} =0.2146......$なので,小円の半径が大円の半径の0.2146倍を超えるなら脱出できる,すなわち大円の半径が1000mのときは,小円の半径が214.6mを超えるなら脱出できるということになります.

ところが,$r$が250m以上になると,小円の半径が大円の半径の1/4以上になるので,Mが小円を動く方が,Sが大円上を動くより一定時間での回転数が少なくなり,Mは中心を挟んだ直線上にSと向かい合うことができません.Mが移動する間にSは外周上をその4倍進んでいて,その後Mが脱出しようとする点にはSが先に到達しますから,MはSに捕まってしまいます.


rがいろいろな値のときの様子が分かる図をGeogebraで作ってみました(こちら).結果は次のようになります.

r=0.25のとき (単位はkm)

rの単位はkm

この作家は過去にも詳細を述べずに問題提起したことがあって,長時間悩まされたことがありました(笑).




2026年2月10日火曜日

小説 変な地図

雨穴(著) 2025年 双葉社

三角点

大学生の栗原文宣(ふみのぶ)が,妖怪の描かれた古地図を握りしめて祖母が不審死をしていたことを知り,実地調査をして謎を解き明かそうとする話です.

三角点とは、全国10万か所に設置された、いわば『位置を示す目印』だ。これを参考にすることで、正確な位置を知ることができ、設計図から少しもズレることなく工事ができるのだ。

では、三角点は建築のために存在するのか、といえばそうではない。三角点はもともと地図作成のために設置されたものだ。衛星技術がなかった時代、測量士はこれらを参考にしながら、土地の位置や形を手作業で調べ、図面に記していったという。

三角点は,地図上の大きな三角形の頂点にあたる場所に,上部に+の切れ込みのある石を埋め込んで『位置を示す目印』として設置され,その緯度・経度が正確に求められていました.一等三角点から四等三角点まであり,一等は全国で973点,四等までだんだん増えて,全て合わせると10万点以上あるそうです.三角点マップを見ると日本列島が三角点で埋め尽くされています.

一等~三等三角点網のイメージ(国土地理院 Web Page より)

現代ではGPSがあるので必要ないですが,三角点は地図を作成するための三角測量に用いられていました.三角測量とは,三角形の1つの辺とその両端角を測定し,もう1点の位置を決定する方法です.

具体的には,上図の距離 $l$ と角$\alpha$,$\beta$を測定して,距離 $PA,\ PB,\ d$ を求めます.$$\sin \angle APB=\sin \{\pi-(\alpha+\beta)\}=\sin (\alpha+\beta)$$なので,正弦定理より$$ \frac{PA}{\sin \beta}=\frac{PB}{\sin \alpha}=\frac{l}{\sin (\alpha+\beta)}$$$$PA=\frac{\sin \beta}{\sin (\alpha+\beta)}l\ ,\quad PB=\frac{\sin \alpha}{\sin (\alpha+\beta)}l$$$$d=PA\sin\alpha=PB\sin\beta=\frac{\sin \alpha\sin \beta}{\sin (\alpha+\beta)}l$$

[参考]

2026年1月22日木曜日

小説 地の鳥 天の魚群

奥泉 光 (おくいずみひかる) 2011年 幻戯書房

自然数 素数 合成数

深い穴

長編1つと短編2つが収録されている中の,最後のたった12ページの作品「深い穴」の中の話です.主人公の「私」が素数を含まない合成数の列について考察しています.

素数を含まぬ合成数の列は簡単な数式で人工的に作りえるというのである。かりに十個の連続する合成数が欲しければ、11!+2、11!+3・・・・・・11!+11という風にすればよく、この十個の数は連続していてしかも絶対に素数ではない。むろんこれは十個に限らず、同じ方法を使うなら千個だろうが一兆個だろうがいくらでも連続する合成数の列を作りうるわけで、それどころか無限個でも可能になる理屈である。 

ここでは,自然数は0を含まないものとします.1より大きい自然数で,1とそれ自身の2つだけ約数を持つ自然数を素数といい,次のように無限に存在することが分かっています.$$2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, \dots$$約数を3つ以上持つ自然数は合成数といい,やはり無限に続きます.すなわち,1より大きい自然数のうち素数でないものが合成数です.$$4, 6, 8, 9, 10, 12, 14, 15, 16, 18, 20,  \dots$$$n!$ は,「$n$の階乗」と読み,$n$から1づつ減らして1まで掛けた数になります.$$n!=n\times(n-1)\times\dots\times3\times2\times1$$従って,$n!$は$n$以下の自然数すべてで割り切れます.本文中に

「十個の連続する合成数が欲しければ、11!+2、11!+3・・・・・・11!+11という風にすればよく」 

とありますが,$11!$ は$11$以下の自然数すべてで割り切れるので,それに $k \ (=2, 3, ・・・,11)$ を足したものは$k$で割り切れます.

ではなぜ $11!+1$ から始まらないのでしょうか.その理由は,$n!$は$n$以下の自然数すべてで割り切れるので,$n!+1$ は$1$でも割り切れますが,もともとどんな数も$1$で割り切れるので, $n!+1$ は素数にも合成数にもなり得るからです.

実際,$10!+1=3628801$ は $11×329891$ なので合成数ですが,$11!+1=39916801$ は素数 になります (このような $n!\pm1$ の形をした素数を階乗素数といいます).なので,9個の連続する合成数を $10!+1$ で始めることはできますが,10個の連続する合成数を $11!+1$ からは始めることはできないのです.

どちらの場合であっても成り立つようにまとめると,次のようになります.

少なくとも$(n-1)$個の連続する合成数は次式で得られる$$n!+2, \   n!+3, \   \dots, \   n!+n$$

例えば,少なくとも5個の連続する合成数を得るには,$$6!+2,\   6!+3,\   6!+4,\   6!+5,\   6!+6$$とすれば,722, 723, 724, 725, 726 が得られます.

本文中にあるように 「千個だろうが」 連続する合成数が欲しければ,$$1001!+2,\   1001!+3,\   \dots,\   1001!+1001$$とすればいいのですが,これらはそれぞれ2571桁の巨大な数になってしまうので,!を使わないで表すのは現実的ではありません.「それどころか無限個でも可能になる理屈である」 とありますが,実際,数式では表しようがないですね.